第19話 あなたは何者?

獣王国ティタニアを統治する獣王、デュオは自身の認識が甘かったことを呪った。


かねてより、ネルドラ帝国の底知れぬ野心には気づいていたはず。


人間以外の種族を滅ぼし、世界の覇権を握ろうとする奴らが何故攻めてこないと思い込んでいたのか。いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。


「ええいっ! 斥候からの報告はどうなっておる!?」


「何!? グルドの部隊が街を!?」


「正規兵だけでは足りぬかもしれん。王都で暮らす獣人たちに臨時招集をかけろ!」


ネルドラ帝国が本腰を入れて、獣王国の王都を陥落せんとしている。その報告が入ってからというもの、ずっとこのような調子だ。


狼獣人の獣王デュオは、慌てふためきながら配下へ指示を飛ばす重臣たちを視界の端に捉え、小さくため息をついた。


状況は極めてよくない。獣王国は決して弱き国ではないが、ネルドラ帝国と属国であるグルド王国の両国から同時に攻められるのは、正直マズイ。さて、どうしたものか。と、そこへ――


「ほ、報告します!」


各方面へ放っていた斥候の一部隊が戻ったらしい。屈強な虎獣人が玉座の間へと血相を変えて飛び込んできた。


「ネルドラ帝国に所属すると思われる部隊が、ティファナに入りました!」


その報告を聞き、デュオをはじめ重臣たちも怪訝な表情を浮かべる。ティファナは、すでに町としての機能はない。廃墟となった建物が軒を連ねる、ゴーストタウンだ。


「……どのような部隊だ? 規模は?」


「そ、それが、十人にも満たない部隊とのこと。遠方からの確認なのではっきりとしたことは言えませんが、隊員はほぼ全員が女、黒地に赤のラインが入った戦闘服を纏っていました」


玉座の間に広がるざわめき。黒地に赤のラインをあしらった戦闘服と言えば……。


「……特殊魔導戦団シャーレ。しかも、赤のラインと言えば、悪名高き鮮血部隊ではないのか……」


重臣の一人がぼそりと口を開く。玉座の間に重々しい空気が立ち込めた。


「し、しかしだ。なぜシャーレがティファナを? あのような廃墟の町を占拠したところで奴らに利など……」


「……わざわざ精鋭部隊を送り込んでいるのだ。おそらくは情報収集や拠点づくりであろう」


玉座に腰かけたまま頬杖をついているデュオが口を開く。


「帝国が誇る精鋭部隊が目と鼻の先に駐留しているのは気分がよいものではない。我らの喉元に鋭いナイフを突きつけられているようなものだ」


「そう……ですな。兵団を向かわせますか?」


「ああ。だが、相手はあのシャーレ、しかも鮮血部隊だ。軽々に手を出すのは控えよ」


「はっ」



――リザとレイナが立ち寄った町では、住人たちの避難が始まっていた。リザたちがグルドの斥候部隊を壊滅させてしまったため、いずれ本隊がやってくる。


そうなると、町の住人たちがどのような被害を受けるかわからない。そこで、レイナが町を治める獣人に、離れた町への避難を提案したのである。


「さて……と。あと一時間ほどで全員の避難が終わりそうね」


必要最低限のものだけ持って町から出ていく獣人たちにレイナが目を向ける。


「私たちは早く王都へと向かわなきゃね」


「そうだねー」


リザに話しかけたつもりなのに、まったく別人の声で返事をされたためレイナは跳びあがりそうになった。


「きゃっ! って……あんたリュート!」


「はーい、リュートでーす」


「何がはーい、よ! 危なくなったらとっとと逃げやがって!」


「い、いや、それは仕方ないでしょ。命が危ないときは逃げるに限るって。ね、リザちゃん?」


ぷんすかと怒り始めるレイナをなだめつつ、リュートはリザに顔を向け悪戯っぽくウインクをした。


「うん。それで、あなた何故ここへ戻ってきたの?」


危ないから逃げたはずなのに、再びここへ戻ってきた真意が知りたい。リザがじっとリュートを見つめる。


「ああ、そうそう。君たちに伝えておかなきゃいけないことがあってね」


「伝えておかなきゃいけないこと?」


「うん。王都から少し離れた場所にある廃墟の町、ティファナに帝国の特殊部隊が入ったらしい。黒に赤いラインが入った戦闘服を着用した小規模な部隊だ」


それを聞いて、リザがひゅっと息を呑む。それは紛れもなく鮮血の戦闘服。ちなみに、リザはレイナたちと暮らし始めてからはあの戦闘服に袖を通していない。


今も、黒のスキニーパンツに白い半袖シャツというラフな格好である。


「で、そのティファナの町に、獣王国の軍が迫っている。兵の数には圧倒的な差がありそうだから、このままだとティファナに陣取った帝国の特殊部隊はマズイかもねぇ」


おどけたように肩を竦めて話すリュートに、リザが鋭い視線を向ける。


「リュート……あなた、どうしてそんなことを知っているの? そして、何故それを私たちに伝えるの?」


ティファナという町に獣王国の軍が迫っている。その様子を直接その目で見たかのように話すリュートに、リザの警戒心が高まった。しかも、まるでリザが元帝国の人間であることを知っているかのような話しぶりである。


「ふふ、僕にはわかるのさ。まあ、そういう特殊能力があると思ってくれていい」


「特殊能力……?」


「ああ。君たちに何故伝えたかというと、それは単純に君たちの助けになりたかったからさ」


「……」


信用できない、できるはずがない。が、何故だかわからないが、リザはリュートが嘘をついているとは思えなかった。


「信じてくれ、とは言わないよ。ただ、僕が君たちを騙しても何の得もないだろ?」


「それは……そうだけど……」


リザとレイナが、二人してリュートにジト目を向ける。嘘は言っていない気がする。でも、とてつもなく胡散臭い。


「もし、ティファナにいるのが君の知り合いなら、早く行ってあげたほうがいい。今日中には戦闘が始まりそうだしね」


俯いて下唇を噛むリザ。私は、部隊を捨てた人間だ。帝国も鮮血もあの子たちも、何もかも捨ててここにいる。今さら、どんな顔して……!


