第5話 修学旅行二日目 逃避行

 二日目は自由行動。

 出発のため、集合場所に並んでいると、今泉と例の女子達がが何やらもめていた。

「二ヶ所目の清水寺で待ち合わせ!ねえ、蓮!聞いてる?」

「聞いてはいる…。」

 今泉達はどうやら、伏見城の後行く清水寺で待ち合わせをしているらしい。俺はむしろ朝からいなくなると思っていたから意外だった。そんなに伏見城に行きたかったのだろうか…?


 班ごとで別れたあと、今泉は上機嫌で伏見城に向かった。今泉は“伏見城の戦い”を主にゲームの側面から語っていた。あまりに楽しそうなので俺も因幡達女子も、ほほえましく今泉を見ていた。

「上村は何が好きなの?」

「俺?俺はえーと…今泉に言っても知らないと思うよ…。」

「知らない?例えば?ボカロならちょっとわかるよ」

「うーん、ボカロはただ使ってるだけで…えーとね、最近でいうと”悪役令息、皇帝になる”っているアニメなんだけど…。」

「ああ~知ってる!深夜やってるアニメだ!あれ面白いよね!」

 そこで因幡が会話に入って来て、俺とアニメの話で盛り上がると今泉はあからさまに不機嫌な顔をした。

「アニメの話は終わり!伏見城についたから伏見城の話に戻します!」

 今泉は無理矢理、伏見城の話に戻した。今泉はアニメの話は好きではなかったのだろうか。俺は少し悲しくなった。


 伏見城の見学を終えると近くの鳥居が有名な神社で写真を撮ってから、昼食をとろうということになった。昼食をとったら、午後から清水寺に移動して、今泉はそこから別行動をするのだろう。


「ちょっと、さっきのところ、もう一回写真撮ってきていい?先行ってて!」


 今泉は「行こう!」と俺の手を取って走り出した。

 因幡は「ちょっとまって!」と叫んで制止したが、今泉は振り向かなかい。しばらく走って、因幡達女子の姿が見えなくなっても走るのをやめなかった。俺の戸惑いを察知した今泉は、後ろにいる俺に振り向いて一言、


「逃げようぜ!」


 と、言って今泉は笑った。


 俺は“逃げるってどこへ?”というか、なんで逃げるんだ?と思ったが、驚きすぎて声が出ない。

 今泉はバス停に向かい、俺の手を握ったままバスに飛び乗る。空いている席に俺を座らせて自分も隣に腰を下ろした。


「祇園の八坂神社、知ってる?」

「予定にないってことだけは、知ってる。」


 俺の返事を聞いて今泉は笑った。今泉は予め調べておいたのだろうか、バスは八坂神社の前で止まった。今泉は俺を連れてバスを降りると、すぐ側のコンビニに入って行く。

 まず今泉は入り口側の漫画本のコーナーで立ち止まると、棚の中から”悪役令息、皇帝になる”の原作の漫画本を見つけて手に取った。

「俺、漫画も持ってるから貸そうか?」

「じゃあ、この巻以外を貸して。」

 今泉は先ほど、この漫画”悪役令息、皇帝になる”のアニメの話は嫌がったのに、漫画はいいんだろうか?よほど漫画が気になったのか、一巻目だけを購入するつもりらしい。


「遠回りして、時間がかかったから、コンビニでなんか買って食べよ?」


 今泉は楽しそうに、コンビニの店内を見て回る。

 京都限定品のおにぎりやお菓子を買い込んでコンビニを出た。その足で八坂神社へ向かい境内のベンチに座って食べることにした。

 今泉は人懐っこくて、距離が近い。自分が食べた物を、食べてみなよと半分差し出してくる。コミュ障を患ってる俺にはハードルが高い事の連続だった。

 一通り腹を満たすと、神社の拝殿へ行きお参りした。


「ここも"戦国アンライバル"に出てくるの?」

「いや、ここはよくわかんない。ただ、あんまり行く奴がいなそうだったから。」

「行く奴がいなそうだったから?」

「うん、女子がいるとめんどくせぇじゃん…。」

 そうか、モテるやつは大変だな…。

 二人で境内をぶらぶらしていると、鳥居の近くで可愛らしいうさぎの置物が売っているのをみつけた。今泉は近くの初穂料と書いてある箱にお金を入れると、「かわいい」とウサギの置物を手に取る。


「これに好きな人の名前を書いて絵馬みたいに奉納すると、恋が成就するんだって。どうする?なんて書く?」

「え?!俺?!」

 今泉に話を振られた俺は驚いた。明らかに、恋愛に無縁なタイプだよね、俺。なのにそれ、俺に聞く?!


「他に誰が居るんだよ…?好きな人の名前言って。書いてやるから。」

「いないよ、そんなの…。」

「ふーん…。じゃあ…。」

今泉はうさぎに”けい”と書いた。

「俺?」

「うん、自分の名前でもいいんだって。上村は、俺の名前書いて。」

 今泉はそう言って、縁結びのうさぎを指さした。言われた通りに初穂料を支払ってうさぎに”れん”と書いて、はたと考える。今泉が俺の名前を書いて、俺が今泉の名前を書いて、縁結びの神様は混乱しないのだろうか?俺たちはただ、相手の名前を書いてあげたに過ぎないのだが…段々自分も混乱してきた。俺の混乱をよそに、今泉は”れん”と”けい”と書かれたうさぎをならべて満足そうに笑う。


 今泉の笑顔は破壊力がある。多分女子なら今ので落ちてる。何せ男の俺が勘違いしてドキドキしてるくらいだから。

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