第18話 メルリのうたチャンネル

 木曜日の夜十時、最近の俺はこの時間必ずテレビの前に座っている。

 実家の自分の部屋にはテレビチューナーがなくてわざわざテレビ端子を増設した。蓮のドラマを見るためだけにだよ?!我ながらいじらしい…。

 ドラマはよくある青春群像劇。主演は演技も上手いと評価が高い女優、木村陽菜。なんと、解散が決まったライブのあの日、蓮と帰ったのが彼女だったのだ。主題歌は連の作曲で彼女が歌っている。週刊誌によると、その打ち合わせのために一緒に帰って、蓮のマンションで一晩中、作詞を二人でしていたんだって。俺はその記事と事務所発表のコメントを何度も読んで考察したが…一晩中男女が同じ部屋にいて作詞だけしていたなんて、そんなことある?!

 蓮は作詞の時、あまり意見されるのを好まない。それが作詞木村陽菜・今泉蓮、のクレジット…。何、二人で作っちゃってんの?!今までも、アイドルとか女優と写真を撮られたことはあったけど、今回みたいに本命感はあんまりなかったから、強靭な精神力でスルー出来ていたんだ。

 かつてない”本命感”にショックを受け立ち上がれないくらい傷ついていたのに、それでも時間になれば連を見たくなって、テレビをつけてしまう。


 全十一回のドラマの七回目の今日。ついに二人はキスをした。見ていられない…はずなのに俺は何回も再生して、蓮にまたキスされないかな…という妄想に耽った。最終的に…その妄想で手淫した。

 終わった後の虚しさといったら無かった。俺は何もかも嫌になって、シャワーを浴びてすぐ眠る事にした。

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、スマートホンの通知音が鳴った。見ると、「曲作り」と表示されている。なんと、神谷プロデューサーがリマインダーアプリの登録をして、二週間後の期限まで、定期的に通知されるように設定してしまったらしい。俺はリマインダーアプリを開いて忌々しいその通知の解除ボタンをタップした。

 その他にも何件か通知が来ていてスマホが点滅していたが、気が滅入りすぎて寝る事にした。目が覚めたら事態が好転している事を祈って…。

 

 当然ながら寝て起きたくらいじゃ、事態は好転しない。

 昼過ぎに起きて、ベットの上でスマホを見ると何件かのメッセージが表示された。勿論、一番欲しい人からのメッセージは今日もない。もうメッセージが既読になったのかを確認するのさえ恐ろしかった。だって既読になってるのに、こんなに返事がないって…。俺の渾身のメッセージ…もう蓮には届かないんだろうか。

 俺はスマートフォンをいじるのを辞めて、起き上がってパソコンに向かった。パソコンのラジオが聞けるアプリで、先週分の蓮のラジオ番組の放送をかけた。

 これ、以前はRELAYでやっていた番組なのだが、今は蓮一人の番組になってしまった。まあ以前から蓮ばっかり話していたから、仕方ないと言えば仕方ないけど。誰か圭吾がいないと寂しいとか言ってくれる人っていなかったの?…いないからこうなってるんだろうけど。

 誰も言ってくれないなら、俺がファンのフリして「圭吾を出してくれ!」と投稿するとか?いやでも、それバレたらめちゃくちゃ怒られるやつ。IPアドレスとかで偽造って分かるだろう、調べたら…。

 じゃあどうしたら、蓮に会えるんだ。せめてメッセージのやり取りをするには、いや、贅沢は言わない。ちょっとした接点が欲しい。コンビニ計画も頓挫したし、何か別の方法はないだろうか?

 俺じゃだめなら、別人になるのは?話し声じゃなくて歌ならバレない気がする。CGのアバター使って、顔出ししないで歌って…。ひょっとして有名になったら、ラジオで曲を流してくれるかも!RELAYでは歌ってないし、カラオケ行ったのも、蓮とは数回しかない。俺は俄然、やれそうな気がして来た。

 そう言えば、YBIのマコトくんも、ネットのチャンネルを持ってるって言ってたな。CG動画までは難しいかもだけど、簡単な歌の動画を作ってネットに上げるくらいは俺でも出来そうな気がする。

 全世界に発信すればいつか、蓮の耳に届く…かもしれない。俺は、神谷プロデューサーに言われた曲作りの事をすっかり忘れて、動画制作にとりかかった。


 動画制作するにあたってCG動画は難しすぎると思ったものの、顔出ししないなら自分の“アバター”は必要だと思った。

 自分のアバターならこれ、というものの候補が自分の中にはあった。それは「悪役令息、皇帝になる」の悪役令嬢、メルリちゃんだ!なんと、俺が高校の時から八年続いた連載はついに今年Season3をもって完結する事が発表された。多分コミックスがあと二巻くらい出て終わるのだう。雑誌連載の方は佳境に入って大変盛り上がっている。そして最後、きっとメルリは主人公に失恋すると思う。Season1、魔法学園の生徒の時から密かに思いを寄せていた主人公に振られるメルリが、自分と重なる気がした。俺はアバターをメルリにする事に決めた。

 早速、メルリの絵を描こうと思った。しかし…俺は絵がへたっぴだ。そもそも俺の二次創作が鼻歌というのは絵が下手だからなんだ!トレースは、著作権的にダメだよなあと行き詰まりかけた時、AIイラストメーカーを見つけた。

 自分の写真をアニメ化出来るAIイラストメーカーに自分の写真を取り込んで、メリルのテイストぽいアニメ画像に加工した。メルリは女の子だけど、男の俺の写真を取り込んだから男の子版メルリになった。声は男の声だし、ちょうどいいんじゃないか?


 もちろんアバターにはちゃんとベースを持たせた。数枚、イラストを作成して、スライド動画にした。

「出来たっ!」

 完成した時、感動して思わず声が出た。

 その後、WEBのチャンネル名を”メルリの歌ちゃんねる”に決定!ユーザー名はRELAYを再び、という気持ちをこめて、”RE:PLAY”。


 そして自分で作った動画をアップロードして、公開ボタンを押す。


 ――蓮、俺を見つけてくれよ。



 俺は、全世界に向けて、蓮へのメッセージを発信した。

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