「あ、それと。王都に行って無事に獣王と会えたらさ、これを渡しなよ」


酷く葛藤しているリザを気にもとめず、リュートはポケットから一枚のコインを取りだした。そっとリザの細い手をとると、その手のひらへ金色のコインを握らせた。


「……これは?」


「獣王と会えたとしても、君たちの話を聞いてくれるとは限らない。もしかすると、その場で獣王と戦闘になる可能性もある」


「……」


「大丈夫だよ。もし、話がこじれそうになったら、このコインを渡すんだ。それでうまくいくから」


訝しげな表情を浮かべたまま、コインとリュートを交互に見やるリザ。レイナも、何となく胡散臭そうな顔をしている。


「ねえ、あなたはいったい何者なの?」


「……僕はただの物好きな旅人さ」


リザの質問に、わずかな間をおいて答えたリュート。どうやらまじめに答える気はなさそうだ。


「さあ、もう行ったほうがいいよ。ティファナにいるのは、君にとって大切な人たちなんだろう?」


ハッとした表情を浮かべ、リュートに視線を向けようとした刹那。強烈な突風が吹き砂埃が舞った。思わず腕で顔を覆うリザとレイナ。


風が止み、そっと目をあけると、そこにもうリュートの姿はなかった。



――ティファナでは、マリー副長をはじめとした鮮血の面々が拠点づくりに精を出していた。と言っても、もともと建っていた建物をそのまま流用するため、それほど大掛かりな作業はない。


「あ~……重てぇ……」


乗ってきた軍用魔導四輪トラックから降ろした、折りたたみ式の長机を抱えて歩くアイリーンがぼやく。その隣では、資料が入った段ボール箱を抱えたリンナが息を切らしていた。


「はぁ、はぁ……」


「お、おい、大丈夫かよリンナ」


「大丈夫です……ただの体力不足なので……」


いや、仮にも軍隊であり特殊部隊でもあるシャーレの隊員なのに、体力不足っていいのかよ、と思わずツッコミそうになるアイリーン。


が、リンナはもともとその高い知能を買われて軍に入った人間だ。鮮血に入隊してからも、最低限のトレーニングはしていたが、他の隊員ほどは鍛えていない。今、まさにその差が出ているわけだが。


「まったく~、二人ともだらしないなぁ~」


「姉貴の言う通りだぜ」


アイリーンとリンナの後ろから、嫌味たらしい言葉をかけたのは双子の美少女、アルシェとマルシェ。華奢な見た目に反し、腕力自慢の彼女たちは、両手でいくつものパイプ椅子を抱えたまま悠々と歩いていた。


「くっ……うるせぇよ。私は軍用魔導四輪トラックの運転もしてきたんだ、しかも長距離。疲れてるのは当然だろうが」


「あー、まあそれもそっか」


「ちっ……隊長みたいに魔法で空飛べりゃあな……もしくは、空を飛べる乗り物でもありゃよかったのに」


舌打ちをしたアイリーンが立ち止まり、額に浮かんだ汗を服の袖で拭った。


「空を飛べる乗り物、ですか……。まあ、今の技術では難しいでしょうね……」


リンナも立ち止まり、段ボール箱を地面に降ろして大きく伸びをする。


「だな……それにしても、昔は空の上を鉄の乗り物が飛びまわってたってんだから、すげぇよな」


「そうですね。いったい、どのような技術を用いていたのやら」


陸を走行できる乗り物はこの世界にもあるが、空を飛べる乗り物は存在しない。だが、それはたしかに過去存在したのである。


その証拠として、空を飛ぶ乗り物を撮影した過去の動画や、化石のような実物も残されているのだ。離着陸に使っていたという滑走路跡地もある。


では、なぜそれらの技術が失われてしまったのか。最大の原因は、ドワーフの絶滅である。


ドワーフは、ものづくりの天才と評される種族だった。最先端の技術を駆使し、さまざまな兵器や通信機器、移動手段を開発した功績がある。


この時代の魔導兵器や魔導四輪なども、すべてドワーフが残した技術をベースとしている。


彼らは種族を超えて信頼され、偉大なアイテムと技術を数多く創出してきた。だが、そんなドワーフがあるときを境に突然歴史の表舞台から姿を消した。


原因は今もなお不明だ。ドワーフしか発症しない病気が広がった、種の保存に失敗したなど、さまざまな憶測があるがはっきりしたことはわかっていない。


唯一はっきりしているのは、もうこの世にドワーフはたった一人もおらず、高度な技術も失われてしまったという事実だ。


「でも、よく考えたら乗り物に乗って空の上を飛ぶって、めちゃくちゃ怖いよな」


それな、とアルシェとマルシェが反応した瞬間、全員が手首に装着してある通信機から声が聞こえてきた。


『スミレから各員へ。ベースの屋上から敵と思わしき兵団を確認。至急ベースへ戻られたし。繰り返す、スミレから各員──』


四人は通信を聞き終わると、運んでいた長机や資料をその場へ放置し、一目散にベースへと駆けていった。

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