第18話 銃に愛された女

「とりあえず、聞かれたことはすべて正直に答えなさい」


地面に正座させた兵士の前へ仁王立ちしたレイナが、鋭い視線を突き刺す。街で獣人たちに乱暴狼藉を働こうとしたグルドの兵士は、そのほとんどがリザとレイナの手にかかった。


かろうじて生き残った者も、目の前にいる兵士のように縄で縛られ地面に転がされている。


「……返事は?」


声のトーンを少し落として返事を促すレイナ。腕組みをしたままなので、ただでさえ見事な双丘が強調されている。


が、正座させられている兵士に魅惑的な双丘を直視する度胸も余裕もない。肩をぶるぶると震わせながら、レイナの言葉に何度もコクコクと頷いた。


「よろしい」


隣に立つリザをちらりと見やると、彼女も小さく頷いた。レイナが尋問をすることに異論はないようだ。


「まず、あなたたちはグルド軍の斥候よね?」


「あ、ああ……そうだ」


威厳を示したいのか、どことなく横柄に答えるグルド兵。その様子を見たリザの眉間にシワが刻まれる。


「……返事は『はい』よ」


冷たい声色で言い放ったリザは、スッと兵士に指先を向けると威力を最小限に抑えた雷撃の魔法を行使した。


バチッ、と小さな稲妻がほとばしったかと思うと、グルド兵は「ぎゃっ!」と叫び声をあげて全身をビクンと大きく跳ねさせた。


この世界において希少な存在である魔法の使い手に、兵士の顔が改めて恐怖に歪む。しかも、目の前にいる凄腕の魔法使いはどう見ても幼い少女にしか見えないのだ。


「ふふ……いい? 言葉には気をつけること。私よりもこの子のほうがずっと怖いんだからね?」


にんまりとした笑みを浮かべたレイナは、リザをちらりと見やってから再度兵士を見据える。


「は、はい!」


魔法によるお仕置きが効いたのか、グルド兵はあっさりと素直になった。それでよし。


「うん、じゃあ改めて質問ね。あなたたちはグルド軍の斥候よね?」


「はい、そうです!」


「本隊はこちらへ向かっているの? だとすれば軍の規模は?」


「本隊は大隊規模で、ここから三キロほど離れた場所で待機しています。まだこちらへは向かっていないとは思いますが……」


「ふうん……」


少し目を伏せ、何かを考えるような素振りを見せるレイナ。おそらく、もう少しのあいだは時間を稼げるはずだ。が、いつまでも斥候が戻ってこないとなれば、何かあったと指揮官は判断しこの街へ進軍してくる可能性は高い。


「リザ、どう思う?」


「……斥候が戻らなければ、いずれは本隊がやってくる」


もともと、帝国軍の特殊部隊を率いていたリザの思考と言葉ほど信頼できるものはない。レイナは軽く頷くと、周りを見まわして最初に目があった狼獣人を手招きした。訝しがりながらレイナのもとへ近づく狼獣人の男。


「な、何か用か?」


「ええ。この街の長か責任者はいる? 大事な話があるから会いたいんだけど」



――特殊魔導戦団シャーレ、鮮血部隊の面々は、獣王国の王都攻略に向けた情報収集のため、拠点づくりを任されていた。目的地である廃墟の街、ティファナへと到着した一同は、街中を散策しつつ使えそうな建物を物色していく。


かつてティファナと呼ばれていた街は、さまざまな事情によって今は誰も住んでいない。一時期、はぐれ獣人や人間の野盗などが住みついたことはあるようだが、それも長続きしなかった。


理由はやはり立地の悪さだ。ティファナのまわりはどこまでも荒野が広がっており、近くにほかの町もない。


特にこれといった資源もなく、王都までも遠いうえに商隊もほとんどやってこないとなれば、とてもではないが生活はできないだろう。


「マリー副長。とりあえず簡単な地図を作っておきました」


メガネを指で押しあげながら、リンナが一枚の紙をマリーへと差しだす。


「ありがとう……って、どこが『簡単な』なのよ。これめちゃくちゃ細かく描かれてるじゃない」


紙に目を通したマリーが思わず舌を巻く。そこには、ティファナの内部を走る道や建物の規模、配置、町を囲む防壁に備えられた出入口の数など、事細かな情報が記載されていた。


