第13話 決意

「お姉ちゃんこんにちは!」


弾けるような明るい声にリザの口元がかすかに綻ぶ。


元気に通りを駆けてきたのは、兎獣人アルミラージュの少女ミィ。初めて広場に立ち寄った際、最初に声をかけてくれた子だ。頭の上では、かわいい小ぶりな耳がピクピクと動いている。


「うん、こんにちは。お出かけ?」


「うん! 監視ビルでパパが働いているから、お弁当を届けに行くの!」


笑顔でそう話し、「じゃあね!」と手を振り駆けていくミィに、リザは微かに目を細める。


リザがこの街で暮らし始めて一ヶ月近く経った。当初は、リザに敵意を向ける者も少なくなかったものの、レイナの働きかけもありそれなりに平穏な日々をすごしている。


くすんだコンクリート造の建物が建ち並ぶ通りを、観察しながらゆっくりと歩く。近代的なビルに金属を加工して作られたアーチ状の橋梁、ブロックで舗装された歩道。


レイナから聞いた話によると、すべてがアルミラージュの技術によるものではないとのことだ。


何でも、この街はかつて存在していたと言われている、超高度文明時代の名残なのだそう。超高度文明人が暮らしていた街に、なぜアルミラージュたちが住みついたのかまでは分からないようだ。


街路樹の木陰を抜けると、たちまちぎらつく太陽の光が肌を灼いた。今日も暑くなりそうだ。とりあえず戻って、レイナの昼食作りを手伝おう。そのようなことを考えつつ歩いていたのだが――


突然、背後から凄まじい爆発音が轟き地面もわずかに揺れた。リザは反射的に地面へ伏せあたりを素早く見まわす。


……何? 爆発? どこで?


音は背後から聞こえてきた。重心を低くしつつ立ち上がり、音が聞こえた方角へ目を向ける。ひと際目立つ背の高い建物が建っているあたりから、黒煙が濛々もうもうとあがっている様子が窺えた。


あれは……監視ビルのあたり?


リザはハッとした。ミィは監視ビルへ行くと言っていた。


「ミィ!!」


全力で監視ビルのほうへ駆けだすリザ。何が起きたのかは分からないが、あの子が何か危険に巻き込まれたかもしれない。


すでに監視ビルの周りには多くの住人が集まっていた。ビルに目を向けたリザが思わず息を呑む。


三、四階あたりの窓ガラスが粉々に砕け、もくもくと黒煙を吐き出しているではないか。外壁にも大きな亀裂が入っているのが確認できる。


「ねえ、何があったの!?」


遠巻きに見ていたアルミラージュの青年を捕まえ事情を聞いた。


「わ、分からねぇ。いきなり爆発したみたいなんだが……」


「小さな女の子を見なかった?」


「いや……」


まさか、もうビルのなかへ? リザはいまだ黒煙を吐きだし続ける監視ビルへと駆けだした。何名かのアルミラージュが制止しようとするが、それを振り切り無理やりなかへ入る。


すでに一階にいた者は外へ避難しているようだ。リザはあたりを見回し、階段を見つけると口元を袖で隠しながら一気に駆けあがった。


「く……酷い……」


三階の床が一部抜けたのか、二階のフロアには大きなコンクリート片がゴロゴロと転がっている。三階はさらに酷い有様だった。


火の手があがり煙も充満するフロアに素早く視線を巡らせる。嫌がらせのようにまとわりついてくる煙が、リザの視界を遮った。


がれきと炎をかわしつつ、態勢を低くしてフロアを捜索する。おそらく爆発があったのはこのフロアなのだろう。その証拠に、あたりにはアルミラージュのものと見られるちぎれた手足が散乱していた。まるで戦場さながらの光景に、リザは奥歯を強く噛みしめる。


「誰かいる!? ミィ!? いるなら返事して!!」


口元を袖で覆ったまま、リザは大声で呼びかけた。が、返事はない。と、視界の端に小さな足が映りこんだ。


大きな柱のそばに誰かが倒れている。リザはすぐさま駆け寄った。


「……!!」


血まみれで倒れていたのは、ついさっき笑顔で話しかけてくれたミィだった。爆風で飛散したコンクリート片が直撃したのだろうか。頭の一部が吹き飛ばされていた。


そばへしゃがみこみ脈をとる。が、リザの指に生命の鼓動はまったく感じられなかった。女の子をそっと抱きかかえる。その体はとても軽く、そして冷たかった。


リザの頬を熱いものが伝う。悔しさ、哀しさ、無力さ。さまざまな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあい、胸のなかに重く鈍い痛みが走った。


