第15話 旅の仲間

獣王国ティタニア。狼獣人である獣王、デュオが治める獣人たちの国である。国の規模はそこまで大きくないものの、獣王に忠誠を誓う大勢の獣人たちが暮らしており、戦力と国力は決して軽視できない。


「レイナ。獣王国までの道は分かる?」


「ええ。昔、お爺様と一緒に何度か遊びに行ったことがあるしね」


レイナの話によると、かつてアルミラージュも獣王国で暮らさないかと誘いを受けたとのこと。だが、アルミラージュは世界屈指の戦上手と言われる誇り高き種族であり、種の独立にもこだわっていたため、その誘いは断ったそうだ。


「まともに街道を歩くと二日くらいかかるけど、森を抜ければ一日もかからないわ」


「分かった」


アルミラージュの街周辺は常に監視の目を光らせているものの、昨日のこともある。どこに敵が潜み、こちらを見ているか分かったものではない。そのため、リザとレイナは夜の闇に紛れてこっそりと街を出た。


途中何度か休憩を挟みつつ、真っ暗な森のなかを進む。道らしい道がまるでない森は、月が出ていなければおそらく方角すら分からなくなったであろう。


夜が少しずつあけるころには、獣王が支配する領域へと入ることができた。が、ここからティタニアの王都まではまだかなり距離がある。


「リザ。もう少し行くと小さな街があったと思う。そこで少し休みましょ」


「うん」


レイナが口にした通り、一時間も歩かぬうちに街らしきものが見えてきた。パッと見た感じでは、ネルドラやアルミラージュの街とは違い高層の建物はない。高くても二、三階建て、多くは一階建ての建物だ。


小さな街は防護柵に囲まれているが、門は開きっぱなしだ。どうやら自由に出入りできるらしい。リザとレイナが並んで門へと歩いていくと――


「……ん?」


「どうしたの、リザ……?」


「あれ……」


リザが指さしたほうへレイナが目を向ける。門のすぐそばに、何かが倒れていた。おそらく人。


「……死んでるのかな?」


「どうでしょうね……寝てるだけとか?」


とりあえず生死を確かめるべく、二人は倒れている人らしきもののもとへと歩みを寄せる。やはり人間のようだ。


「もしもーし。生きてます? ねぇ、ちょっと。寝てるの~?」


うつ伏せに倒れている男らしき者の肩を揺さぶるレイナ。すると――


「……か……い……た……」


男が何やら喋った。


「え、何? 何て?」


レイナは、リザと協力して倒れている男を仰向けにする。まだ若い人間の男だった。


「お……お腹……すいた……」


思わず顔を見合わせるリザとレイナ。何とも人騒がせな男である。


「あ~……とりあえず私たちこの街で休憩するつもりだから、あなたも来る? 朝ご飯くらいならごちそうするわよ」


すると、男の目がかっと見開き、ガバっと勢いよく半身を起こした。レイナは思わず声をあげそうになった。


「ほ、本当に!? ご飯食べさせてくれるのかい!?」


「え、ええ……まあこんなとこに放ってもおけないでしょ……」


「いや~……ありがとう。本当に助かるよ。食べ物もお金も尽きて、もうどうしようかってとこだったから」


リュートと名乗った青年は、先ほどまでの死にそうな顔とは打って変わり、幸せそうな表情を浮かべた。どうやら、旅の途中でお金と食べ物が尽きたらしい。何とも無計画である。


「ええと、君たちの名前は?」


立ち上がって、服についた埃をパンパンと払ったリュートは、リザとレイナへ交互に目を向けた。


「私はレイナ。見ての通りアルミラージュよ」


「私はリザ」


「レイナにリザか。二人とも素敵な名前だね」


知的な顔立ちをしたリュートが、うんうんと何やら納得するように頷き始める。と、リュートはリザの手元をちらりと見やると、微かに目を細めた。何とも言えない、懐かしそうな、それでいて哀しそうな表情を一瞬見せたリュートに、リザは怪訝な表情を浮かべる。


いつまでも街の入り口で佇むわけにもいかないため、三人は連れ立って街へ入り、朝食にありつけそうな店を探し始めた。



――ろくでもない奴なんてどこにでもいる。大学にも企業にも、そして軍にも。私が所属していたネルドラ帝国正規軍、第三師団。今思い出しても反吐が出る。


「ハイネ君。今日も君は一段と素敵だねぇ~」


「……ありがとうございます」


またか。毎日毎日このセクハラ野郎。上官じゃなけりゃすぐにでもぶっ飛ばしてやるのに。


「おっと……部隊章がずれているじゃないか。どれ、直してあげよう」


そう言いながら私の胸をさりげなく触るくそったれな上官。いくら私がモデル並のスタイルだからって、調子にのりすぎでしょ。


まあ、私だけにセクハラするならまだいい。が、こいつは女と見れば手当たり次第にセクハラをしまくっていた。もちろん、被害に遭った者はみんな泣き寝入りだ。告発したところで握りつぶされ、軍に居場所もなくなる。