どうやら、書籍やコンピューターで取得したデータから作成したようである。出発前の短い時間でよく作れたものだ、とマリーは呆れてしまった。


「大したことではありません」


に慣れているのか、どこまでもそっけないリンナ。帝国一の大天才と言われる彼女にとって、これくらいのことは朝飯前である。


「あなたがいてくれて、本当に助かるわ。拠点づくりもスムーズに進みそうね」


地図に目を落としていたマリーが、糸のように細い目であたりをきょろきょろと見まわす。


「地図によれば……二つ向こうの通りに大きく背の高い建物があるみたい。見に行ってみましょう」


マリーとリンナを先頭に、鮮血のメンバーがぞろぞろと歩きだす。双子のアルシェとマルシェは、初めて訪れた廃墟の街が珍しいのか、いつもよりテンションが高めだ。


美しい金髪のツインテールを揺らしながら、どこかへ駆けていこうとするたびに、キーマやハイネたちに首根っこを掴まれている。


「お……あれじゃねぇか? 副長」


ひと際目立つ大きな建物を指さしたのはアイリーン。もともと工場か何かだったのか、建物は異様に大きい。高さもあるので、これなら見張りもしやすいはずだ。


「それっぽいわね。よし、みんな。とりあえずあそこをベースの第一候補にするわよ」


マリーの言葉に、鮮血の面々がしっかりと頷いた。



――生まれて初めて銃型魔導兵器ガンを使ったとき、「これだ」と思った。頭は悪いうえに、徒手格闘もナイフ戦も弱い。そんな私だけど、どうやら銃型魔導兵器を扱う才能だけはあったようだ。


所属した帝国軍の中隊で、私はめきめきと頭角を現した。私を指導してくれていた上官をあっという間に抜き去り、射撃技術では帝国軍屈指の実力者とも評価されるようになった。


銃型魔導兵器ガンに愛された女」


「射撃の天才」


「一騎当千の銃型魔導兵器使いガンナー


最初は、アイリーンのことを女だと馬鹿にしていた男性兵士たちも、彼女が実戦で大きな成果をあげ始めると途端に手のひらを反すようになった。誰もがこぞって彼女をもちあげ始め、上官たちまでもがアイリーンのご機嫌とりをし始めたのである。


――強ければ何をしても許される。


軍人として日々を生きていた私は、冗談抜きでそう思っていた。事実、私が実力を発揮すればするほど、同僚や部下はもちろん、上官までもが私にすり寄ってくる。軍という特殊な場所においては、強さこそが評価の指標なのだ。


今思えば相当危ない思考なのだが、当時の私は本気でそう考えていたのだから恐ろしい。強ければいい。強ければ許される。強ければ誰も私に何も言えない。


こんな考えだから、やがて私は堂々と命令違反も犯すようになった。上官の言うこともまったく聞かなくなり、命令違反を繰り返す日々。


そして、銃型魔導兵器の天才ともてはやされた私は、あっという間に「問題児」のレッテルを貼られ、所属していた中隊を追い出されるのだった。


幸い、私の実力は帝国軍の誰もが知るところだったので、すぐに次の所属先は見つかった。が、そこも長続きはせず一ヶ月も経たないうちに去ることになる。


隊長をはじめとした上官への暴言や命令違反。本来なら軍法会議ものだが、実力があるのは事実なので、何とか免れていた。


正直なところ、私は自分よりも弱い人間に命令されるのは嫌だ。軍人として間違った考えであるのは分かっているが、どうしても自分より弱い者から説教されたり、命令されたりするのが我慢ならなかったのである。その結果、上官に暴言を吐くという暴挙にいたるわけだ。


このころになると、私の問題行動が広く知られるようになり、声をかけてくれる部隊はなくなった。いよいよ、崖っぷちに追い込まれたわけである。が、そんな私を欲しいと手を挙げた部隊があるそうだ。



