第22話 舞い降りたカリスマ

彼女が現れただけで戦場の空気がピンと張り詰めた感じがした。ネルドラ帝国、特殊魔導戦団シャーレのなかでも精鋭中の精鋭と呼ばれる鮮血部隊。


問題児ばかりが集まる部隊を、圧倒的な強さとカリスマで従えてきた、儚げで美しい少女。


「ほ、本当に……リザ……隊長……?」


見間違えるはずはない。燃えるような赤い髪、華奢な体、美しい顔立ち。それに、圧倒的な力で敵を殲滅した古代魔導兵器・骸レクイエム『雷獣』。これを扱えるのはリザ・ルミナスのみ。


「た……た……たいちょ――」


「リザ隊長おおおおおおおお!!」


喉から飛び出す寸前だった言葉をかき消し、背後から聞こえてきた絶叫にも似た声。ぎょっとして振り返ったマリーの瞳に映ったのは、鮮血の隊員であるアイリーンやハイネ、リンナたち。誰もがその瞳に涙を浮かべている。


「ち、ちょっとあなたたち! どうしてここにいるのよ! 逃げろって言ったでしょうが!!」


「うるせー! 逃げろって言われて、はいそうですかなんて言えると思ってんのかよ!」


ぎゃいぎゃいとケンカを始めたマリーとアイリーン。止めようとしたアルシェやマルシェ、リンナたちだったが、瞬時に顔を引き締めたかと思うと、一斉に背筋を伸ばし一点へ視線を向ける。


音もなく地上へ降り立ったリザ・ルミナス。サッと視線を巡らせ、誰も欠けていないことを確認し密かに胸をなでおろした。


実のところ、当初リザは状況がよく飲み込めていなかった。獣王国の兵団は動いておらず、鮮血が何と戦っているのか分からなかったのだ。


戦場の上空までやってきたとき、マリーの姿が目に入った。そこで、咄嗟に雷獣を展開して敵と思わしき連中へ攻撃を仕掛けたのである。


「……マリー。状況は?」


「は……はい!」


マリーはこれまでのことをすべてリザに説明した。司令部からの命令や閃光部隊の隊長、ガルマとの諍い、この機会に鮮血を殲滅せんと閃光が企みグルド兵と一緒になって攻め込んできたこと。


「あ、あの……隊長。今までいったい……」


「その話はあとよ。状況は分かったわ。まず、アルシェとマルシェ。あなたたちは右翼に展開し敵陣へ斬り込みなさい。アイリーンは彼女たちのバックアップを」


「は、はい!」


「はい!」


「了解!」


直立不動で返事をする三人。


「ハイネとリンナ、スミレ、キーマは左翼に展開。リンナ、あなたならもう戦場の盤面がある程度見えているはず。もっとも穴のある場所を見つけなさい。その後、ハイネとキーマで集中的に銃撃。敵陣が乱れたらスミレを中心に突撃し近接戦闘に持ち込むのよ」


大声で返事をした四人の瞳からはとめどなく涙が溢れていたが、その表情は喜んでいるように見えた。


「私は中央から攻めるわ」


必要なことのみを述べたリザは、踵を返し敵のいる方向へ目を向ける。が――


「ちょ、ちょっと待ってください、リザ隊長! わ、私は!?」


声の主は副長のマリー。何故か彼女だけ命令が下されていない。


「……マリー、あなた魔眼を全開放したわね?」


「……! そ、それは……」


「責めているのではないわ。あなたはもう体力が限界のはず。そこでゆっくりしていなさい」


「い、イヤです!」


部下からここまではっきりと命令を拒否されたことがなく、思わずきょとんとしてしまったリザ。振り返った彼女の目に映ったのは、俯いて歯を食いしばり、両拳をこれでもかと強く握りしめているマリーの姿だった。


「マリー……」


「絶対に……イヤです。もう、リザ隊長に置いていかれるのは、絶対にイヤなんですっ!!」


顔をあげたマリーの頬を伝う雫。まさか、マリーからそのようなことを言われるとは思いもよらず、リザは思わず戸惑ってしまった。


そっとほかの隊員にも視線を巡らせる。誰もが、マリーに同意しているかのように小さく頷いた。


自分は、ずっとマリーをはじめ隊員から嫌われていると、怖がられていると思っていた。だから、鮮血からいなくなっても何も問題ないと。隊員たちは自分がいなくてもうまくやっていけるはずだと、そう思っていた。


自分はバカだ。部下にこのようなことを言わせてしまうなんて。自分は大バカだ。部下の気持ちをまったく理解できていなかったなんて。


リザはマリーのそばへ静かに歩み寄ると、その手を優しく握った。そして――


「『治癒ヒール』」


マリーの体が光に包まれる。戦闘で負った傷がまたたく間に癒されていった。


「た、隊長……」


「……マリー副長。あなたには私の背中を預けるわ。中央から攻め込むから、援護をお願い」


「は……はいっ!!」


パッと顔をあげたマリーが喜びに打ち震える。この世でもっとも敬愛する隊長の背中を任せてもらえる。これほど名誉なことはない。


「通信機のチャンネルを合わせるわ……それでは、総員。作戦行動オペレーション開始」


小さく返事をした全隊員が一斉に行動を開始する。先ほどまでとはまるで違う、一糸乱れぬ動き。リザ・ルミナスという絶対的な隊長の復帰によって、鮮血部隊は本来の姿を取り戻した。