そんなある日、私が妹のようにかわいがっていた第三師団の後輩、ルーシーが突然自殺した。それまでまったくそんな素振りなどなかったのに。


ルームメイトに問いただすと、どうやらルーシーはあのくそったれな上官からセクハラ以上の酷い行為を受けていたそうだ。酷いときは連日夜に呼び出し、そういう行為に及んでいたらしい。


誰にも相談できず、絶望に支配されたルーシーは死を選んだ。そして、私のなかの何かが弾けた。


もともと、大学で薬学を学んでいた私は毒に関する豊富な知識があった。だから、あのくそったれな上官の食事に、即効性と殺傷力の高い毒をたっぷり混ぜてやった。


私がしたことはすぐにバレたが、そんなことどうでもいい。あのかわいいルーシーを死に追いやったくそったれを殺せたのだから。


あとは処刑を待つばかり。だと思ったのだが、こんな危険人物を欲しいと言い出したもの好きがいたらしい。私は処刑されず、特殊任務を主とする特殊魔導戦団、シャーレ鮮血部隊に所属することになった。


が、所属したばかりのころは、正直居心地が悪かった。なぜなら、私が以前所属していた部隊で、何をしでかしたのか隊員みんなが知っていたから。


鮮血は地下の拠点で、全員そろって食事をとる。しかも、食事係は隊員の当番制だ。初めて私が当番となったとき、案の定トラブルが発生した。


「ちっ。今日は新人が当番かよ」


食堂へ入ってくるなり、いきなりケンカ腰で口を開いたのはアイリーン。その顔には、私に対する侮辱の表情がありありと浮かんでいる。


「ええ~、そうなの? 毒とか入ってないよね~?」


からかうように言葉を発したのはマルシェ。双子の片割れだ。隊員たちは食堂の席にはついたものの、誰もがちらりと顔を見合わせたり、苦笑いを浮かべたりしている。


当然と言えば当然だ。以前の部隊で上官に毒を盛って殺した毒女。それが私に対する評価だ。そんな女が作った料理を安心して口にできるはずはない。私は何となくいたたまれない気持ちになり、席を立とうとしたのだが――


突然、場の空気が変わった。それまで、戸惑いや侮蔑の表情を浮かべていた隊員の顔つきが変わり、全員が一斉に立ち上がった。


「隊長! お疲れ様です!」


足音もたてず食堂へ現れたのは、鮮血を率いる隊長、リザ・ルミナス。帝国最強の人間兵器、冷酷夜叉と呼ばれる人物。年はたしか、十三だか十四。それでこの風格、覇気。


リザは「うん」と一言隊員たちに応え、自分の席に着席すると、スプーンを手にとって何の躊躇もなくハイネの作った料理を食べ始めた。呆気にとられたのはハイネだけではない。隊員たちも驚きを隠せないようだった。


「リ、リザ隊長……今日食事を作ったの、ハイネですよ……?」


アイリーンが恐る恐るリザに話しかける。


「……だから?」


スプーンを口へ運びながら、じろりとアイリーンを見やる。途端にアイリーンは何も言えなくなった。


「……ハイネが料理に毒を盛るかもしれないと、あなたたちはそう言いたいの?」


ハイネの肩がびくっと震えた。やや怒気を含んだリザの声に、隊員たちが俯く。


「ハイネが以前所属していた部隊の上官に毒を盛ったのは知っている。でも、彼女がそうしたのは、それをすべき理由があったからよ」


「理由……?」


アイリーンが怪訝な目でリザとハイネを交互に見やる。


「それについて、本人以外の口から話すべきじゃないと思うから私は言わない。ただ……」


ハイネが上官に毒を盛った事実は知られているが、そこへいたる経緯までは誰にも知らされていない。


「ハイネがやったことは、軍人としてはダメなことよ。でも、人間としては正しいことをしたと私は思ってる」


ハイネの涙腺が決壊し、涙が零れおちた。リザはハイネを一瞥し、再びスプーンを口へ運び始める。隊員たちも、何となく事情を察したからか、普通に食事をとり始めた。


「ハイネ……あなたも早く食べなさい」


「はい……」


涙を流しながら食べたスープは、とてもしょっぱかった。



――「……イネ、ハイネ!」


遠くで名前を呼ぶ声が聞こえた。そうだ、食事を作っている最中だった。


「どうしたんだ、ハイネ? ぼーっとして。どこか具合でも悪いのか?」


アイリーンが心配そうに顔を覗き込む。


「ううん。ちょっと、昔のこと……隊長のことを思い出していただけよ」


「そっか……」


あのとき、リザ隊長が言ってくれた言葉。あの言葉のおかげで私は救われ、居場所も手に入れられた。だから、私は死ぬまでこの人を支えようって思った。


それなのに……いったいどこへ行っちゃったんですか、リザ隊長……!!


感情が昂り涙が零れる。料理をしながら泣き崩れた私の背中を、アイリーンが優しく撫でてくれた。

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