第21話 帰るべきところ
おそらく、獣王国の軍もあっけにとられたに違いない。廃墟の町で怪しい行動をしていた敵の特殊部隊に、味方であるはずの後詰め部隊が襲いかかったのだから。
「いったいどうなってやがる!!」
建物の陰に隠れつつ、襲撃者たちへ銃弾を見舞うアイリーン。
歴戦の猛者である鮮血の面々も、突然の襲撃に戸惑いを隠せない。しかも、襲撃が敵ではなく味方によるものなのだからなおさらだ。
「『副長! 敵の兵装はグルドの模様! それに、黒字に黄色ラインの戦闘服を着用した兵士も確認!』」
スミレから全隊員へ通信が入るが、すでに敵と交戦中の隊員からすればそんなことはもう分かっている。
問題は、なぜ味方であるはずのグルド兵と閃光部隊が襲撃してきたかということだ。
「くっ……! リンナ、これも想定内!?」
建物の陰から敵の銃弾をやりすごしていたマリーが、背後に控えるリンナへ問いかける。
「いえ、まったく。正直、なぜ彼らがこのような行動に出たのかまったく理解できません」
指でメガネを押し上げながら、いたって冷静に答えるリンナ。
「『いや、これって絶対この前の仕返しだろ! ほら、食堂の一件!』」
通信機から聞こえるアルシェの言葉に、リンナは眉を
「『どういうこと? アルシェ』」
「『だーかーらー! あのときアホのガルマに恥かかせたじゃん? その報復だよきっと! 今がチャンスと見て襲撃してきたんだよ!』」
リンナはますます理解できなかった。そんなこと、どう考えたって合理的じゃない。
「……きわめて非合理的だわ。ばかばかしい。たかがそんなことで」
「まあ、人間には感情があるからね。あなただって、隊長を貶されたら怒りの感情が湧きあがるでしょ?」
「……それは分かりますが、今回の彼らの行動はどう考えても非合理的です。後先を考えていないにもほどがある」
「感情的になるというのはそういうことなんでしょうよ。『スミレ、聞こえる?』」
「『こちらスミレ! 何ですか副長!?』」
「『ベースに運び込んだ拠点用通信機で本国の司令部へ連絡! 状況を説明しといて! 位置的にあなたがベースに近いでしょ!』」
「『了解!』」
はっきり言って状況は最悪だ。閃光がこのような行動に出た以上、確実に我々をここで始末する気なのだろう。
死んだ者は口がきけない。鮮血を皆殺しにし、獣王国に寝返ろうとした、など適当に理由をつけて自分たちの行動を正当化しようとするに違いない。
建物の陰から少し顔を出し、敵を銃撃するマリー。が、いかんせん数が違いすぎる。こちらが十発撃てば向こうからは百発くらい返ってくる。と、そこへ──
「『マリー副長! スミレですどうぞ!』」
「『マリーよ。司令部とは連絡ついた!?』」
「『無理です! ジャミングされています!』」
電波妨害。やってくれる。ガルマもあれで特殊魔導戦団シャーレの一隊を率いる隊長だ。バカではない。
苛立ちを隠さないマリーが舌打ちする。いくら鮮血が精鋭揃いとはいえ、多勢に無勢がすぎる。このままではジリ貧だ。
奥歯を強く噛み締めたマリーは、怒りを込めた銃弾を敵のいる方向へぶっ放した。
──何だろう。誰かが酷く怒っているような声が聞こえる。
「だから、何度も言わせるんじゃねぇ! リザ隊長は今それどころじゃねぇって何回言わせやがるんだこのヤロー!」
あの声は……アイリーン? なぜそんなに怒っているの?
「ふっざけんな! 隊長は高熱を出して寝込んでるって言ってんだろうが! そんな状態で作戦行動なんて参加できねぇよ! だからあたいらだけで行くっつってんだろーが!」
私? 私のことで怒っているの? リザはベッドから半身を起こそうとするが、体に力が入らない。
そうか、私体調を崩して……。頭にズキンとした痛みも走った。
「ちょっとアイリーン! もう少し静かに通信しなよ! 隊長が起きたらどうすんのさ!」
てゆーかアルシェ、あなたの声も同じくらい大きいけど?