そこから先は、まさにイージーゲームであった。雷獣による広範にわたる雷撃に加え、リザの魔法攻撃。圧倒的優位に立っていた閃光とグルド兵部隊は、今まで経験したことがない攻撃に晒され次々と骸を晒すことになる。


リザの的確な指示によって隊員たちは最高のパフォーマンスを発揮し、誰一人欠けることなく敵の殲滅に成功するのであった。そして――


「『リザ隊長! 閃光の隊長ガルマと副長のハーマンを捕えました!』」


通信機から聞こえてきたのはアイリーンの声。騒動の大元であろう首魁を捕えられたからか、声が弾んでいるように感じる。


「『了解。縛ってこちらへ連れてきてちょうだい』」


「『了解!』」



それからわずか五分後。リザの前には二名の男性が転がされていた。一人は、特殊魔導戦団シャーレの閃光部隊を率いる隊長ガルマ、もう一人は副長のハーマンである。


戦闘で負ったのか、捕縛されるとき乱暴に扱われたのか、二人の顔には何度も殴られたようなアザができている。


「く……リザ・ルミナス……! なぜ貴様が……!」


縄で自由を奪われたまま地面に転がされていたガルマが、リザへ憎しみのこもった目を向ける。


「……久しぶりね。閃光のガルマ隊長」


「……帝国やシャーレを裏切った奴が今さら出てきやがって……いったいどういうつもりだ!」


芋虫のような状態でありながらも強気なガルマ。その態度にイラっとしたアルシェとマルシェ、アイリーンが即座に銃口を向けたが、リザは片手を少しあげてそれを制止した。


「……あなたには関係がないことよ、ガルマ隊長。私のほうこそあなたに聞きたい。作戦行動中に兵団を私物化し、鮮血部隊を殲滅しようとした理由を」


「ぐ……!」


「まあ、あなたの口から聞かずとも、マリーから事情は聞いている」


「……」


「私の部下を殺そうとしたことは許せない。が、私にあなたを裁く権限がないのも事実」


わずか十五歳の娘に見下ろされ、本来なら屈辱で頭がおかしくなりそうな場面であるが、ガルマとハーマンにそんな気概はない。先ほどより、リザの小さく華奢な体から立ち昇る魔力。明確な殺意まじりの魔力が体から漏れているのを間近で感じたとき、ガルマとハーマンの心は恐怖に支配された。


「とりあえず、あなたたちは私の用事が終わるまでおとなしくしていてもらうわ。リンナ」


「はい」


素早くそばへやってきたリンナに、生き残りの兵士を捕縛したうえでガルマたちと一緒にどこかへ監禁するよう命じる。


「分かりました。では、生き残っている兵士のなかから何名か見繕って、そいつらにも手伝わせますね」


「うん。そうして。それから――」


ほかの隊員へ別の指示を出そうとしたそのとき――


「ああ、いたいたー! リザ、大丈夫ー!?」


戦闘の痕跡が生々しく残る廃墟の街に響く底抜けに明るい声。視線を向けた先には、手を振りながらこちらへ駆けてくるレイナの姿があった。


「レイナ」


「えいっ……と。大丈夫だった!?」


兎獣人アルミラージュであるレイナの身体能力は尋常ではない。三十メートルくらいは離れていたはずだが、あっという間に距離を詰めたかと思うと、勢いよくリザの華奢な体を抱きしめた。


「ちょ……ちょっと、レイナ。苦しいよ」


「あ、ごめん」


突然やってきたレイナに、戸惑いを隠せない鮮血の面々。いつも冷静沈着なリンナでさえ、ぽかーんとした表情を浮かべている。


「ア、アルミラージュだ……」


「うそー……私、初めて見た……」


「めちゃくちゃ足速い……」


顔を見合わせ、小声で驚きを共有する隊員たち。リザはというと、部下たちの前でいきなり抱きしめられ、恥ずかしさのあまり思わず赤面してしまった。


「あ、あの……リザ隊長。そ、その方は……?」


恐る恐るリザへ尋ねるマリー。いきなり兎獣人アルミラージュが現れたかと思えば、敬愛する隊長を抱きしめたのだ。混乱するには十分な出来事である。


「ええと。彼女は兎獣人アルミラージュのレイナ。私の……恩人のような女性よ。私がこうして生きているのも、また戦えるようになったのも、全部彼女のおかげなの」


鮮血の全隊員が、一斉にレイナへ視線を向ける。


「とりあえず、まずは生き残っている兵士の捕縛と監禁を。そのあとで、私が姿を消した理由や今まで何をしていたのかも、全部みんなに話すわ」

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