第25話 同盟の締結
人生のなかで、このような辛酸をなめたのは何度めだろうか。特殊魔導戦団シャーレ・閃光部隊の隊長であるガルマは、これまでの人生を振り返りながら静かな怒りの炎を燃やしていた。
もちろん、怒りの対象は鮮血の副長マリーや隊長のリザである。このままで終わるつもりはない。絶対にこの状況から脱し、あの生意気なマリーやリザに目にものを見せてやるのだ。
いっさいの身動きがとれないよう、縄で厳重に全身を縛られたガルマが唇を噛みながら地面を転がる。すでに日が落ち、軟禁されている場所も暗かったが、幸い月の灯りが窓から差し込んでいた。
縄で全身をきつく縛られてはいるものの、かろうじて移動はできる。と言っても地面を転がる程度のことではあるが。
もともと何かの工場だったのか、軟禁場所には赤く錆びた大型の工作機械がいくつも放置されていた。おそらく、どれも正常に作動はしないのだろう。
ガルマは地面に寝そべったまま身をよじって方向転換すると、もっとも近くにあった工作機械の足元へとゴロゴロ転がった。工作機械は足元までびっしりと錆びついている。
何とか半身を起こしたガルマは、背中を工作機械にあずけた。そして、後ろ手に縛られている縄を工作機械の角へ力いっぱい擦りつけた。力を入れづらいが、繰り返していればいずれ縄がちぎれるはずだ。
縄さえ解ければあとはこっちのものだ。鮮血が裏切ったことを本国へ報告し、俺の立場は保証される。生意気な鮮血の面々へ報復する機会もいずれ訪れるだろう。
そんな日を夢見ながら、ガルマは一心不乱に後ろ手に縛られた手を上下させ続けた。早く切れろ、切れろ、切れろ。強く念じ続けていたそのとき。
「いやあ、頑張ってるね~」
何とも呑気な声が静かな空間に響いた。ガルマだけでなく、同じ場所に軟禁されていた閃光の隊員やグルド兵の面々が声の主に視線を送る。
物音を立てず入り口の扉から入ってきた男が、ガルマの前まで歩みを寄せる。月明かりでかろうじて見えた知的な顔と金色の髪。
「だ、誰だ……貴様は……?」
「僕の名前はリュート。それ以外は秘密」
クスクスと、馬鹿にするように小さく笑みを漏らすリュート。
「ふ、ふざけるな! いや、貴様が誰だろうが関係ない。早く俺の縄を解くんだ。礼が欲しいならあとからいくらでもくれてやる!」
憤怒の表情を浮かべたガルマが早口でまくし立てる。リュートはというと、顔色ひとつ変えずにガルマを静かに見下ろしていた。
「……残念だけど、それはできないな。君たちにはここで死んでもらうんだから」
ニコリと微笑みながら、とんでもなく残酷なことを口にされ、ガルマはぽかんと口を開いた。
「な、なな……それはいったい――」
「……リザにはやるべきことがあるんだ。それを邪魔しようとする君たちは邪魔なんだよ。『
リュートがぼそりと呟いた瞬間、工場跡に軟禁されていた兵士たち全員の足元に魔法陣が展開された。
「バ、バカな……! 魔法だと……!? しかも、この魔法陣の数は……!?」
この世界において、魔法の使い手は希少である。しかも、展開できる魔法陣の数は使い手の魔力量に比例する。
認めざるを得なかった。今、自分を見下ろしている青年が、人ならざる者であると。
「それじゃあね。『
地面に展開された個々の魔法陣から、どす黒い爆炎が舞いあがる。ガルマたちは、断末魔の叫びすら発することを許されず、ことごとく消し炭になった。
「……すまないね。君たちには何の恨みもないんだけど」
ほんのわずか、哀しげな表情を浮かべたリュートは、高い位置に設けられた窓に目を向ける。窓越しに見える月を少しのあいだ見つめたのち、彼は静かにその場を立ち去った。
――リザたち一行が王都に到着したとき、すっかり闇が濃くなっていた。本来なら、このような時間に獣王へ謁見するなどとんでもないことである。
