第21話 俺には無理です(神谷プロデューサー編)

 俺は坂本さんのアドバイス通り、直属の上司に相談することにした。RELAYが解散していなければ、俺の上司は蓮だと思う。でももう解散しているから、今は阿部マネージャーだ。多分。

 俺が阿部マネージャー宛に、相談があるとメッセージを送ると、話そうということになり、日時と場所の返信があった。

 しかしその場に現れたのは、なんと、神谷プロデューサー、その人であった。――終わった…俺は涙が出そうになるのをグッと堪えた。


「おい圭吾、何だよ相談って!俺が直々に聞いてやる!」

「はぁ…。」

 俺は阿部マネージャーに相談を持ちかけたことを後悔した。いや、先に理由を言っておけばよかったのかもしれない。でも、この事態をどうして想定できた?!確かに、待ち合わせ場所が、前回と同じ寿司屋だった。その辺りで気がつくべきだったのか?!あー、バカバカ俺の馬鹿!でも、阿部マネージャーだって、相談した理由くらい分かりそうなもんなのに…!なぜ俺を売った!?

 俺は顔を上げられなかった。

「そんなに落ち込むな!どうせ、曲が出来てないんだろ?それは大丈夫だ!俺が作ってる!」

 ヒットするぞお〜と、神谷は胸を張った。ヒットするとかしないとか、そういう問題じゃない。嫌なんだ、あなたが…!蓮がいたから我慢していたけど、一人じゃ耐えられない。無理!俺は思い切ってそれを伝える事にした。

「その話なんですけど…やっぱり俺には無理です。歌は歌えません!」

 いや本当は歌は歌ってて、あなたと歌いたくないって意味なんだけど、そこまでは言えなかった。俺の意気地なし!

「大丈夫だ!一人でデビューさせないから!グループでのデビューだ!お前の相方、誰だと思う?」

 そう言えば”俺の一押しのやつとグループデビューしろ”と言っていたっけ。神谷プロデューサーの事なんて興味ないから交友関係なんか知らないし、誰を連れて来るかなんて分かるはずがない。俺は静かに首を振った。

「ドゥルドゥルドゥル…!ジャーン!俺だよ!!」

「はあっ?!」

 俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 そして驚きすぎて、しばし思考停止―…。


「…で、誰なんですか?」

 俺は姿勢を正して、出来るだけ冷静に尋ねた。しかし、神谷プロデューサーは俺の頭をぱぁーん!と叩いた。

「いたーっ!」

「ばぁか!俺だっていってんだろ!」

「えぇぇーー?!」

「えーー、じゃねーよ!嫌がってんじゃねーよ!俺様とグループなんて、入れてくれっていっても滅多な事じゃ入れないんだぞ!もっとありがたく思え!」

 神谷プロデューサーはまた俺の頭を叩いた。この人とグループデビュー?!考えたくもない。俺は半泣きになった。しかし泣いている場合じゃない。この場を切り抜けないと、本当にこの人とグループデビューさせられてしまう。

 俺は神谷プロデューサーに頼み込んで、場所をキャバクラ「落日のディア」に移す事にした。神谷プロデューサー行きつけの店である。いつも付いてくれるキャバ嬢に味方してもらって説得して貰うしかない。俺は藁にもすがる思いで「落日のディア」に向かった。


 「落日のディア」はキャバクラにしては少し高め、キャバ嬢の年齢層もちょっと高め。でもクラブよりは安い。そんな店だ。馴染みのキャバ嬢、静香は、俺の顔と神谷プロデューサーの顔を見て、大体のことは察したらしい。

しかし、静香は俺の期待したことは言ってくれなかった。

「圭吾くんとデビューするなんて羨ましい〜!可愛くなっちゃったもんね〜!圭吾くん!売れるよ絶対!」

「そうだろ、そうだろう…。」

 神谷プロデューサーはキャバ嬢の肩に、自分の腕を回して満足そうに頷いている。俺はがっかりした。何のために来たんだ、何のために…。

「神谷さんは〜、ずーーっと圭吾くん推しだったんだよ?俺ならもっと圭吾をスターにできるっていつも言ってたんだから!圭吾くん、あんまり嫌がらないであげて…!」

 何だよ、静香…!お前、神谷とグルかよ!俺は驚愕して目を見開いた。それを見た神谷プロデューサーは俺を睨みつけた。

「だから嫌がってんじゃねーよ!」

 神谷プロデューサーは俺の髪をわしゃわしゃと掻き回した。いやだ、辞めてくれと抵抗すると、静香の奴がのたまった。

「そうよー!圭吾くんの事大好きなんだからぁー!神谷さんは!」


 え、好き?嘘でしょ?!


 すると途端に、神谷プロデューサーは赤くなってもじもじした。


「お前が…RELAYをやる気がないのは分かってた。あれは完全に蓮のグループだったからな。今度は二人で、上村圭吾のグループにしようぜ!」

「ちょ、ちょっと待ってください!俺がRELAYをやる気がないって何?めちゃくちゃ頑張ってたのに…。」


  すると、神谷プロデューサーはポカンとした顔をした。


「お前、全然やる気なかったじゃねえか。ライブもテレビもラジオも全然喋らねーし、最後の方は蓮を避けてたじゃねーか!」

「ちょ、妄想?!」

「ばかっ!それで、蓮が切れて解散になったんだろうが!」


 え、そうなの?!やる気がない?!そう思われてたの?俺はただ、みんなについていくのにいっぱいいっぱいだっただけなのに。しかも、蓮を避けてた?逆でしょ?!


 俺はそんな出鱈目をいう神谷プロデューサーに頭に来た。でも上手く言葉が出てこなくて、涙が溢れた。

 

 静香は気を使って俺におしぼりを渡してきた。キャバ嬢の鏡である。流石に泣いたからか、神谷プロデューサーは大人しくなった。


――と、思ったのが間違いだった。


「圭吾おー!大丈夫だ!俺がついてるからな!」


それが嫌なんだって!!

俺は全身で”嫌”を表現したのに神谷プロデューサーは俺に抱きついてあろうことか、俺の唇を奪った。


 静香は嫌がってジタバタする俺を「ちょっ!萌えー!!」といって写真に収めていた。


 混沌とした落日…いやもう、深夜。俺は真夜中どころか朝まで離してもらえなかった。

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