二章

第14話 脱ミュージシャン

「ケイちゃん元気だった?」

「ええ〜と…。」

 俺は俺をケイちゃん、と呼んだその人を見て、かなり戸惑っていた。

 その人はRELAYのヘアメイクをしてくれていた、鮎川さん。蓮とは違う、ふんわり系のイケメン美容師さんだ。

「あのー、何で俺の番号…?」

「RELAYのキーボード、永瀬くんに聞いた〜!」

「そ、そうなんですか…。」

こうやって、個人情報って漏えいしていくんだろうな、と俺は思った。

「前から、ケイちゃんの髪を何とかしたいと思ってたの!ついにRELAYから蓮くんがいなくなったから大丈夫かなあって。」

「蓮がいなくなったから?」

「ケイちゃんの髪、蓮くんが切ってたじゃん?」

 鮎川さんはイタズラっ子のように笑う。

 鮎川さんは突然俺に電話をしてきて、自分の美容室に髪を切りに来ないかと誘ってくれたのだ。俺の髪は高校の時からRELAYが解散するまで蓮が切っていた。ちょっと気まずい時期も含めアリーナ公演が終わるまで、ずっと。しかし解散後は数ヶ月間、何もしていない状態で酷い有様だったから、その誘いは渡に船、ではあった。

「RELAYが解散したから、こうしよう、とかある?」

「うーん、何だろう。オシャレに疎くて…。でもこれからは社会に溶け込める感じがいいかな?」

「オッケー!ケイちゃん、ボクのおすすめのやつでいい?」

「は、はあ…。」

 少し不安だったが、どうしたいと言うのもなかったので任せる事にした。髪はボサボサに伸びていたから、スッキリさせて欲しい。それだけ注文した。

 メガネを外すと、ほぼ何も見えない。だからちょっと油断していた。


 出来上がった髪型を見て驚愕…!

「短っ…!」

「いや、これでもちょっと長いくらいだよ!これねえ、2wayバングって言うの。知ってる?」

「全然…。なにそれ?」

「内側に短め、外側には長めの前髪を作って、前髪ありと、前髪無し両方のアレンジが出来るんだよ。韓流アイドルがやってすごい流行ったんだけど。センター分けも出来るし、前髪流す事もできるし…ずっと、ケイちゃんに似合いそうだなと思ってたんだ!やっぱりボクの目に狂いはなかった!」

「韓流アイドル…?」

 俺はただただポカン、とした。それより、全体的に髪が短い。こんなにさっぱりしたの、いつぶりだろう。もう全然思い出せない。俺はかなり狼狽えた。

「ケイちゃん、この後、田中さんと仁木さんも来るから、写真撮ってSNSにアップしない?」

「しゃ、写真?それはマネージャーに聞かないと…。」

 俺はやんわり断ったのだが、鮎川さんはスタッフの女性たちに「写真を撮るから」といって先ほど切って落ちた髪など、室内を掃除させ始めた。

 室内の準備を終えたころ、後から来ると言ってい田中さんと仁木さんが合流した。

 一人はガタイがいい強面イケメンのカメラマン田中さん。もう一人は性別不詳の美人スタイリスト、仁木さん。

「やだ〜!まつ毛ながーい!」

「ちょっと、唇もピンクだし。メイク無しでコレ…?!」

 写真を撮りながら、鮎川さんと仁木さんに笑われた。完全に揶揄われてる。俺は溜息をついた。

「しかし鮎川、近年稀に見るいい仕事したわね。よく似合ってるわ〜。」

 スタイリストの仁木さんは鮎川の腕を褒めた。俺は蓮に髪を切ってもらうのが好きだったから、少し複雑だった。

「ケイちゃん、眼鏡はずそっか。もったいない!」

「服さ、もっとかわいい系がいいと思う。オーバーサイズでだぼっとしてるやつない?」

「あー、わかる!ちょっとやりすぎるくらいでも良いかも知れない!」

鮎川さん、仁木さんと田中さんは三人で盛り上がって俺を着せ替えて遊び出した。最終的に耳がついたカチューシャをつけられて散々写真を撮られる。


「今話題の…メンズグループのオーディションあるじゃん?それ、入れる…いやそれに出たらみんな、裸足で逃げ出すわ。」

「うん、確かによく撮れた。阿部マネージャーに送っておくから、これ宣材写真にしなよ。オファー殺到するよ?」

 鮎川さん、田中さんは写真を見ながらちょっとにやにやしていた。やはりこれは揶揄われたのかもしれない。

 一方でスタイリストの仁木さんは俺を上から下まで眺めながら、やや真剣な顔をする。

「よくさ、離婚するとモテるって言うじゃ無い?ケイちゃん今、ヤバイわ。RELAYが解散してストッパーの蓮がいないケイちゃんは生簀に放り込まれた天然魚だよ!悪い人には気を付けなさい!」

 離婚するとモテる?そもそも結婚もしていないし、蓮とのことは誰にも言ったことがない。今やばいって何…?特に誰からも告白もされていないけど。どういうことだろう?