が、のんびりしている暇はない。時間をムダにした分だけ、ネルドラ帝国は覇道への歩みを進める。
「では、ワシは獣王様へお主たちのことを伝えてくる。先ほども言ったように、謁見が叶うかどうかは分からぬぞ?」
リザとレイナをじろりと見やったオルバ将軍が踵を返す。
「あ。オルバ将軍。これを獣王陛下へ渡してくれない?」
リザはスキニーパンツのポケットから一枚のコインを取りだすと、オルバ将軍へと差し出した。
「……? 何だ、これは?」
「多分だけど、獣王陛下ならそのコインの意味が分かるはず」
怪訝な表情を浮かべたオルバだったが、とりあえず受け取り獣王のもとへと向かった。そして、何と十分もしないうちに獣王への謁見が認められたのであった。
オルバ将軍に案内され、謁見の間へと通されたレイナとリザ。夜だというのに壁際には多くの獣人が護衛として立っている。そして、リザが視線を向けた先。
立派な玉座に巨体を埋めているのは、獣王国ティタニアの絶対的支配者である獣王デュオである。
「……楽にしてよい」
謁見の間に、獣王デュオの威厳ある声が響いた。絨毯に片膝をつくリザとレイナが静かに顔をあげる。
「ふむ……
「え!? おじい様をご存じなんですか?」
「ああ。兎獣人もこの国で暮らさぬかと、直接話を持ち掛けた相手がラムダであった。あれは良き指導者であった。惜しい男をなくしたものだ……」
小さく息を吐いた獣王が、次いでリザに視線を向ける。
「お主が、元帝国兵であり特殊魔導戦団シャーレ・鮮血部隊の隊長リザ・ルミナスか」
「はい」
「我々を滅ぼそうとしているネルドラ帝国の牙。本来であれば八つ裂きにしても物足りぬ。が――」
獣王がそっと手元に視線を落とした。上向きに開いた手のひらには、リザがオルバに託したコインがのっていた。
「シャーレの精鋭、リザ・ルミナスよ。率直に聞こう。そなた、このコインをどこで手に入れた?」
「……それは、ここへ来る道中で知り合った男性からもらったものよ」
「もらった……? コインをそなたに譲渡した際、その男は何か言っておったか?」
「あなたたちと話がこじれそうになったら、このコインを渡せばいいと。それですべてうまくいく、と」
大きく目を見開いた獣王が、玉座の背もたれへ体をあずけ天井を仰ぐ。普段目にしない獣王の様子に、護衛の獣人たちがオロオロとし始めた。
「ちなみに……その男は名乗ったか?」
「ええ」
「……何と?」
「リュート、と」
目を閉じる獣王。じっと何かを考えこんでいるように見えた。
「……望みは、同盟の締結であったな?」
静かに目を開いたあと、口にした言葉に今度はリザとレイナが驚いた。まさか、こうもとんとん拍子に話が進むとは思ってもいなかったのである。
「え、ええ」
「分かった。世界一の戦上手と言われる兎獣人との同盟は我らにとっても利があること。その同盟案、飲もうぞ」
「ほ、本当ですか!?」
思わず腰を浮かしそうになるレイナ。と、そこへ――
「お、お待ちください陛下! 兎獣人との同盟はまだしも、そこなリザ・ルミナスはいったい何を企んでおるか分かりません! もしかすると、我らを騙すための演技という可能性も――」
「黙れ。リザ・ルミナスがこのコインを手にしていた以上、余は彼女を信じる」
噛み殺されそうな視線を向けられた側近が渋々と下がる。一方、リザもリュートから渡されたコインがそこまで威力を発揮するとは思っておらず、ただただ驚くばかりであった。
「正式な発表は後日になるが、我らが獣王国ティタニアは、兎獣人たちと強固な同盟を結ぶ。重臣たちには今すぐ知らせを出せ」
獣王の力強い宣告を耳にし、そばに控えていた複数名の側近が慌ただしく謁見の間をあとにした。
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