第20話 不穏な動き
「状況は!?」
ベースにした建物の屋上へと駆けあがったアイリーンが、肩を上下させながらスミレに詰め寄る。
建物に電力が供給されていればエレベーターが使えたのだが、案の定使えなかった。
「うーん……距離は約1キロぐらい……兵数は五百から七百ってとこかな……?」
髪を風に靡かせながら双眼鏡を覗くスミレ。隣に立ったアイリーンが、乱暴に双眼鏡をひったくりレンズを覗き込んだ。
「もう。乱暴なんだから」
やや呆れた様子のスミレが目を細くして遠くを見やる。離れてはいるものの、遮蔽物がほとんどないため兵団の姿は容易に確認できた。
「ちっ……間違いなくティタニアの兵団だな。目的はここか……?」
「多分そうだと思う。私たちがここで何かしているのがバレたのかも。そうじゃなきゃ、わざわざこんなところへ来るはずがないもの」
「……いつの間にか見られてたってわけか。くそったれ」
「それにしても、ここには私たちしかいないのに、あの兵数はマズイね。一気に攻められたらひとたまりもないよ」
「ああ……」
特殊魔導戦団シャーレが誇る精鋭中の精鋭部隊、鮮血。個々の隊員が一騎当千の強さを誇るものの、それも限度がある。衆寡敵せず、というやつだ。
双眼鏡を覗きながら親指の爪を噛むアイリーン。これって、結構ヤバいんじゃね? アイリーンの頬を冷たいものが流れ落ちた。
――建物の一階部分では、マリーとリンナが机の上に広げた地図を凝視していた。
「これって、結構ヤバいんじゃない?」
「いえ、そこまで大きな問題ではありません」
屋上で周辺の監視をしていたスミレからもたらされた情報に、マリーは大いに焦った。のだが――
「でも、兵数五百から七百よ? さすがにうちだけじゃ……!」
「たしかに、いきなり攻め込まれたら万事休すですが、そうはならないと思います」
「どうして?」
「ティタニアの兵団が出張ってきたということは、私たちがここにいるのをティタニア側の者に見られたということ。我々がどういった風体かも報告されているはず」
「うん……?」
「黒地の戦闘服は特殊魔導戦団シャーレの証。しかも、赤のラインと言えば精鋭部隊である鮮血です。つまり、ここに居るのが鮮血であると敵は知っているのです。いくら兵数に差があるとはいえ、世界に名を轟かす我々に対し、いきなり攻めかかろうとはしないでしょう」
「な、なるほど……」
マリーが感心したように頷く。
「それに、理由はもうひとつあります」
「な、何?」
リンナは指でメガネを押しあげながら、もう片方の手で地図の一点を指さした。
「シャラ司令官から聞いた話では、我々が出発したあと間髪入れずに後詰めを出すとのこと。つまり、間もなくこの地点に後詰めの部隊が布陣するはず」
と、そのとき。
『こちらスミレ! 後詰めの兵団が到着しました! 町から約五百メートルほど離れた地点で布陣しています』
通信機を通してスミレの声が響いた。
「凄い……ほんと、リンナの言う通りだったわね」
かつて、帝国軍の上層部さえ危険視したと言われる大天才、リンナの冴えわたる頭脳にマリーはただただ舌を巻いた。
「後詰めは、この町が敵に囲まれないための牽制役です。副長、後詰めの部隊へ連絡し、町のなかへは最小限の人員だけ送ってもらってください。私たちの存在が敵にバレた以上、隠密行動での情報収集はもう無理です。このまま戦闘を想定した拠点づくりへ移行するので、後詰め部隊の残りは外で布陣したまま敵の兵団に睨みをきかせてもらいましょう」
「わ、分かったわ」
──十分後。通信を受けた後詰め部隊の兵士が三名ほど町のなかへやってきた。
「特殊魔導戦団シャーレ、閃光部隊の副長ハーマンだ」
「鮮血の副長マリーよ」
長身痩躯、黒く長い髪を後ろでまとめた目つきの悪い男ハーマンは、マリーのつま先から頭のてっぺんまで舐めるように見やると、大げさに「ふんっ」と鼻を鳴らした。
その態度に思わずイラつくマリー。ここにアルシェやマルシェがいたら一悶着あったに違いない。
「話はうちの隊長からも聞いている。町のなかには閃光の隊員を二人、それとグルド兵を二十名ほど駐留させよう」
「ええ、それで結構よ」
さっきのお返しと言わんばかりに、今度はマリーが尊大な態度をとる。露骨に顔を顰めたハーマンは、踵を返してから思い出したようにマリーへ振り返った。
「ああ、マリー副長。ガルマ隊長から、くれぐれもよろしくとのことだ……」
わずかに口元を吊り上げたハーマンに、再度マリーが不快な気持ちになる。何がよろしくだ。顔をあわせたくない、もしくは先日恥をかかされたから会いたくないのが本音の癖に。
「それはどうも」
そっけないマリーの返事を聞くと、ハーマンはつまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らしその場から立ち去った。
――後詰めとして臨場した閃光部隊とグルド兵の混成部隊は、千にも満たない人員とのこと。とりあえずは十分だろう。敵もこちらへ攻めてこないところを見ると、迂闊に手を出さないよう命令されているのかもしれない。
