第17話 神谷プロデューサー

「圭吾、元気だったのかよ?」

「ええ〜と…」

 既視感。俺は既視感に襲われた。 

 俺は目の前にいる人に恐る恐る聞いた。

「あのー、何で俺の番号…?」

「阿部マネージャーに聞いた。」

 阿部マネージャー?!マネージャーって、そういう事から所属タレントを守ってくれるんじゃないの?!俺は驚愕した。

「圭吾が仕事なくて、事務所を首になりそうだって聞いたからさ、俺が一肌脱いでやろうかと思って。」

 この人はRELAYの元プロデューサー、神谷宏。元々自身もバンドマンであったらしいが大学卒業後はレコード会社に就職。数々の人気アーティストを輩出して来た。今はフリーで活動しており、楽曲提供も行なっている。

「俺が圭吾に曲、書いてやるよ!」

「え?!神谷さんが?!」

 俺はその話に驚いた。

 神谷プロデューサーには、嫌われていると思っていた。レコーディングではいつも怒られまくって、褒められた記憶、というかこの人の記憶があまりない。多分辛すぎて自然と記憶をデリートしているんだと思う。飲みに行ったりしたらターゲットにされてあーでもないこーでもない攻撃されるから、なるべく関わらないようにしていた。もちろん、個人的な付き合いも一切ない。

 阿部マネージャーもそれを知っているはずだ。なのにまさか電話番号を教えるなんて、俺を本当に首にする気なんだろうか、あの人は?!

「俺が最近、楽曲提供してヒットした曲、知ってるだろ?ほら、女アイドルグループの…!」

「すみません。知りません。」

「マジかよ?!ふつー、俺…プロデューサーに会うにあたって最近の曲は確認してくるだろうが!相変わらずお前、俺に興味ゼロだな?!」

 神谷はまた俺を叱り出した。神谷はバンドマンという割に繊細ではなく体育会系。見た目はずんぐりした中年なのにちょっとオシャレ、でも明らかに昭和生まれのおじさんだ。要約すると、見た目も性格も好きじゃないってこと。

俺はカウンターの寿司屋で説教されて、寿司どころじゃ無い。寿司に箸を付ける前からもう帰りたかった。

「そんなことは無いんですけど…。」

「分かった。じゃあこうしよう。二週間で一曲作って来い。それの出来栄えによって今後のことを考えようじゃないか。それがダメだったら俺の曲を歌え。あと、一人じゃ心許ないから、俺の一押しの歌手とグループデビューしろ!」

「えーーっ?!」

「えーー、じゃねーよ!嫌がってんじゃねーよ!オファーゼロのやつに断る権利があると思うな!」

 神谷プロデューサーは俺の頭をわしゃわしゃとかき回した。

「しかもその格好なんだよ!仕事も金もねえ奴がチャラチャラすんじゃねぇよ!ロックバンドにいたくせに可愛くしやがってアイドルにでもなるつもりか?!その弛みきった性根を俺が叩き直してやる!いいな!二週間後だぞ!」

 そう言って俺のスマホを取り上げた神谷プロデューサーは、「どうせパスワードお前の生年月日だろ!」といってまんまとロックを解除すると、俺のカレンダーにスケジュールを勝手に追加した。その間も「予定真っ白じゃねえか!」と暴言は止まらない。

 寿司屋から神谷プロデューサー行きつけのキャバクラ「落日のディア」に場所を移したあとも、席に着いてくれたキャバ嬢に気を遣われるくらいに説教を喰らった。そして最後の別れ際、「ソロになっても俺から逃げられると思うな!」と言って帰って行った。


 嫌だ、嫌すぎる!!!RELAYが解散して唯一の良かった事なのに…!

 

 終電を逃した俺はタクシーの中で、村上龍の十三歳のハローワークを熟読した。

 俺に出来る仕事ってなんだろう?自問自答…。

 会社員になる想像もつかない、コンビニオーナーにもなれない俺…。まず大学受験の時点で将来の事を何にも考えていなかったのが間違いのもと、な、気がする。


 タクシーの窓から流れる、都会の美しい夜景を見ながら俺は途方に暮れた。

 

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