第4話 修学旅行一日目

 それから修学旅行の班活動の度に、今泉の質問攻撃は続き、修学旅行前には既に、スマートフォンのメッセージアプリの”お友達”になっていた。今泉はイケメンで、自分に自信があるからなのか、とにかく距離が近いやつだった。

 メッセージは「おはよう」からはじまり「おやすみ」に終わる。かわいいスタンプだったり文字だけだったり、たまに写真が来たり。謎のやり取りは続き、ついに修学旅行当日を迎えた。


 京都、奈良三泊四日の修学旅行。新幹線の席も班ごとに割り当てられ俺の席は今泉の隣だった。今泉は二人がけの窓側に俺を座らせて自分は通路側に座った。通路の反対側は班長の因幡や女子達三人が座る。出発前、今泉とグループ交際している女子達が席を変えようとゴネていたのだが、今泉は「決まったことだから」とだけ言って、さっさと自分の席に座ってしまった。


 俺は女子達に睨まれてしまい、恐ろしくなって今泉に耳打ちした。

「向こうに座れば?」

「なんで?指定席じゃん。」

 今泉はあからさまにめんどくさそうに言う。


 モテるやつは、放って置かれたいのかも知れない…きっと構われたくないんだろう。俺はそう思って自分からは話しかけなかった。

 出発後少しして、今泉は俺にワイヤレスイヤホンを片耳分だけ渡してきた。もう一方を自分の耳に入れてスマートフォンを取り出すと、何やらアプリを立ち上げる。今泉がアプリの画面をタップすると、イヤホンに音が流れた。

 ギターがメインのロック調の曲。客の歓声なども聞こえる。全く聞いたことがない歌だった。ギターのことはよく分からないが、綺麗で伸びのある高音のミックスボイスと少しハスキーなチェストボイスは耳に心地よく、もう少し聞いてみたいと素直に思わせるものだった。一曲終わると今泉はスマホをタップして一旦曲を止める。

「どうだった?」

「うーん…知らない曲だけど、よかった。」

「じゃ、今度聞きにきて。またライブやるから。」

「え?」

「これ歌ってるの俺。曲も自分で作ってて。」

「そうなの?!」

 そんなの俺に聞かせて、どういうつもりだろうか?俺が女子だったら惚れられちゃうだろう。実際俺はドキリとした。でも俺、男。女子みたいに、すご〜い、蓮くんかっこい〜!とか言うわけにも言わず、リアクションに困っていると今泉は俺をじっと見つめた。

「上村のも聞きたい。」

「で…でもイヤホンないし。」

「大丈夫。これ、すぐ同期できるから。」

 今泉はワイヤレスイヤホンのケースを俺に差し出した。確かにそれはBluetoothで簡単にスマートフォンと同期できるもので、ボタンを押せば一瞬で接続できる。

 俺は気乗りしなかったが、イヤホンの片方を今泉に手渡して曲をかけた。俺のボカロ曲を、今泉はリズムをとりつつ楽しそうに聞いた後、鼻歌で口ずさむ。

「や、やめろよ…!」

「なんで?いい曲じゃん。気に入った!今度は上村の声で録音してきてくれよ。聞きたい。」

 今泉はにっこり微笑んだ。すましてる時は冷たい美形なのに、笑顔のギャップ…イケメンの笑顔というのはものすごい破壊力があり、ほめられて思わず顔が熱くなった。うっかりいいよ、と同意しそうになったが、今泉の歌を聴いた後に俺の歌なんて聞かせられる代物じゃない、そう思って丁重に断った。しかし今泉は目的地に着くまで俺の歌をずっと口ずさんでいた。


 一日目の観光はクラスごとの団体行動。その間今泉は例の男女グループと一緒に行動していた。宿泊する部屋は班ごとに割り振られていたので、俺と今泉は同じ部屋だったが、きっと夜は別の部屋で寝るのだろうと思っていた。実際五人部屋の、他の連中は女子の部屋に遊びに行ってしまったが、今泉は部屋に残りなぜか俺の隣の布団に潜り込んだ。


「上村、子守唄がわりに、あの曲、歌ってくれよ。」

「え、なんで…やだよ。」

「聞きたい。」


横の布団に寝ている今泉を見ると、馬鹿にしたような顔はしていなかった。むしろ馬鹿にされた方がいっそのこと歌いやすかったかも知れない。ついに今泉の謎の圧に負けて、俺は歌った。歌詞は恥ずかしすぎるので、ハミングだけ。

 今泉はまた、馬鹿にするでもなく微笑んだ。今泉は冷たい感じのする美形の癖に、笑うと暖かそう。だからその笑顔を目にすると思わず顔を埋めたくなるふわふわの毛布を前にした様な気持ちにさせられる。

 イケメンはそういう顔したら、ダメだと思う。俺が女子ならもう抱かれてる。多分。

 

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