第29話 帝国の守護神

「貴様、何者だ!」


リザを庇うように前へ出たマリーが、リュートへ銃を突きつけたまま怒鳴る。騒ぎを聞きつけた他の隊員も、警戒心をあらわに彼を取り囲んだ。


「わわっ……待って待って。怪しい者じゃないから」


慌てた様子で両手を挙げるリュートに対し、警戒心をいっさい解かないマリー。特殊魔導戦団シャーレのなかで精鋭中の精鋭と呼ばれたリザと、副官である自分の背後へ音もなく忍び寄る技量。明確な脅威を感じ、マリーの頰を冷たい雫が伝った。


「マリー、銃をおろしなさい。大丈夫、敵じゃないわ。みんなも落ち着いて」


自分より背の高いマリーの背中へリザがポンと触れる。隊長の言葉に、リュートを取り囲んでいた鮮血の面々も戦闘態勢を解いた。


「で、でも隊長……!」


「大丈夫だから。私とレイナの知り合いだし」


「そ、そうなんですか……?」


渋々ながらも銃をおろしたマリーが、糸のように細い目でリュートを見やる。


「いやー、また会えたねリザ。無事に獣王国と同盟を結べたようでよかったよ」


「……あなたにもらったコインのおかげ、だと思う。あのコインを見て、明らかに獣王は態度を軟化させたし」


「そっかそっか。お、レイナも久しぶりー!」


レイナの姿を見つけたリュートが手を振る。


「久しぶりってゆーか、あんたどうしてここにいんのよ」


呆れたような顔でリュートを見やったレイナが、腕組みをしたままそばへ近寄る。組んだ腕の上で見事な双丘が強調され、キーマが思わずゴクリと喉を鳴らした。


「あのあとどうなったのか気になってね。それと、一つお願いがあって」


「お願い?」


「うん。実は、お腹が空いてもう限界が近いんだ。だから、なに……か……食べ……させて」


そう口にするなり、リュートはバタンと地面へうつ伏せに倒れ込んだ。


「ち、ちょっと!」


「リュート!」


倒れたリュートのそばにリザとレイナがしゃがみ込む。


「……気を失ってる」


「空腹で気絶するとか……何なのこいつ」


リザとレイナが顔を見合わせてため息をつく。このままにもしておけないので、とりあえずレイナの家へ連れて行くことに。倒れたリュートの首根っこを掴んだレイナが、ひょいっと肩へ担ぐ。まるで人攫いのようだ。


みんなで集まるにはレイナの家は狭いので、マリーとカスミだけついていくことに。


「アイリーン。拠点に戻ったらリンナをこっちに寄越してくれる?」


「あ、はい。わかりました」


あとで拠点へも行くからと伝え、リザはアイリーンたちと別れその場をあとにした。


「さて、と。じゃあうちらは拠点へ戻るか……って、どうしたんすか?」


少し離れたところで首を傾げる、兎獣人アルミラージュのカヨとマリサが目に入り、アイリーンが声をかけた。


「んー、いや。あの男、どうやってこの街へ入ってきたのかなって。今は街に怪しいヤツが入り込まないように徹底した監視体制を整えてるのに」


マリサの言葉にアイリーンとハイネがハッとした表情を浮かべ、リザのあとを追いかけようとした。が──


「「ぐぇっ!!」」


踵を返したアイリーンとハイネの首根っこを、マリサとカヨがガシッと掴む。


「はいはい、ストップ。まあ怪しいけど、レイナがいりゃ大丈夫よ。あんたらの隊長さんも強いし心配ないわよ」


ゲホゲホと咽せ返る二人から視線を外したマリサは、リュートたちが立ち去った方角に目を向けた。



──テーブルの上にこれでもかと並べられた数々の料理。それらがあっという間に平らげられていく様子を、リザたちは半ば呆れたように眺めていた。


「ああ……! 美味しかった……ごちそうさま、レイナ」


「はいはい、お粗末さま」


満足げに腹をさするリュートにレイナが苦笑する。


「いやー、ほんと助かったよ。もう少しで餓死するところだった」


「あんた、どうしていつもそんなに飢えてんのよ。無一文で旅してるわけ?」


「あはは……いや、面目ない」


申し訳なさそうに頭をかくリュートに、マリーとカスミも呆れ顔だ。先ほど合流したリンナとリザだけは、そんな彼の様子を表情一つ変えずじっと見つめていた。


「……リュート。あなたはいったい、何者なの?」


「僕かい? 前にも言ったように、ただのさすらいの旅人さ」


「それはウソ。あなたにもらったコインがなかったら、獣王国との同盟もおそらく成立しなかった。それに、私たちが獣王国へ向かったあと、ティファナで拘束していた閃光部隊が一人残らずいなくなったと聞いた。あれは、あなたの仕業じゃないの?」


