第14話 同盟案

特殊魔導戦団シャーレ、鮮血の面々は珍しい場所に足を運んでいた。彼女たちが今いるのは、軍部の人間のみが利用できる食堂である。


普段、鮮血の隊員は地下街を改装した拠点で食事をとっている。が、今朝から調理機器の調子が悪く、調理ができなくなってしまったのだ。


「はぁ……騒がしいところ苦手なのよね」


暗殺のスペシャリスト、ハイネが眉間にシワを寄せながらスプーンを口へ運ぶ。今彼女が口にしているのは、日替わり定食に含まれているクリームシチューだ。


「たしかに、普段あまり来ないから落ち着かねぇよな」


そう言いつつも、豪快にパンをちぎっては口へ放り投げているのは、ベリーショートの髪型がよく似合うアイリーン。鮮血の面々がそろって軍の食堂で食事をとっている姿が相当珍しいのか、周りの兵士や将校がちらちらと視線を向けていた。


と、そこへ――


「おやおや。シャーレ最強と言われる鮮血の皆さんじゃありませんか」


固まって食事をとっていた隊員たちのそばへ、ニヤニヤといやらしい表情を浮かべた男が近寄ってきた。特殊魔導戦団シャーレ、閃光部隊の隊長ガルマである。


「……ガルマ隊長、何かご用かしら? 用がないなら食事中なのでさっさとどこかへ行ってくださる?」


鮮血の副長、マリーが不快感を隠そうともせず吐き捨てる。


「いやいや、そう邪険にするなよ。同じシャーレの隊員じゃないか」


「同じねぇ……あなた方より私たちのほうが遥かに難易度の高い任務をいくつもこなしてきたんですけどね」


ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていたガルマのこめかみに青筋が浮かぶ。


「ふん……そういや、リザ隊長の姿が見えないが、どうしたのかねぇ」


「……隊長はあなたなどと違って忙しいんですよ」


「けっ! 嘘言いやがれ。おめぇんとこの隊長が逃げだしたってことはとっくに分かってんだよ!」


ガルマが言葉を吐き捨てるのと同時に、鮮血の隊員全員が勢いよく席を立った。ガルマの背後に控えていた隊員もにわかに戦闘態勢をとる。


「……聞き間違いかしら? よく聞こえなかったから、もう一度言ってもらえます……?」


マリーをはじめ、全隊員がガルマに鋭い視線を向ける。なかには今にも飛びかからんとしている者もいた。


「ふん……あまり調子にのるなよ、マリー副長……」


刹那、音もなくマリーの背後に現れた男が、彼女の首筋にそっとナイフの刃をあてた。当のマリーは身じろぎ一つしない。


「こっちだって、背後から標的の喉搔っ切る任務なんぞいくつもこなしてんだ。舐めないでほしいもんだ」


勝ち誇った顔でニヤニヤとマリーの全身を舐めるように見やる。と――


「いや、そっちこそ舐めてんじゃねぇよ」


マリーの背後に立つ男の首筋へ、スッとナイフの冷たい刃があてられた。いつの間にか男の背後へ周りナイフをつきつけたのは、金髪ツインテールがトレードマークのアルシェ。


「ほんとだよー。今度同じようなこと言ったら、本気で殺しちゃうからね?」


ガルマの頬を嫌な汗が伝う。今、彼の喉仏には双子の姉、マルシェがナイフの切っ先を突きつけている。


「い……いつの間に……」


マルシェが接近する様子がまったく見えなかったガルマ。シャーレ最強の部隊と評される実力の一端をまざまざと目の当たりにさせられ思わず歯噛みする。


「ガルマ隊長。マルシェが口にした言葉は鮮血全員の総意です。決してお忘れなきよう」


「わ……分かった……」


マリーの背後に立つ男がそろそろとナイフを仕舞うと、ガルマたちはいそいそとその場をあとにした。


「けっ。しょうもねぇ奴らだ」


アイリーンの言葉に全員が頷くと、再び着席して食事の続きをし始めるのであった。



――アルミラージュの街では、レイナをはじめ主要な者が集まり今後の対策を練っていた。もちろん、リザも同席している。


「私は獣王国と手を結ぶべきだと思うの」


会議の冒頭、レイナはそう切り出した。長老衆や治安維持隊の青年たちが戸惑ったように顔を見合わせる。


「今のままでは、いずれまた同じことが起きる。いつも天威が味方してくれるとも限らないわ。こちらから何かしら手を打つべきよ」


「むむ……しかし、獣王がこちらの申し出を受けてくれますかね……?」


長老の一人が、顎の髭をさすりながら呟くように言葉を紡ぐ。長老たちがまだ若いレイナにも敬語なのは、彼女の祖父がかつてこの街を一人で統治していた大長老だったからだ。なお、レイナの両親と祖父は帝国との戦争で亡くなったとリザは聞いている。


