第6話 修学旅行二日目〜解散 

 うさぎを並べた後、一通り名所と呼ばれるところを見てから八坂神社を後にした。八坂神社を出て、祇園の有名な通りを歩く。二人でふらふらしたらあっという間に、時間は経ってしまった。


「そろそろ移動する?行きたいとこある?」

「うーん。集合時間考えたらあんまり時間ないよ…どうしようか?」

「じゃ、カラオケ行こう!」

「はあ?!」

「そろそろ放課後の時間帯だから大丈夫。」

「いや、そういう問題?!」


 俺は止めたのだが、今泉は止まらなかった。全国チェーンのカラオケボックスを見つけて、さっさと入ってしまったのだ。今泉はカラオケの部屋に入ると電気を暗くする。


「上村が恥ずかしくないように!」

「ええ?!」

俺に歌えってこと?!カラオケなんか、いったいいつぶりだろう…。しかも、今泉みたいなリア充と歌えるような曲、俺は知らない。しかし今泉は俺に選曲用のリモコンを手渡して、俺に入力するように迫った。


「引かない?」

「引かない引かない。」


 そう言われたものの、なるべく今泉が知っていそうな、アニメに使われてヒットしたアーティストの曲にした。今泉は俺が歌うのをじっと聞いていて、終わるとパチパチと拍手をした。


「よかった!」

「本当に思ってる?」

「うん。俺が女子なら落ちてる。」

今泉はそう言いながら、笑っている。

「茶化すなよ…。」


 俺なんか、もう昨日の時点でお前に落ちてる…そう思って止めた。なんだそれは、女子か俺は?!

 今泉は「茶化してない」と言って、俺との間をさらに詰めて座り直した。


 今泉が入れたのはアップテンポで爽やかな曲だった。ただ、歌詞に好きと会いたいが沢山入っているうえに、サビには自分のものにしたいキスしたい、という台詞が繰り返されていて俺は勝手に赤面した。

 今泉の作った曲にはどういう歌詞が乗ってるんだろう。誰かを思って作ってるんだろうか?それでこんなふうに切なく歌うんだろうか?

 サビの高音域にうっとりしていると、隣の今泉が俺の頬をつついた。曲が終わりかけのサビのところで今泉と目があって、見つめ合う。


 一度見つめ合ったら、目が離せなくなった。


「キスしたい…」

「え…?あ、歌詞…?」


 サビで何回も言っていたから、歌詞なのに自分に言われたと勘違いした。俺の勘違いに今泉はふっと、柔らかく微笑む。

 流行りのカフェのパンケーキより柔らかく、上に掛かってるクリームみたいに甘い笑顔だった。


「キス、した事ある?」

「…いや、ないけど…?」

「十七にもなって?」

「まだ十六…。」

「ふーん、じゃ、十七になったらするつもり?」

「それは、相手が…。」

「じゃあ練習しとこ。」

「練習?」

「うん。十七になったらするんだからさ、今、練習しとこ。」

「今?!」

「大丈夫、暗いから。」

「いやでも…。」


  俺、男だし、冗談はよせ…と断ろうとして、目の前のイケメンがあまりにも真剣な顔をしていたので、言い出せなくなった。今泉は、いつも強引に話を進めるくせに、この時は、俺の返事をじっと待った。


「キスしていい?」


 今泉の問いかけに、俺はこくんと頷いた。

 恥ずかしくて目をつぶってしまったから、目の前のイケメンがどんな顔をしているかは分からなかった。今泉はそっと、俺のメガネを外した。

 頬を撫でられて、顔が近付いてくるのを感じる。初めはゆっくり唇に触れるだけのキス。ちゅっと音をさせて、何回か、それを繰り返す。何回か繰り返しているうちに、突然、唇を舌で舐められた。唇を舐められたり、今泉の唇で唇を嚙まれたりしてるうちに、口の中に舌を入れられる。

 舌を絡められて、そこから濃厚なキスになっていった。角度を変えて何回も口の中を舐られて息が出来ない。溺れるみたいに今泉にしがみつくと、今泉は一旦唇を離して俺を見つめた。


「かわいい…。圭吾…。」


 今泉にかわいいと言われて、俺の胸はぎゅうっと握られたみたいに苦しくなった。俺は余裕がなくて、今泉に抱きついたまま、はあはあと荒い息を吐いた。


 そこから、五分前の呼び出しがあるまで、二人のキスの練習は続いた。



 散々キスしてカラオケを出ると、集合時間が迫っていた。慌てて、宿泊先に戻ると入り口で因幡達が待ち構えていた。達、と言うのは、例のキラキラ女子達も一緒だったからだ。

 蓮の彼女、美咲に至っては目を真っ赤にして泣いている。

 そりゃそうだ。友達は彼氏と一緒なのに、自分だけ、ひとりぼっちだったんだから。しかも、約束した場所に来ないとか、待ちぼうけしたんだろうか。

 よく考えたら申し訳なくなった。


「ちょっとー!どこ行ってたのよ電話も出ないし!メッセージも既読無視とか!もう少しで先生にちくるとこだったよ!」


  因幡は怒っていた。しかも、と美咲達をチラ見して、小声で「揉めるのは点呼の後にして」と囁く。

 今泉は美咲達を素通りして、さっさと点呼を受けに集合場所へと向かってしまう。後ろから痛いくらい視線を感じて俺はいたたまれなくなった。


  行ってあげたほうがいい…と、言おうとしたのだが、俺が言うまでもなく、その夜今泉は部屋に戻ってこなかった。


 俺は一人で眠りについたのだが、いつの間にか、枕は濡れていた。


 次の日は団体行動。今泉は美咲達のグループと一緒に行ってしまって、やっぱり夜は帰ってこなかった。


 最終日、最後は金閣寺と銀閣寺の観光。銀閣寺って銀で出来てないんだよ、なんてお約束な事を誰かが言うのを俺はぼんやりと聞いていた。

 帰りの新幹線はどうするんだろう?行く時は、今泉と一緒だったのに…そう考えるとまた涙が出そうになった。彼女が大切なら、あんな事しないで欲しかった。あんな…。夢中になってしまいそうな、キスなんか…。


 帰りの新幹線、今泉はきっと彼女と座るのだろうと思っていたが、意外にも俺の隣に座り「すげー眠い」と言ってすぐに眠ってしまった。今泉が俺の肩にもたれかかってきたので、俺はなかなか眠れなかった。いつの間にか眠って起きると、俺のスマホにはレトロなうさぎのストラップが付いていた。

 

 東京駅で解散式を行なって、そのまま解散となる。俺は特に約束もなかったので真っ直ぐ帰るため乗り換えのホームへと向かった。


「圭吾!」


 名前を呼ばれて振り向くと、俺を呼んだのは今泉だと分かった。

 なんで下の名前なんだよ...と、思ったが何も言えない。今泉は反対側のホームでバイバイ、と手を振っていたが、俺は返事もしなかったし手も降らなかった。


 何かしたら泣きそうだったから。


 ーー今泉の隣には彼女がいた。


 そのまま電車に乗って、俺は予定通り真っ直ぐ帰宅した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る