「もういいわ、アイリーン。代わって」
マリーもいるのか。いったい誰と通信してるんだろう。司令部? それともシャーレの他部隊?
「鮮血部隊の副長マリーです。先ほどからうちの隊員が何度も言っているように、隊長は体の調子が優れません。したがって作戦行動への参加は不可能です。それ以上しつこいことを仰るのなら、隊長はおろか我々隊員も誰一人作戦への参加を見送りますが、いかがいたしますか?」
おお、マリーがなかなかめちゃくちゃなこと言ってる。でも、相手が誰だか分からないけど、そんなこと言ったら鮮血の評価が下がってしまう。
隊長である私の評価が下がるだけならまだいい。でも隊員たちの評価が下がるのは嫌だ。
リザは気合いを入れて半身を起こした。全身の節々が酷く痛む。頭もズキズキとしていたが、リザは何とかベッドから降りると、よろよろと医務室を出た。
地下拠点の医務室は、広々とした多目的室に隣接している。通信機の周りに集まっていた隊員たちは、リザが医務室から出てきたのを見て跳び上がった。
「リ、リザ隊長! 何してるんですか!」
「そうですよ! 寝てなきゃダメじゃないですか!」
「てゆーか、絶対アイリーンの声が大きいから起きちゃったんだよー!」
やいのやいの言い始める隊員たち。リザは心配をかけさせまいと元気なように振る舞おうとするのだが。
「わ、私はもう大丈夫だか──」
「ダメです。ぜんっぜん大丈夫じゃないです」
素早くリザのそばに立ったマリーが、その額に手のひらをのせる。
「まだ全然熱下がってないじゃないですか。無理しないでください」
「いや、でも……」
「ダメです。隊長に何かあったら、私たちはどうすればいいんですか」
……? いったいどういう意味なんだろう。身の振り方の話?
「それに、もっと私たちを信用してください。今回の作戦なら私たちだけで十分遂行できます」
「……」
「さっさと終わらせて帰ってきますよ。我々にとって、隊長のいるところが居場所であり帰るべきところなんですから」
「居場所……帰るべきところ……」
「はい。そして、いつか隊長が私たちのことをそういうふうに思ってくれたらとても嬉しいですね」
少し照れたように言葉を紡いだマリーは、リザを抱きかかえて医務室のベッドへと戻した。
無理に動いたからか、呼吸が少し激しい。喉の奥と目頭が熱くなり、瞳から涙がこぼれ落ちた。私が帰るところ。それは──
──廃墟の町、ティファナでの戦闘はより一層激しさを増していた。
数で圧倒的に勝るガルマたちは、少しずつマリーたちとの距離を詰めてゆく。
「あがっ!!」
ガンを片手に応戦していたキーマの肩口を銃弾が抉る。
「キーマ! 大丈夫!?」
片膝をついたキーマのもとへハイネが駆けつける。常に携帯している止血用の薬をポケットから取り出すと、傷口を確認してから塗布し始めた。
「大丈夫よ、弾は貫通してるから」
「ああ……助かる」
弾は貫通しているが痛みは強い。キーマの額に油汗が滲む。
当初、鮮血の面々は広範に展開して戦っていたが、じわじわと圧をかけられ今は一箇所に集まっていた。
「……まずいわね」
状況を確認しマリーが呟く。このままではいずれ包囲され全滅だ。もしそんなことになったら……。
「……総員、今すぐ撤退しなさい」
マリーの言葉に耳を疑う鮮血の面々。とても撤退などできない状況なのは誰もが理解している。
「副長、今ここで応戦をやめるとたちまち敵が雪崩れ込んできて終わりです」
リンナの言葉にマリーが頷く。マリーとてそんなことは百も承知だ。マリーの視界の端に、アルシェとマルシェが敵に向かって手榴弾を投げている様子が映り込んだ。
「いい? よく聞いて。今から敵を少しのあいだ動けなくするわ。その隙にあなたたちは逃げなさい。脱兎の如く、よ」
マリーの言葉に、リンナをはじめハイネやスミレも首を傾げる。
