第28話 青空格闘訓練

遥か昔に存在したと言われる超古代文明。魔法と科学の力で世界は栄に栄え、巨大な鉄の塊が空を飛んだり、一瞬で別の場所へ移動できる魔道具などもあったのだとか。


だが、あるときを境に超古代文明は崩壊した。原因は今もわかっていない。超古代文明人が突然いなくなったことが原因とも言われているが、それも根拠のある話ではないのだ。


兎獣人アルミラージュの街は、超古代文明時代の遺跡である。遥か昔より、アルミラージュはこの街で暮らしていたようだ。



「凄いですね……」


鮮血の新たな拠点としてレイナたちから提供してもらった建物のなかで、リンナが感嘆の声を漏らした。


「ハイスペックなコンピューター端末に通信端末、ネットワーク機器……ネルドラ帝国の軍本部に匹敵する設備ですよ、これ」


「あはは。超古代文明時代の遺物なんだけどね。私たちのご先祖たちは使えたみたいだけど、今は使いこなせるアルミラージュはいないから。リザやリンナちゃんたちが使ってくれたら助かるよ」


リンナの隣に立つレイナがカラカラと笑う。


「レイナさん、どこか訓練に使える場所はないっすかね。動いていないと体が鈍りそうで……」


機械設備を興味深そうに観察しているリンナの背後で、アイリーンが口を開く。


「そうねぇ。屋外の開けた場所ならどこでもいいけど、子どもたちが入り込んだら危ないからなぁ」


「なら、格闘系の訓練だけ屋外にして、銃型魔導兵器ガンを使うときは廃墟になった建物を使わせてもらうとかで大丈夫ですかね?」


「うん、そうしてもらおうかな。あ、格闘系の訓練するなら私たちも混ぜてほしいかな」


「え、アルミラージュを、ですか?」


あからさまに顔を引き攣らせたアイリーンに、レイナがジトッとした目を向ける。


「何よアイリーン。あなた、アルミラージュ嫌いなの?」


「いやいや! 全然そういうんじゃないっす! その、アルミラージュって世界一の戦上手って言われてる種族じゃないですか。レイナさんもめちゃくちゃ強いし……」


しどろもどろになるアイリーンへ向き直ったリンナが、指でスッとメガネをあげる。


「ちょうどいいじゃない、アイリーン。あなた、近接格闘あまり強くないし」


「いや、リンナにだけは言われたくないのだが?」


「私は頭を使うのが仕事だから」


ふいっと顔を背けるリンナへ、今度はアイリーンがジト目を向ける。


「じゃあ決まりね! 街の北側に使われてない広場あるから、そこを訓練場にしましょ」


アイリーンの肩に手を回したレイナは、渋るアイリーンを半ば無理やり連れ出し広場へと向かった。



──白いベッドへ横たわるアルミラージュの青年に、リザがスッと手をかざす。


「『治癒ヒール』」


青年の体が光に包まれた。と同時に、目立つ外傷がみるみる治ってゆく。


「す、凄い……! これが魔法の力……!」


街で唯一の治療院を運営している医師、ケントが興奮したような声を漏らす。興奮度合いを示すように、頭の上では立派な耳がぴょこぴょこと動いていた。


「……これで大丈夫だと思うけど、少しのあいだ様子を見てあげて」


ふぅ、と小さく息を吐いたリザの隣でケントが頷く。


「助かった、隊長さん。あまりにも外傷が酷く内臓もやられてたから、もう諦めかけるところだった」


スヤスヤと寝息を立てる青年は、監視ビルの修復工事に携わっていたさなか、高所から転落したらしい。


新たな拠点へ向かう途中、顔見知りのアルミラージュからそのことを知らされたリザは、すぐさま治療院へ直行し今にいたる。


「うん。それじゃ、私はもう行くから」


「あ、隊長さん」


踵を返し治療院を出て行こうとするリザの背後から、ケントが再度声をかけた。


「隊長さん……レイナがあんたを初めてここへ連れてきたとき、私たちは猛反対した。憎き帝国の軍人をこの街へ入れるのかと」