 

 三人はそれぞれに俺を励ましてくれた。たぶん。


「ねえケイちゃん。その眼鏡やめない?コンタクトないの?絶対コンタクトがいいよ!」

 鮎川さんが力説すると、仁木さんと田中さんも頷く。

「コンタクトは持ってない…。変かなあ?これ?」

 俺は蓮がこれにしろ、って言うのをしていたけど、これからはもっとアーティストぽく無いのをした方が良いのかも知れないと俺は思った。

「ケイちゃんには合ってないと思う。この近くにも眼鏡屋さんあるから行ってみたら?コンタクトも作れるよ。ケイちゃん、絶対コンタクトにしなよ!」

「はあ…。」


 俺は鮎川さんに言われて、時間もあったし近くの眼鏡屋さんに寄った。店内を入って行くと、迷うくらい沢山、メガネフレームが置いてある。

 俺はその量に途方に暮れてしまい、店員のお姉さんに眼鏡フレームを選んでもらう事にした。

 俺はその、お姉さんの選んだフレームの眼鏡と、コンタクトを買って店を出た。初めてコンタクトをして外を歩く。顔周りに何も乗ってないのっていつぶりだろう。顔が軽くて爽快だったから、これからはコンタクトにしよう。そう決めた。


 爽快な気分のまま、通りを歩いた。鮎川さんの美容室はオシャレな街にある。通りにはオシャレそうな服屋がひしめいていた。俺はそれを素通りして、コンビニで水とガムと漫画”悪役令息、皇帝になるseason3”最新刊、を買った。

 あの日、読めなかった漫画。しばらく見ると泣きそうになったから、読んでなかったけどやっぱり最新刊を読みたくなったのだ。

 駅に向かって歩いていると、女の子数人に話しかけられた。

「あの、写真いいですか?」

「写真?」

 ひょっとして、RELAYのファンの子だろうか?俺はちょっと嬉しくなった。蓮がいる時以外声をかけられた事は無かったけど、俺は快諾した。

「ありがとうございます!」

女の子達にきゃーと言われて、ちょっと照れる。

「あ、いえ、こちらこそ。応援ありがとうございます。」

「応援?」

 女の子達はきょとん、とした。

「あ、RELAYの…ファンの子かなって…!違った…?」

「え?RELAYって今泉蓮の?え?」

「あ、えーと…。」

 俺は戸惑った。彼女たちは俺を何だと思って写真を撮ったんだろう?

「ひょっとしてお兄さんRELAYの人なの?!RELAYって今泉蓮以外にもかっこいい人いたんだね?!って言うか、お兄さんすごいかっこいいから、芸能事務所の人なのなーって思って…」

 女の子達はきゃあきゃあ言っていた。かっこいいから写真を…?

 戸惑う俺をよそに、女の子達は「これから応援しますね!」と言って行ってしまった。


 解散を知らないとは、ファンの子じゃ無かったようで、少しがっかりした。ファンの子達が、またやってくれって言ってくれれば蓮も考え直してくれるかも知れないなんて、淡い期待を持っていたから。


 俺はまた駅まで歩いて、電車に乗って自宅へ向かった。

 俺はRELAYが解散してから一旦実家に戻っていた。これから収入が無くなるのが不安だったからだ。情けない息子だけど、親は察したらしく何も言わないでいてくれる。


 駅に着くと、移転して無くなったコンビニの前を歩いた。最近元の建物が壊されて更地になり、”売地”の看板が掲げられている。

 ここにまたコンビニを建てたら、またあの日が戻ってくるんじゃ無いか、なんてそんな想像を俺はした。


 その時、スマートフォンにこの間申し込んだコンビニオーナーの説明会の案内メールが送られてきた。

 俺は駅の構内に戻って、証明写真機で履歴書用の写真を撮る。

 写真を見ると、髪を切ってミュージシャンぽくなくなった自分が写っていた。


 蓮が見たら笑うかな?蓮は形から入れって言って、俺の髪は長めにカットしていた。短くしたらダメじゃん、て言うかな?


 いや…そもそも、もう興味もないか。

 でもまた、会いたい。会いたいよ。同じ空気を吸いたい。ただそれだけ…。

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