第16話 アイドル・マコト
「圭吾、元気だった?」
「ええ〜と…」
おれは明らかに元気がなかったが、目の前の人物はそれはどうでもいいことのようだった。
「この間、蓮にたまたま会ったんだよ。その時、圭吾の話になってさ」
「え?!」
蓮と俺の話をした、と言われて一気に希望と期待に胸躍った。
俺のそんな逸る気持ちを他所に、RELAYのドラム・藤崎はコーヒーをすすりながら、ゆっくりと話しをする。
「連と一緒にドラマに出てる、Your Best idol…YBIってアイドルグループのマコトって知ってる?」
「ドラマに出てるってことくらいは…。」
「え?!マジかよ…。俺最近、YBIと仕事したんだよ。向こうは圭吾のこと何故か知っててさ、圭吾の番号聞かれて教えちゃったんだ。その話を蓮にしたら“信じらんねー”って怒られて。」
蓮のいうことはもっともだ。俺に断りもなく…立派な情報漏洩だろう。
蓮とした話というのは、そんなことだったのかと、俺は少しがっかりした。
「圭吾に言った方がいいって、蓮がいうからさ…。まあ、大手事務所の、今一押しの男性アイドルグループらしいから、そんな変なことにはならないと思うんだけど!なんか連絡あった?」
「ええ~と、明日会おう、ってなってる。」
「明日?!マジかよ!?」
藤崎はコーヒーをまたズズズとすすると、コーヒーカップを静かに置いた。
「圭吾~!お前ガード緩すぎ!薬と犯罪には気を付けろよ、マジで!」
勝手に携帯番号を教えておいてどの口が言うんだろうか?でもいきなり会うのはやっぱり軽率だったかもと、後悔した。
しかし、電話口のYBIのマコトは「仕事の事で相談がある」と切羽詰まっていたのだ。マコトの今の仕事といえば、蓮とのドラマ。ひょっとして蓮と何かトラブルにでもなっているのかもしれないと心配になって、明日会うことになったのだが…。
藤崎が「薬」なんていうから、怖くなってしまった。
YBIのマコトと待ち合わせたのは、クラブのVIPルームではなく、ちょっとオシャレな創作料理の店の個室。壁もそんなに分厚くない、障子一枚程度のオシャレな衝立てでしきられている程度の個室だったから俺は安心した。
YBIのマコトは自己紹介をした後、自嘲気味に笑った。
「自分で誘ったのにアレだけど、”仕事の相談がある”なんてさ、詐欺メールみたいだよね?そんな誘いに乗って来ちゃうなんてさぁ、圭吾くん、心配だよ…。俺が本物じゃなかったらやばかったよ?」
「でも今、マコトくん、蓮とドラマ撮ってて…。仕事の事って言うから、俺が何か相談に乗れることもあるかなぁって。」
本当に、心配半分。もう半分、いやもっと多くは蓮の最近の話が聞きたい、って事だったのだが、それは言えなかった。マコトはぷっと吹き出した。
「蓮くんにRELAYの解散理由聞いたら”音楽性の違い”って言ってたけど、本当だね。圭吾くんはアーティストっていうよりふわふわしてて子犬系だもん。アイドルの方が向いてるんじゃない?しかもその髪型!」
「え、やっぱり変?!」
「いや似合いすぎ。前々から、アーティスト系の格好似合わないなって思ってたから。そっちの方が絶対いいよ。」
「前々から?」
そういえば、ドラムの藤崎もマコトは俺のことを知っていたと言っていたっけ。俺は蓮とドラマで共演するまで、全然知らなかった。どこであったんだろうか?