「受けてくれる確率は高いわ。だって、帝国は人間以外の全種族を滅ぼそうとしているのだから」


「たしかに……手を結ぶ価値はあると考えるでしょうな。彼らもアルミラージュの戦闘力は喉から手が出るほど欲しいはず」


「ええ。これまで私たちは常に守る側だった。でも、獣王国と同盟を結べばこちらから攻めることも可能になるわ」


会議の場にざわめきが広がる。戸惑う者、意気揚々とする者、決意を新たにする者とさまざまだ。


「しかし、どうやって獣王国へこの話を伝えます? 使者を送るだけではこちらの真意を測りかねるかも……」


「大丈夫よ。私とリザの二人で向かうわ」


「い、いやいや! それはあまりにも危険すぎます!」


「リザもいるから平気よ。リザはもともと帝国の精鋭だったわけだし、軍備なんかの情報を手土産にすれば会ってもらえるでしょ」


会議に参加している全員がリザに視線を向ける。


「……私は、もうこの前のように何の罪もない女の子が死ぬところは見たくない。だから帝国と戦う。獣王国までは私がレイナを守るし、獣王との同盟も必ずとりつけてくる」


監視ビルが爆破されたとき、彼女が危険をかえりみずビルへ飛び込み、女の子を助けようとしたことはもう誰もが知っている。リザの言葉に異議を唱えるものは誰一人いなかった。こうして、リザとレイナは獣王に会うため、少しのあいだ街を離れることになるのであった。



――あるとき、軍部の将校とトラブルを起こした。といっても、悪いのは相手だ。まったく興味がないのにしつこく言い寄ってきて、しかも無理やりどこかへ連れていこうとしたから、アルシェと一緒にぼっこぼこにしてやった。


何でも、そいつは将来を嘱望されるエリート中のエリートだったらしい。遥かに年下の少女にまったく相手にされず、半殺しにされたのがよほど腹に据えかねたのか、そいつは上司である上級将校にあることないこと吹き込んだ。


事実は大きく捻じ曲げられ、私とアルシェがいきなりそいつに不意打ちし、何の理由もなくぼっこぼこにしたことにされていた。それが問題視され、私たち二人は憲兵に拘束、上級将校の前へと引きずり出されたのだ。


「いったいどういうつもりだ貴様ら! いくらシャーレの隊員だからといって、好き放題してよいわけではないのだぞ!」


「いやいや、それはこっちのセリフだっつーの。あいつから話聞いてないの?」


「な、何だ貴様その口のきき方は!? 奴は貴様らにいきなり不意打ちされたと言っておったわ!」


二人で顔を見合わせ、思いきりため息を吐いた。そんなことだろうと思ったよ。と、そこへ――


「失礼します」


ノックをして部屋へ入ってきたのは、鮮血の隊長リザ・ルミナス。


「うちの隊員が憲兵に拘束されこちらにいると聞いたのですが」


「……リザ隊長。お話はもう聞かれていると思いますが……困るんですよねぇ~、部下はきちんと教育してくれないと」


ネチネチと嫌味を吐く上級将校を、リザはじっと見つめる。


「あなたのところの隊員は! 私の部下を何の理由もなく叩きのめし大ケガをさせたんですぞ!? いったいどのように責任をとってくれるんですか?」


「責任をとるつもりはありません」


「……はぁ? なるほど、責任をとりたくないと。では、こいつらは私が処罰していいわけだ」


「それもお断りします。うちの隊員なんで」


リザはまったく表情を変えることなく言い放つ。


「リザ隊長、いったいどういう――」


「アルシェとマルシェは理由もなく相手を半殺しにするようなことはしない。あなたの部下が酷い目に遭ったのは、彼女たちにしつこく言い寄っていたからです」


「バ、バカな……彼からそのような話は……」


「言えるはずないでしょう。遥か年下の女の子にしつこく言い寄った挙句、力づくでどうこうしようとして半殺しにされたなんて」


「な……なな……!」


「言っておきますがでたらめではありません。その現場を目撃したという証人を複数こちらで確保しています」


顔を真っ赤にした上級将校は、ぐうの音も出なくなった。


「そういうわけで、この子たちは連れて帰ります」


「ま、待ちたま――」


「これ以上、何の罪もない私の部下を拘束するというのなら、私はあなた方の敵にまわりますよ?」


それで決まりだった。帝国最強の人間兵器と言われるリザ・ルミナスを敵にまわす。それが何を意味するのか理解できぬ将校はいない。


上級将校は俯いたまま何も言えなくなってしまった。リザはアルシェとマルシェに目で合図すると、二人を連れて部屋を出た。


「あ、あの……隊長……」


「ご、ごめんなさい……」


リザの後ろを歩く二人が、しおらしく謝罪の言葉を述べる。


「あなたたちが謝る必要はないわ。悪いことをしていないんだから」


振り返りもせずにそう言った隊長の感情はまったく読み取れなかった。でも、誰よりも頼もしく思えるその後ろ姿を見て、私たちはより一層隊長のために働きたいって思ったんだ。


──


「ふあ~……ん? ああ……ご飯のあと眠っちゃったのか……」


拠点にある共同休憩室のソファで目覚めたマルシェ。どうやら座ったまま眠ってしまったようだ。隣にちらと目をやると、アルシェも目を覚ましたところだった。


「ふあ~……あ、姉貴おはよー」


「うん」


「ん? どしたの?」


「ちょっと、隊長の夢見ちゃって……」


「え、私もなんだけど……」


二人は顔を見合わせ、思わず苦笑いする。マルシェはアルシェの肩に寄りかかり目を閉じた。


「隊長……早く帰ってくるといいね……」


「ああ……そうだな……」


夢のなかでリザに会え、昼間のイライラが多少おさまった二人は、寄り添ったまま改めて夢の内容を反芻するのであった。

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