第7話 今泉の美容室 

 その後、今泉とは気まずくなってもう話したりしないんだろうと思っていたのだが、今泉の態度は特段何も変わらなかった。

 相変わらず、おはようからおやすみまでのメッセージがきて、学校で会えば俺を質問攻めにした。


最寄駅も一緒なので、朝駅で会えば一緒に学校に行き、帰りも昇降口で会えば一緒に帰る。”悪役令息、皇帝になる”も気に入ったらしく、漫画を貸したり、俺も今泉の好きなゲームをダウンロードして電車の中で一緒にプレイした。

 俺の生活にどんどん、今泉が侵食していった。

 

 今泉はギターケースを背負っている日と背負っていない日がある。背負っている日は、中学の同級生とバンドの練習をしているらしい。その日は昇降口で一緒になっても、駅までですぐ別れてしまうが、ギターケースを背負ってない日は暇なのか、一緒に駅前のコンビニに寄ったりしながらゆっくり帰った。

 その日もギターケースを背負っていない日で、一緒にコンビニに寄った。たまたま”悪役令息、皇帝になる”の最新刊が出ていて俺が買ったのと、その日が金曜日で翌日は休みという開放感が重なって今泉の家に遊びに行くことになった。

 漫画とお菓子をコンビニで色々買い込んでから、今泉の家に向かう。

 今泉の家は、駅近の新し目の一軒家。ちょっと細いけど駐車場もついてる。中に入ると更に驚いた。 


「おしゃれだね!」

「うん。母ちゃんが店やってて。意識高い系?」

「へえー!それで今泉もおしゃれなの?」

「いやもう、高校生だと母ちゃんは関係ないんじゃね?まさか圭吾はまだ、ママが買ってきた服着てるとか?」

「さすがにそれは…でも、兄ちゃんの着てた服を着てるかも。」

「はは、圭吾らしい。」

 今泉は笑いながら、俺を二階の自分の部屋に案内した。部屋を開けてびっくりした。大きなアンプとギターが数本置いてある。

「軽く防音仕様だから、弾けるよ。やってみない?」

「え?!」

「ほらこれ持ってみて!」

 今泉はいつも急だ。俺に無理やりギターを持たせると、自分も弾きながら俺に弾き方を教えた。

「そうそう、上手。圭吾はさ、センスあるよ。鼻歌といい…リズム感とか、合うなあーって思ってて…一緒にやらない?バンド。」

 突然の質問に俺が固まっていると、今泉はぷっと吹き出した。

「嫌なら無理にとは言わないけど…やりたくなったら言って。」

 今泉はギターを弾きながら、多分オリジナル曲のワンフレーズだけ口ずさんだ。

 そう言えば今泉は、俺の鼻歌を知っていたっけ。センスがあるって、そういう風に思って声かけてくれたんだろうか?聞きたいって言われたのも、そう言うこと?

 俺は途端に嬉しくなった。 


「やってみようかな?」

「じゃ、こっち来て。」


今泉は俺を自分の前に座らせると、後ろから抱きしめる格好で俺の手を握って弦を押さえた。


「弦押さえる指も決まってるから。人差し指が一、中指がニ…。」

 今泉は何も知らない俺に、丁寧に教えてくれる。弦を押さえてしっかり音が出るようになると嬉しくなって、俺は振り向いて後ろの今泉を見た。


「音が出ると、楽しいな。」


  今泉も同意して、笑った。

 ああ、また。イケメンの笑顔はずるい。しかもすぐ後ろで抱きしめられて…。不覚にも俺はまたどきどきしてしまった。

彼女持ちなんだから、そういう笑顔は控えてほしいのに…。俺は俯いて、苦し紛れにまた弦を弾いた。


「やっぱ、本気で俺とバンドやろ?」

今泉は俺を覗き込んで、微笑んだ。

 俺はつい、頷きそうになって慌てて首を振った。

「いやいや、まだ全然、音が出たくらいだし。」

「まず、形から入ろうぜ。取り敢えず、髪型。」

「髪型?!」

「バンドマンといえば…髪型大事だよ!俺の行ってる美容室、紹介してやるから!」

「え…?!」

「一緒に行こ。来週、待ち合わせしよ。」

「来週?!」

「来週、楽しみだな!」


 今泉に髪を切ることを決定されてしまった。千円カットしかいった事がないんだ、それなのに美容室?!全く想像できない。

 今泉は俺の前髪を持ち上げたりしてイメージを膨らませているようだった。

 

 一週間はあっという間に過ぎて、週末、髪を切りに行く日になった。

 今泉と俺の家は最寄駅は一緒だが反対方向なので、駅で待ち合わせした。今泉に案内された場所は、先日と同じ、今泉の家。


「え?!」

「ここだよ!」


先日とは違い、今泉は一階の風呂場に俺を案内した。

 風呂に入るとハサミや櫛、カラーリング剤が用意してあることに気付く。


「髪も染めるの?!」

「突っ込むとこそこ?!ぷはっ!なんか圭吾らしい〜!」

 今泉は俺を、風呂用の椅子に座らせて、ケープを被せた。なんだか道具は本格的な気がする。


「母ちゃんが美容師で、店やってんの。道具借りてきたんだ。」

 今泉は桶にカラー剤と思われる粘度のある液体を入れて混ぜ始めた。

「ほんとに染めるの?!だって、学校…!」

「うちの学校は緩いから大丈夫。おれも大丈夫だろ?」

 今泉はもう、俺の意見は聞く気がないらしい。さっさと俺の髪にカラー剤を塗る。塗り終わると、今泉は綺麗なグラスにお茶を入れて持ってきた。ここだけ、美容室気分ってことなのだろうか?しかしそんなことしていたのが良くなかったのかもしれない。時間をおいてカラー剤を落とすと、想像以上に明るい髪色に染まっているではないか!日に当たったら金にも見えそうな、明るい茶色になってしまった。

 黒縁の眼鏡と、合わなすぎる!

 それはさすがに俺でも分かった。今泉は俺を見て爆笑している。


「笑うとこ?!」

「いや…カラー剤の番号間違えたのかも…悪い!でも似合ってるよ。かわいい!」


 俺は今泉に”かわいい”と言われると、胸がぎゅっと苦しくなる。俺はひょっとして”今泉に褒められると死んでしまう病”なのかも知れない。だって、胸だけじゃない。呼吸もちょっと苦しいし、泣きそうになる。

 俺がじっとりとした目で今泉を見ていると、今泉もさすがにちょっとだけまずいと思ったのか、俺の頭をポンポンと撫でた。

 今泉は髪も切るといったのだが、こんな髪色で、前髪切られて顔が顕になったら恥ずかし過ぎるからやめてもらった。 

 帰り際、ごめん、と言われて抱きしめられた。キスも、何度も…。

 抱きしめられてキスされると不思議なことに気分が上向いて、ひととき、不安は何処かに消えてしまう。ひょっとして今泉のやつ、魔法を使えるのかも知れない。魔法のせいで、色々なんとかなるんじゃないかと、”悪役令息、皇帝になる”のようなチート感に俺は包まれた。

 

 次第にそのチート感は夢のように消えて、週明け学校に行くと、案の定、俺は風紀担当の先生から呼び出されてしまったのだった。

 そのあとまた染め直したのだが、前のように真っ黒にはならなかった。ついでに今泉に少し前髪を切ってもらったのだが、今泉が俺を見て小声で「失敗した…。」と言っていたのを俺は聞き逃さなかった。

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