「何度も音楽番組で一緒になってるじゃん。主演じゃないけど俺が出たドラマの主題歌をRELAYが歌って、打ち上げにも来てたこともあるし…。音楽フェスで一緒だった事もあるよね?」
いやでも、出演者とスタッフも合わせるととんでもない数の人がスタジオにいるのだ。そんな中で、一緒だったと言われても困る。
「メイク室でも話した事あるよ。全然覚えてない?ちょっとショックなんだけど。」
「ご、ごめん…。」
「そんな状態なのに、今日来てくれたのが謎なんだけど!まー、いいけど!」
マコトは俺の事を子犬系だと言ったが、マコトの方が子犬系だと俺は思った。俺と背が同じくらいだから身長は百七十五センチくらいで、ぱちっとした目を細める、愛らしい笑顔をしている。
「それで、相談って?」
「圭吾くんに、俺の番組に出てほしいなって思ってて。」
「番組?!」
「番組っていってもWEBの、誰でも投稿できる、アレだよ。」
「で、でもYBIだったら登録者数は…すごいんじゃない?」
テレビ番組の煽りとかでも、よく聞く、再生回数一億回、登録者数、何百万人、って…。
「三百万人。」
「さんびゃくまんにん?!」
「メインチャンネルはね?実は今俺、企画的な内容のサブチャンネル始めてて。それが登録者数が伸び悩んでるの。それでね、他の事務所の人ともコラボしたいなって思ってね、真っ先に圭吾くんが思い浮かんだんだ。」
「ちょ、ちょっとまって、サブチャンネルの登録者数は…?」
「九十七万くらい?百万人超えたくて、早く。」
「そーすると、絶対俺じゃないよね、コラボ相手。」
「そうそう、普通に考えたらコラボ相手は今ドラマやってるRELAYの蓮でしょ?だからそう思わせといて、違ったーみたいな…。」
なるほど、そう言うネタ、お笑い的な感じなのか。俺は納得した。でも、見てる人は面白いんだろうか、それ…。
「俺たちのチャンネル見てる人は、男のアイドルを見たい人たちだからさ、蓮だと思ってたら、違うじゃん、でもこっちもイケメンじゃん!って盛り上がると思うんだ。」
こっちのイケメン?それって…?俺が怪訝な顔をしていると、マコトは苦笑いした。
「実は圭吾の変身企画をやろうと思ってたんだけど、いつのまにか変身しちゃって…。残念。でもさ、さっき言ったのでも全然いけると思うから、出てよ。」
「いや、無理だよ!俺なんか全然…。YBIの事務所にいるでしょ、沢山…。」
「ははっ、圭吾くんはなんでそんな自己評価低いの?圭吾くんがもし、うちの事務所に来るってなれば、一発合格だと思うよ。」
「え、俺…全然、仕事なくて、首になりそうなのに?!」
「…聞いた。RELAYの事務所は見る目ないね。勿体無い。マジで。」
いや、見る目はあると思う。実際オファーが全くないんだし。でも、ひょっとして、俺の窮状を知っていて声をかけてくれたマコトは、ひょっとするとひょっとして…?
「マコトくん、いい人なんじゃあ…?」
「え、なになに?」
「薬とか誘われたらどうしようかと思っててごめん。」
「そんなこと思ってたの?!いやま、確かに誘い方おかしかったよね!」
「俺に仕事がないから、誘ってくれたの?」
俺が核心をつくと、マコトは眉を寄せて、少し声のトーンを落とした。
「……嫌だった?」
「あ、やっぱり…いや、嬉しい。嬉しくて泣きそう。ちょっと待って。」
俺は鼻がツーンとしたので、後ろを向いて目頭を押さえた。
「ぷはっ!かわいいね、圭吾くんは!じゃ、出演決定!あとはちゃんと事務所を通して依頼するから。楽しみだなー。」
「あ、いや、出るって決めたわけじゃ…!」
俺は抵抗を試みたが、登録者数300万人保有のアイドルは俺よりも何枚も上手だった。ベロベロに酔わされて、いつの間にか出演する、と口走っていた。
その夜、俺は蓮の夢を見た。
久しぶりに蓮の声を聞いた。いや、正確には毎週蓮のラジオは聞いてるから声は聞いてるけど。そうじゃなくて、久しぶりに同じ空気を吸ったという夢だった。夢でも嬉しい。
翌日、俺は見たこともないビジネスホテルの一室にいた。朝、というには遅い時間にマコトからの電話で目を覚ました。
「圭吾くん、昨日のことどのくらい覚えてる?」
「ええ〜と、マコトくんのWEB番組に出るってなったあたり…?」
「それ結構前半だよ?圭吾くん、面白すぎる。じゃあまた今度打ち合わせしよ!」
スマホの通話を切って俺は項垂れた。泥酔して目覚めて、頭と胃が痛い。しかも、夢精していて下半身がひどい有様だった。
シャワーを浴びて、部屋に戻ると、コンビニの袋が置いてある事に気がついた。下着と、二日酔いに効く栄養剤。マコトだろうか?気遣いが有り難すぎて、マコトにすぐにありがとう、とメッセージを送信した。
マコトからはかわいい、という謎のスタンプが送られてきた。
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