第23話 獣王

マリーたち鮮血を奇襲し、亡き者にせんとした閃光とグルド兵部隊はリザの臨場により殲滅され、生き残った兵たちもことごとく捕虜とされた。



「みんな。私の勝手な行動で迷惑をかけて本当にごめんなさい」


ひと段落ついたタイミングで隊員たちを集めたリザは、全員の前で頭を下げた。その行動に慌てふためく鮮血の隊員たち。


「た、隊長! 何やってるんですか! 私たちに頭なんて下げちゃダメですよ!」


分かりやすくオロオロとするマリーが「頭を上げてください!」と連呼する。ほかの隊員たちも、誰もが顔を見合わせたり戸惑いの表情を浮かべたりしていた。


やや強引に促され、ゆっくりと顔を上げるリザ。その顔に沈痛な表情が浮かんでいるのを目の当たりにした隊員たちは、一様に偉大なる隊長である彼女の心中を慮った。


「私は……」


伏し目がちなリザが言葉を絞りだす。一瞬訪れた沈黙のなか、隊員たちが次に発せられる言葉を待つ。


「私は……今までずっと、命令されるがままに人を殺してきた。それが、私に唯一できることであり、それこそ私の価値だと思ってた」


全隊員が真剣な眼差しを向けるなか、リザが淡々と言葉を紡いだ。


「でも……王国との戦いで古代魔導兵器・骸レクイエムまで使って大勢の兵士を手にかけ、私のなかで何かが弾けた。私は何をしているんだろうって。どうしてこんなにもたくさんの人を殺さなきゃいけないんだろうって」


今思えば、あの頃の私は相当追い詰められていた気がする。日々の暗殺に作戦行動、戦場での戦闘行為。命じられるままに人を殺し続ける日々のなかで、たしかに私の魂は削られていった。


「気がついたら……私は戦場から逃げ出していた。そう、逃げたのよ……鮮血の隊長である私が、部下であるあなたたちを放置したまま……!」


リザの全身がワナワナと震える。感情の昂りからか、最後のほうは少し声も大きくなっていた。


「リザ隊長……」


マリーをはじめ、隊員たちがリザへ心配そうな目を向ける。こんなに弱々しく、情緒不安定な隊長をこれまで見たことがなかった。きっと、隊員たちの前では強い隊長でなければいけないと、常に気を張っていたのだろう。


考えてもみれば、まだ齢十五の少女だ。希少な魔法の使い手であり、どれほど強い兵士と言っても十五歳の女の子なのだ。人を殺す日々に精神が疲弊し、逃げ出したくなっても何ら不思議はない。


それから、リザは戦場を逃げ出したあとのことを話し始めた。行くあてもなく飛び続け、やがて力尽きて死ぬつもりだったこと。偶然、兎獣人アルミラージュのレイナに助けられ、彼女たちの街で暮らしていたこと。


人間以外のあらゆる種族を根絶やしにしようとしている覇権国家、ネルドラ帝国の尖兵であるグルド兵によるテロで何の罪もない兎獣人の少女が死んだこと。


ひとしきり話し終えたリザは、大きく深呼吸をした。


「私は……もうあんな風に、何の罪もない女の子が目の前で死ぬのを見たくない。でも、ネルドラが覇権主義を唱える限り、世界中で同じような悲劇は繰り返される」


そう、今こうしているあいだにも。リザは強い意思を宿した瞳を全隊員へと巡らせた。


「私は、すべての元凶であるネルドラ帝国を倒す。だから、ごめん。みんな。私は鮮血には……戻れない」


リザははっきりと断言した。これだけは、鮮血の隊員に言っておかねばならなかった。


「隊長……」


「本当にごめんなさい」


責められて当然だ、こんな隊長。部下をほったらかして勝手に逃亡し、現れたと思ったらもう戻るつもりはない。責められるどころか、本来なら殺されても不思議ではないのだ。リザはそう思っていたのだが――