「敵を動けなくするって、いったいどうやって……まさか!?」
マリーがしようとしていることに思い当たり、リンナの顔が驚愕に染まる。
「ええ。魔眼を全開放するわ」
全隊員がハッとした様子でマリーに目を向ける。
「バ、バカやろー! 魔眼の全開放が危険なのは自分が一番よく分かってるだろうが! リザ隊長にもダメって言われてただろ!」
マリーに詰め寄ったアイリーンが大声で怒鳴りつける。そう、魔眼の全開放は体への負担が大きい。だからこそリザも使用を禁止していた。
「仕方ないわ。このままだと全滅のおそれがある。それだけは何としてでも回避しないといけない」
「ふざけんな! そのために自分だけ犠牲になろうってのか!?」
アイリーンがマリーの胸ぐらを掴む。
「そうよ! 私たちが全滅したら、誰が隊長を出迎えるの!? 隊長はどこに帰ればいいのよ!!」
「ぐ……!!」
「あなたたちだけでも無事なら、隊長の居場所を守れる! そのためなら私は死んでも構わない!」
「バカやろー!! 隊長が戻ってきたとき、お前がいなかったら隊長がどんな気持ちになると思ってんだ!!」
今にも殴り合いに発展しそうな勢いで言い合いを続ける二人。誰もがマリーとアイリーン、双方の気持ちをしっかり理解しているからこそ、胸が締めつけられた。
「いいから、もう行きなさい! 全滅の確率を少しでも減らすように、バラバラに逃げること! ハイネ、あなたはリンナと一緒に行動してあげて」
「おい、待てよ! まだ話は──」
「これは副長命令よ」
アイリーンへ銃口を向けるマリー。もう完全に覚悟が決まっているのは誰の目にも明らかだった。
「それじゃあね」
アイリーンが一瞬戸惑ったのを見逃さず、マリーは素早く踵を返し敵がいる方角へ向かった。
たった一人で大勢の兵の前へ現れたマリーを訝しがる敵兵。降伏の意思表示と勘違いし、敵の攻撃が一瞬止んだ。
マリーは大きく深呼吸をすると、両目をしっかりと見開いた。その瞳がみるみる血のように紅く染まってゆく。
「……魔眼、
効果はてきめんだった。マリーの目を一瞬でも見た者は、たちまち全身の穴という穴から血を噴き出し倒れてゆく。
敵陣では阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。
「……く……きついな」
全身がバラバラにされそうな痛み。瞳からは血の涙がこぼれ落ちた。
もう少し……もう少しもってくれ。祈るような気持ちで魔眼の力を行使するマリー。だが──
「あうっ!」
兵士の一人が死の間際にガンのトリガーを引き、弾丸が彼女の肩を貫いた。
弾けるようにその場へ倒れる。く……ここまでか。魔眼の力が止んだことで、生き残った兵士が一斉に銃口を向ける。
ああ、隊長。最後に一目、お会いしたかった。それだけが唯一の心残り。最後までおそばにいられなくて申し訳ありません。
次の瞬間、片膝をつくマリーへ兵士たちが一斉に射撃を開始した。が──
「…………?」
確実な死を覚悟したマリーだが、彼女の体には一発の銃弾も届いていなかった。恐る恐る顔をあげた彼女の目に飛び込んできたのは、虎のように見える巨大な獣。
心臓が激しく波打つ。なぜなら、彼女はその獣を知っていたから。
「リ……リザ隊長の
マリーを銃弾から守るように立ちはだかる獣。次の瞬間、雷獣が遠吠えを発したかと思うと、あたり一帯に雷が降り注いだ。またたく間におびただしい数の骸が転がる。
と、ハッとしたマリーが空に目を向けた。心臓が再びドクンと跳ねる。
「あ……ああ……!!」
マリーの瞳からとめどなく流れ落ちる涙。
見上げた空には、真っ赤な髪を風に靡かせながらふわふわと宙に浮くリザ・ルミナスの姿があった。
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