痛かっただろう。怖かっただろう。


奥歯を強く噛み締めたまま、ミィの頬にそっと手を触れる。みるみる炎と煙の勢いが強まってきた。あまり長居はできない。


ちらと四階へあがる階段へ目を向けたが、炎と煙の勢いが強すぎたため、リザはミィを抱きかかえたままもと来た道を急ぎ戻った。



幸い、消火活動が迅速に行われたため、監視ビルの上階にいた者たちは無事だった。が、爆発があったとみられる三階にいた者が数名命を落としている。


ミィの遺体を抱えてビルから出てきたリザは、ともに消火活動へ参加していた街の治安維持隊に彼女の亡骸を預けると、そのままその場をあとにした。


公園のベンチに腰かけそっと空を見上げる。戦場や暗殺の仕事で遺体など数えきれないほど見てきた。それなのに、リザの心は酷くかき乱された。


じゃり、と地面を踏みしめた音が聞こえ、リザがそっと視線を向ける。


「リザ……」


爆発騒ぎを聞きつけたレイナは、すぐに監視ビルへと向かい、そこでリザがミィを救出しようと単身ビルのなかへ飛び込んだことを聞いた。そして、救出が間にあわなかったことも。


レイナがリザの隣へ静かに腰をおろす。


「リザ……大丈夫?」


「うん……」


「ミィのこと、残念だったわね……」


その言葉に、リザの肩がぴくりと跳ねた。


「爆発の原因……何だったの?」


「……爆弾が仕掛けられていたみたい」


「爆弾? いったい誰が?」


珍しく声を荒げそうになったリザに、レイナは驚きの表情を浮かべる。


「……爆発があった直後に、治安維持隊が怪しい人間を捕えたわ。変装していたみたいだけど、アルミラージュは鼻もきくから同族かそうじゃないかはすぐ分かる」


「……誰なの?」


「何も喋らないけど、持ち物からグルド王国の人間だと分かったわ」


「グルドが……?」


「うん。でも、グルドが勝手にそのような行動を起こすとは考えにくい。おそらくは……ネルドラ帝国の指示でしょうね」


膝の上に置いているリザの拳が小さく震える。無惨な亡骸となったミィのことを思い出し、目には激しい怒りの色が浮かんだ。


「あなたの前で言うのははばかられるけど……これが帝国のやり方よ。そして、帝国は同じようなやり方であらゆる種族を迫害し、人間以外の全種族を滅ぼそうとしている」


レイナの言葉が鋭利な刃となってリザの胸を抉る。


また、さっきと同じことが起きるというの? ただ戦争をするだけでは飽き足らず、街に侵入して罪のない子どもまで殺すというの?


いや、レイナも言っていたではないか。帝国は人間以外の全種族を滅ぼすつもりだと。自分自身も、シャーレ時代に帝国の覇道について何度も聞かされ教育されている。


ネルドラ帝国が存在し続ける限り、また何度でも同じような悲劇は繰り返される。


「レイナ……」


「ん……?」


「私は……ネルドラ帝国を倒したい」


リザは、レイナの瞳をまっすぐに見据えそう口にした。冗談を言っている目ではない。レイナは、リザの瞳に強固な信念を見た気がした。


「……本気なの? あなた、もう戦いたくなくてここへ来たんでしょ? 帝国と戦うとなればまたあなたは誰かを殺すことになるのよ? それに、かつての仲間とも戦うことになるかもしれない」


「分かってる……でも、もう逃げない。帝国がある限り平穏はやってこない。鮮血のみんなとは……できれば戦いたくはないけど、邪魔をするのなら倒すしかない」


リザの瞳をじっと見つめるレイナ。出会ったばかりのときは、行き場をなくした子犬みたいな目をしていた。でも、今のリザは目に力が戻っている。


「……簡単な道じゃないわよ?」


「それでもやる。ネルドラは……絶対に私が倒す」


瞳に炎を宿したまま、リザははっきりと口にした。

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