「隊長、何も謝る必要はありませんし、何も心配はありませんよ」


「……え?」


マリーの口から飛び出した思いがけぬ言葉に、リザは思わずきょとんとしてしまった。


「隊長が帝国を倒すというのなら、私たちもそれに従うのみです。なあ、みんな?」


驚きのあまりその場で跳びあがりそうになるリザ。あまりにもあり得ないことをマリーが口にしたため、一瞬理解が追いつかなかった。


「な、何を言っているの? そんなこと、できるわけ――」


「隊長こそ、何を言っているんですか? 私たちにとって、リザ隊長がいるところこそ帰る場所なんです。隊長の帰るところも、私たちがいるところじゃないんですか?」


リザはハッとした。私の帰る場所……。


「もう、二度と隊長に置いていかれるのは御免です。隊長が帝国を倒すというのなら、我々鮮血の隊員もそれに従いどこまでもお供します」


マリーの言葉に、アイリーンやハイネたちが力強く頷く。「当然だよねー」と軽く話しているのはアルシェとマルシェ。


「それに、もともと孤児だった私たちには帝国に家族もいません。裏切ったところで何の心配もありませんよ」


「マリー……」


ネルドラ帝国は、将来有望であれば孤児からでも積極的に登用をしていた。特殊魔導戦団シャーレに所属する隊員の多くは孤児である。


「で、でも、あなたたちまで裏切り者として帝国から狙われるのよ? そんなの──」


「リザ」


リザの言葉を遮ったのは、隊員たちの背後で壁にもたれかかって話を聞いていたレイナ。


「リザ。あなたが部下を危険に晒したくない気持ちはよく分かるわ。でも、部下たちもまったく同じ気持ちなんじゃないかしら」


「そ、それは……」


「もっと素直になりなさいな、リザ。あなたにももう、分かっているはずよ? 自分にとって一番大切な存在が何なのか」


「……うん」


「なら、何て言うの?」


リザはもう一度、隊員一人一人の顔へ視線を巡らせた。そして──


「……みんな。私はダメな隊長かもしれない。でも、本気で帝国を倒したい。だから…………」


鮮血の隊員も、真剣な表情でリザを見つめる。


「……お願い。私に力を貸して?」


軽くぺこりと頭を下げたリザを見て、ワッと声をあげる隊員たち。マリーやアイリーン、ハイネは地面に両膝をついてリザの小さな体を涙ながらに抱きしめた。


一瞬戸惑ったリザだが、嗚咽を漏らしながら抱きしめられ、自身の涙腺も崩壊しそうになった。何とか我慢し、レイナをチラリと見やる。


彼女は、ウインクしながら右手の親指をビシッと上げこちらへ突き出した。まるで『ほら、大丈夫だったでしょ?』と言われているような気がして、リザは恥ずかしくなった。


「さて、と。話がまとまったところで……そろそろ行動しないとね」


レイナの言葉に、リザが静かに頷く。隊員たちも涙を拭いつつ、慌てて立ち上がった。


「リザたちがこっちで暴れているうちに、獣王国の兵団には私が話をつけておいたよ」


何でもないことのように言い放つレイナに、鮮血の全隊員が目を剥いた。全員の顔に「兎獣人アルミラージュぱねぇ」と書かれている。


「……ん? リザ隊長。獣王国に何か用事が?」


首を傾げるマリーに、リザが頷くことで肯定する。


「帝国を倒すため、兎獣人と獣王国のあいだで同盟を結ぶことを考えたの」


「……なるほど。獣王国ティタニアと」


納得した様子のマリーとは対照的に、腕組みしたまま何やら難しい顔をしているリンナを視界の端に捉える。


「リンナ、何か懸念点が?」


「……はい。獣王国を治める狼獣人の獣王、デュオは勇猛果敢なだけでなく非常に警戒心が強い王と聞いています。兎獣人の戦闘能力はたしかに魅力的だと思いますが、それだけで同盟を締結できるかどうか……」


「そう、ね。それはたしかに私も考えた。でも、やるしかないの。強力な軍事力を擁する帝国を倒すには獣王との同盟は必須だわ」


「分かりました、隊長。では、私のほうでも交渉の材料になりそうなものをいくつか考えてみます」


指でメガネを押し上げながら、いとも簡単なことであるかのように言い放つリンナ。何とも頼もしい参謀である。


「うん、ありがとうリンナ」


できることならスムーズに同盟を締結したい。でも、もし拒否されたら? そもそも、話し合いの席にすら着いてくれなかったら?


決してあり得なくはない未来を想像してしまい、リザは首を大きく左右に振った。大丈夫だ。兎獣人との同盟は獣王国にとってもメリットが大きい。


それに──


リザは、スキニーパンツのポケットから一枚のコインを取り出した。リュートから貰ったものだ。何やら木のようなデザインが施された金のコイン。


彼は、獣王に会って話がこじれそうになったらこれを見せろと言った。そうすれば何とかなると。レイナは彼のことを胡散臭い奴と思っているみたいだが、何故かリザはリュートのことを信じていた。


理由は分からないが、何故か彼は絶対に嘘を言っていないという確信があった。リザは、金のコインをぎゅっと握りしめると、獣王へ会うため一段と気を引き締めた。

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