椅子に腰かけたリンナは、携帯型端末のモニターをじっと見つめる。モニターのなかでは、旧ティファナの町を挟んで総力戦が発生した際、どのようになるかシミュレーションが行われていた。
「兵数……ではこちらが勝っている。それに我々鮮血もいる。だが、ここは獣王国。敵の領域だ。しかも、侵略された側である獣王国の士気は極めて高い……」
メガネを指でスッと押しあげる。薄暗い部屋のなかで、モニターから発せられるブルーライトがメガネに反射していた。
「リンナ、お疲れ様」
背後から声をかけてきたのは、抜群のスタイルが魅力的な美女。鮮血が誇る暗殺姫、ハイネである。
「うん。そっちは終わったの?」
「ええ。一気に人員が増えたしね」
ハイネたちは、後詰めとして閃光とともにやってきた二十名のグルド兵たちに指示し、街中の調査やトラップの設置を行っていた。
「アルシェとマルシェなんか、グルド兵の尻を蹴っ飛ばしながらこき使ってたわ」
「まったく……余計なトラブルの種をまくのはやめてほしいんだけどね。まあ、あの二人らしいけど。で、グルド兵たちは?」
「一度、町の外に布陣している本隊に戻って食事するって」
「そう……」
「ねぇ、リンナ。私思ったんだけど、わざわざ町の外に布陣しなくても、後詰めの部隊全員この町へ入れちゃうのはダメなの?」
リンナが作業していた机に腰かけたハイネが、かわいらしく首を傾げる。
「それは悪手よ。もし敵の数がさらに増えた場合、町そのものを包囲されるおそれがある。戦闘だけでなく逃げるのも難しくなるわ。どうしてもこの町を守る必要があるのならそれもアリだけど、そうではないし」
「ふーん……そっかぁ」
「まぁ、すでに私たちの任務は半分失敗したみたいなものだけどね。もともとは、ここに情報収集の拠点を作って隠密的に敵を探るのが任務だったけど、思いのほか早く敵に見つかってしまったし」
「そ、そうだよね……正直、私もこれからどうするんだろって思ってたよ」
「作戦は常に二段構えにすべきなの。このような事態に陥ったときは、そのままここを戦闘活動の拠点にしようと考えていたわ。もちろん、軍司令にも伝えてある」
「うわ……さっすがリンナ」
「今は双方の戦力が拮抗している。でも、敵が増員すれば攻めてくるかもしれない。その前に、この町を軍事拠点に作り替え、軍を駐留できる状態にする」
「もし……今の段階で攻めてきたら?」
「それはないわ。さっきも言ったように兵力が拮抗しているし、何よりここには私たちがいる。迂闊に手を出すとは考えられない。すでに軍司令には旧ティファナを拠点化することは伝えてある。数日のうちに主力の兵団が送られてくると思う」
感心しきりのハイネと対照的に、リンナはまったく表情を変えずに端末のキーボードを操作している。やがて、マリーやアイリーンなど他の隊員もベースへと戻ってきた。
――太陽は沈みかけ、あたりはすっかり薄暗くなっていた。旧ティファナの町を囲む防壁に視線を向け、忌々しそうな表情を浮かべるガルマ。
「……ハーマン。内部の様子はしっかり目に焼きつけたんだろうな?」
「は。私はもちろん、町へ入ったグルド兵たちも道と鮮血の拠点などを確認しています」
「そうか……」
ニヤリと醜く顔を歪ませる。どこまでもこの俺をバカにしやがって……食堂で散々恥をかかせたうえに、今度はあのクソ女どもの後詰めだ?
だが、おかげさまでこんなチャンスに恵まれた。まさに千載一遇の好機というやつだ。
「では、行くぞ」
ガルマはハーマンを従え歩き始める。いくつもの天幕のあいだを抜け、その場所へ立った。そこには、あらかじめハーマンの指示で集まっていたすべての兵が整列していた。
整列する兵士たちの前に立ったガルマが、静かに口を開く。
「諸君、任務ご苦労。今日はこのままゆっくりと疲れをとって……と言いたいところだが、そうもいかなくなった」
兵たちのあいだにざわめきが広がる。顔を見合わせて首を傾げる者も少なくない。
「実は先ほど、軍司令から由々しき情報がもたらされた」
ひと際大きくなるざわめき。
「軍司令はこう仰られた。『特殊魔導戦団シャーレ・鮮血部隊は獣王国と通じている』と。つまり、奴らは獣王国へ寝返ろうとしている裏切者なのだ!」
兵たちの顔が驚愕に染まる。ここには、グルド兵だけでなくネルドラ兵もいるのだ。帝国の暗部であり、精鋭中の精鋭部隊と評される鮮血の裏切りが、彼らにどれほどのインパクトを与えたかは言うまでもない。
「バカな!」「そんなことあり得ない!」「ふざけている!」「いや、たしか奴らの隊長は……!」
口々に喚く兵士たち。
「諸君。そもそも、鮮血は隊長であるリザ・ルミナスが先の戦闘後に逃亡したとの噂もある。隊長ですらそのようなていたらく。鮮血が帝国を裏切り、獣王に尻尾を振ろうとしていようとも何ら不思議はない!」
もちろん、ガルマが口にしていることはすべてデタラメである。だが、末端の兵士たちにそのようなことわかるはずがない。
「同志諸君。鮮血は我々の敵となった。帝国が覇道を進むためにも、脅威である鮮血は排除するしかない!」
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