「……」


「でも、あんたは監視ビルが爆破されたとき、身を挺してミィを助けようとしてくれた。それに、獣王国と同盟を締結するために奔走もして……」


俯き加減で絞り出すように言葉を紡ぐケントを、リザはじっと見やった。


「帝国は嫌いだ。が、隊長さん。あんたのことは、私も街の連中もみんな信じてるよ。今回のことも含め、いろいろ協力してくれて感謝する」


「……私は、それが私のやるべきことだと思ったからやっただけ。だから、感謝する必要はない」


それだけ言い残し踵を返したリザの後ろ姿を、ケントは苦笑いしながら見送った。



──街の北側にある広場に、アイリーンの「ぎゃっ」と短い悲鳴が響きわたる。


「ちょっとアイリーン。あなた本当に軍人なの? いくらなんでも弱すぎない?」


地面へ仰向けに倒れたままのアイリーンを見下ろしながらレイナが言う。リンナ以外の鮮血隊員も誘って北側の広場で近接格闘の訓練を始めた一行だったが、アイリーンを含め全員がレイナ一人にやられていた。


「はぁ、はぁ……ち、違いますよ……レイナさんが強すぎるんですよ……」


半身を起こしたアイリーンの肩は激しく上下している。少し離れた場所では、マリーやハイネたちも息を切らしながら訓練を見学していた。


「世界最強の戦闘種族……というのは知っていたけど、まさかこれほど強いなんて……!」


「運動能力が明らかに違いすぎますね……カスミでさえ子ども扱いですし……」


唸るマリーにハイネが言う。近接格闘の天才と言われるカスミも、ついさっきレイナにあっさりと背後をとられ地面に投げ倒されていた。


「ちょっとレイナ、私たちも体動かしたいんだけどー」


「うんうん。楽しそう」


少し離れたところからレイナに声をかけたのは、アルミラージュのカヨとマリサ。二人ともレイナに負けず劣らずスタイル抜群の美女だ。


「そだね、じゃあ交代しよっか」


パンっとハイタッチを交わしたカヨが前に出る。


「よ、よし……レイナさんじゃないなら、勝てるかも……!」


鮮血唯一の男性隊員、キーマが意気込んでカヨと向き合った。ちなみに、先ほどレイナから腹へ刺すような膝蹴りを食らったあと投げ倒されている。


と、そのとき。キーマの視界に紅い髪の少女が広場へ入ってくる様子が目に入った。鮮血の隊長、リザ・ルミナスだ。キーマの全身に緊張が走る。


リ、リザ隊長……! マズい、これは絶対に無様なところは見せられない……! 俺だって鮮血の一員なんだ。リザ隊長、俺の勇姿をそこで見ていてください!!


と、意気込んで挑んだものの、結果は先ほどと変わらなかった。というより、さっきよりボコボコにされてしまい、しょんぼりとしながら引き下がる羽目になった。


「アルミラージュって凄いですね、隊長」


「うん。近接格闘じゃ私でも勝てないかも」


感嘆するマリーの隣でリザが言う。幼いころから魔法と格闘の英才教育を受けてきたとはいえ、アルミラージュと人間とでは持って生まれた能力が違いすぎるのだ。


「リ、リザ隊長でも、ですか?」


「……魔法を組みあわせながら戦えば勝てると思う。でも、純粋な徒手格闘なら……ちょっとわからないかな」


リザの強さを理解しているからこそ、マリーは驚愕せざるをえなかった。


「そもそも、アルミラージュは身体能力が──」


「やっほ、リザ」


突然背後から声をかけられ、リザとマリーが弾けるように振り返る。マリーは腰から銃を抜いていた。


「あなた……!」


マリーに銃口を向けられたままニコニコと笑みを浮かべる青年。それは、獣王のもとへ向かうリザへ謎のコインを手渡したリュートであった。

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