「アイリーン。貴様を特殊魔導戦団シャーレ、鮮血部隊の隊員に任命する」


ある日、軍の総司令官から呼び出された私は、唐突にシャーレへの異動を命じられた。特殊魔導戦団シャーレ。


戦場での戦闘はもちろん、破壊工作活動から誘拐、暗殺、情報収集と何でもこなす帝国の暗部。そこへ所属できるのは精鋭中の精鋭だけと言われている。


なお、鮮血部隊というのは最近立ちあがったばかりの部隊らしい。軍に属する特殊部隊にしては珍しく、隊長は若い女とのこと。



「私はリザ・ルミナス。よろしく、アイリーン」


初めて隊長と会ったとき、私は面食らいすぎて気絶しそうになったのを覚えている。何せ、目の前に立っていたのは十代前半にしか見えない少女だったからだ。


もちろん、リザ・ルミナスの名は知っている。若くして特殊魔導戦団シャーレの部隊長に任命された精鋭中の精鋭。真実かどうかは知らないが、十歳になる前から戦場で戦っていたという話だ。しかも、失われて久しい魔法を使うという。


「よ、よろしくっす」


明らかに自分より年下の少女を上官として扱い、頭を下げるのはどうしても抵抗があった。帝国最強の人間兵器、などと言われてはいるものの、噂話には尾ひれがつくものだ。どこからどう見ても、この少女が強いとは思えない。私は本気でそう思っていた。


が、その考えが大きな間違いであったことを、この先私は嫌というほど知ることになる。


あるとき、セレナリア王国の軍が秘密裡に建設していた拠点を破壊せよとの命令が鮮血に下った。帝国との国境沿いに大規模な拠点を作られるのは非常にまずい、というわけだ。この任務を担当したのが、私とリザ隊長である。


「じょ、冗談でしょ? 拠点は建設中とはいえ、二個中隊が駐留しているんですよ? それをたった二人で襲撃するなんて……」


二つ返事で任務を引き受けた隊長を、私は冷めた目で見ていた。正直、この隊長は頭が弱すぎる、とまで思ってしまった。


「本気よ。破壊工作なんだから人数はできるだけ少ないほうがいい。アイリーン、あなたは凄腕の銃型魔導兵器使いガンナーと聞いているわ。あなたと二人でなら、こんな任務簡単でしょ?」


やや挑戦的な物言いをされて、単純な私はあっさりと腹を決めることになる。ああ、分かったよ。私の力で二個中隊くらい殲滅してやるさ。あんたは、指を咥えながら私が活躍しているところを見ているがいい。


と、そんな感じで任務に挑むことになったのだが。実際には、指を咥えながら活躍を見守ることになったのは私のほうだった。



「援護よろしくね」


そう言い残した隊長は、いきなり空へ舞いあがると、地上へ向けて強力な魔法をぶっ放した。あたり一帯に爆音が轟き、建設中だった敵の拠点が派手に爆ぜる。


あまりにも馬鹿げた強さ。これが帝国最強の人間兵器と呼ばれる、リザ・ルミナスの実力。異変に気づき騒ぎ始めた兵士たちも、次々と隊長の魔法に殲滅されていく。物陰からこっそりと援護射撃をしながら、私はひそかに興奮していた。


凄い、凄い、凄い、凄い。こんなに興奮したのは、初めて銃型魔導兵器を手にしたとき以来かもしれない。私より年下なのに驚くほど強くて、美しくて儚くて。弱いくせに口ばかり出してくる、これまでの偉そうな上官たちとは大違いだ。


地上へ降り立ち、燃え盛る建造物の前で物憂げに佇む隊長を見て、私はこの人となら一緒に戦いたい、そう強く思った。



「……リーン、ちょっと、アイリーン!」


呼ばれていることに気づき、ハッとして背後を振り返るアイリーン。


「わ、悪ぃ。呼んでたか?」


「呼んでたか、じゃないわよ。さっきから何度も呼んでるっての」


腰に手をあてたハイネが、呆れたような視線を向ける。


「悪い悪い。何故か急に隊長のこと思い出しちまってさ……」


「……そう」


「ああ……」


地面へと目線を落としたアイリーンの背中を、ハイネが力いっぱい平手で叩いた。パンッ、と乾いた音が響く。


「いってぇ! 何すんだハイネ!」


「しんみりするなんてあなたらしくないんじゃない? そんなんじゃ、隊長が戻ってきたとき調子狂うわよ?」


「う……」


「隊長のことなら大丈夫よ……きっと」


アイリーンをそっと抱きしめ、自分へ言い聞かせるように言葉を絞りだすハイネ。言葉とは裏腹に体をわずかに震わせるハイネを、アイリーンもまた優しく抱きしめた。

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