「んー、知らないなぁ。何のことだい?」


ニコニコとしながらお茶が入ったグラスを取ろうとするリュートを、リザはじっと見つめ続ける。と、そのとき。リザはあの夢を思いだした。


「ねぇ、リュート。あなた、これと何か関係あるの?」


リザがテーブルの上にコトンと何かを置く。それは、いつも彼女の手首に装着されているブレスレット。


古代魔導兵器・骸レクイエム『雷獣』だ。それを視界に捉えたリュートの眉が、ぴくりと跳ねたのをリザとリンナはたしかに見た。


「……やっぱり、関係あるのね?」


「……さぁ、何のことやら」


「夢のなかで、女の人があなたのことを――」


「そんなことより! リザ、これからどうするつもり?」


リュートがパンッと手を打ち話を遮る。あからさまな話題そらしに、リザの眉間にシワが刻まれる。が、そんなこと一向に気にすることなく、リュートはペラペラと喋り始めた。


「獣王国との同盟は成立し、ネルドラ帝国の世界同時侵攻は停滞してる。でも、それはあくまで一時的なことだ。このままでは、帝国は体制を立て直し次第再び各国への侵攻を始めるだろうね」


マリーがリンナをちらりと見やる。


「……その方が言われる通りかと。我々、鮮血が抜けたとはいえ、まだまだ帝国の戦力は圧倒的です。これまでのように強引な手法は使えなくなるとは思いますが、いずれは侵攻を再開するでしょう」


指でメガネをスッと押しあげながらリンナが言う。その瞳はまっすぐリュートを見ていた。


「リザは帝国を倒したいんだよね? でも、それって具体的にはどうするつもり?」


「どう、とは?」


「戦争を仕掛けて国ごと滅ぼしたいの?」


リュートの言葉にリザが眉根を寄せる。


「……私は、戦争を止めたいだけ。国そのものを滅ぼしたいわけじゃない」


「うんうん、そうだよね。いくらアルミラージュと獣王国が同盟を結び、リザたちが協力しているとは言っても、それだけで帝国を滅ぼすことは現実的じゃあないし」


「……皇帝と軍司令官を暗殺、もしくは拘束する。軍部を掌握さえできれば、おそらく戦争は終わるはず」


「そうだね、それがもっとも現実的な方法だよね」


なぜか満足げなリュートに、全員が訝しげな目を向けた。と、一通り話を聞いたリンナが口を開く。


「皇帝をはじめ、国の中枢に位置する人物を暗殺する。たしかに、現時点でもっとも現実的な案ではあると思います。ただ……」


「ただ、何?」


マリーがリンナを見る。


「皇帝をはじめとした要人の暗殺は、たしかに現実的です。が、それは簡単な道というわけではありません。帝国には守護神がいますから」


リンナの言葉に、マリーとカスミがハッと息を呑む。


「……特殊魔導戦団シャーレ、白夜部隊」


「そうです。ジーナ・セフィーロ隊長率いる白夜は、帝国における絶対的な守護神。要人の護衛を主任務とする白夜は、これまで何人もの暗殺者を返り討ちにしてきた実績があります。任務の成功率は、百パーセント」


ネルドラ帝国が誇る最強の矛がリザ率いる鮮血なら、ジーナ率いる白夜は最強の盾である。それを理解しているからこそ、マリーは思わず唇を噛んだ。


「ジーナ……」


帝国で任務に就いていたころのことをリザは思い返す。シャーレの部隊同士が交流を深めるようなことはまずない。ただ、ジーナはことあるごとにリザとコミュニケーションを図ろうとしていた。リザにとっては煩わしいだけだったので、たいてい冷たくあしらっていたが。


「……それでも、やるしかない」


「リザ隊長……」


絞りだすように口を開いたリザに、マリーが心配そうな目を向ける。リザがどう思っていたかはわからないが、ジーナは明らかにリザを妹分のようにかわいがっていた。それに、国の要人を暗殺するとなると、必然的に軍司令官シャラも標的に含まれる。彼女も、リザにとってはただの上官ではない。


「うん、いいね。リザたちならきっとやり遂げられるさ」


あっけらかんと言い放ち席を立ったリュート。テーブルの上に置かれたままになっている古代魔導兵器・骸レクイエム『雷獣』をちらりと見やり、何かを懐かしむような、寂しいような何とも言えない表情を浮かべたのをリザは見た。


「じゃあ、僕はお腹もいっぱいになったしそろそろ行くよ」


「ち、ちょっと、リュート。まだ、あなたが何者なのか聞いて――」


「そうそう、リザ」


スタスタとダイニングから出て行こうとしたリュートが唐突に足を止める。


「君が倒すべき本当の敵は、帝国なんかじゃないよ。真の敵を倒すため、これからも協力して頑張るんだよ」


それだけ言い残すと、リュートは素早い動きで玄関から出て行った。逃がすものかと、リザやレイナたちが慌ててあとを追う。が――


「ウソ……」


「ど、どこにもいない……?」


ついさっき出ていったはずのリュートは、通りのどこにも見えなかった。


「いったい、どういうこと……? いくら逃げ足が速いと言っても、おかしいでしょ……」


困惑するレイナ。一方、リザはリュートが言い残した言葉が引っかかっていた。真の敵? 何のこと? それに、これからも協力して頑張れ? いったい誰と? 


リザの後ろでは、リンナも険しい表情を浮かべて固まっていた。その様子を見たマリーが声をかける。


「リンナ、どうしたの?」


「いえ……こんなふうに人が消えるなんて、まるで伝説の転移魔法みたいだなって」


「あはは、たしかにね。でも、それこそあり得ないわ。超古代文明時代には使える者がいたと聞いたことあるけど、それこそおとぎ話だしね」


「そう……ですね」


みんなが首を傾げながら家のなかへ戻っていくなか、リンナだけは往来が少ない通りをじっと見つめたまま動かずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る