第9話 一触即発

雑居ビルの地下に広がるシャーレ鮮血部隊の拠点。もともと地下街だった場所を改装した拠点は相当広く、各隊員の個室や訓練室、会議室、食堂などが完備されている。


「まあ、軍議で分かったのはこんなところよ」


ロの字形にテーブルが配置された会議室。ホワイトボードの前に立つ副長マリーは軍議で知り得た情報をボードへ書き出すと、糸のように細い目を隊員たちへ向けた。


「……マリー副長。やっぱりリザ隊長は自分の意思でいなくなったのでしょうか?」


艶のある黒髪を三つ編みのおさげにした少女、スミレがおずおずと口を開く。大人しく地味な印象の少女だが徒手格闘においてはシャーレ屈指の達人である。


「そういうことね。それに隊長がいなくなった事実が将校のあいだに広がってるとなると、おそらく憲兵隊が捜索していると考えられるわ」


「……いったいどうして……」


スミレの瞳に浮かぶ涙。以前の部隊にいたとき、徒手格闘の教官からセクハラを受け半殺しにしてしまったスミレ。危険視され行き場がなくなった彼女を受け入れた鮮血とリザにスミレは恩義を感じていた。


「……隊長は誰よりも聡明で強い人だったけど、嬉々として人を殺すような人ではなかった。私たちには分からない、積もり積もった何かがあったのかもしれないわね。」


マリーはテーブルに手をつくとそっとため息を吐く。そう、人間兵器だの冷酷夜叉だの言われているが、隊長は優しく繊細な人だった。


先の戦闘では古代魔導兵器・骸レクイエムまで使用し大勢の兵を殺戮するにいたった。あれがとどめとなり隊長のなかの何かが弾けてしまったとしても不思議ではない。


「だからって……俺たちに何も言わずにいなくなることねぇじゃねぇか……!」


金髪を丸刈りにした少年、キーマの握りしめた拳はテーブルの上で小刻みに震えていた。その顔には怒りの色も見てとれる。


「隊長はそれだけ追い込まれてたんだよ。んなことも分かんねーのかよハゲ」


手元の端末を弄りながらぼそりと呟いたのはアイリーン。ベリーショートの髪型がよく似合うボーイッシュな少女は、銃型魔導兵器ガンを扱わせたら右に出る者がいない巧者だ。


「誰がハゲだ! このクソビッチが!」


「あ? 誰がビッチだって? そのハゲ頭に風穴開けてやろうか?」


剣呑な空気を纏い始めた二人の姿を目にし、マリーは再度ため息を吐いた。


「落ち着きなよアイリーン。ほら、キーマは隊長にベタ惚れだったから仕方ないって」


「な、ななっ……何を……!」


アルシェがニヤニヤとした顔をキーマに向ける。あっという間にキーマの顔は真っ赤になった。


「ああ、そういやそうだったな。つかてめぇ、十五歳の小娘にベタ惚れってヤバいだろ」


「うるさい! 俺は十八だからそれほど年齢は変わらねぇだろ! つか隊長を小娘とか言ってんじゃねぇよ!」


と、二人のやり取りを遮るように、パンパンと手を打ち鳴らす音が会議室に響く。


「そこまでよ。話が進まないわ」


マリーが細い目を二人に向ける。


「それとアイリーン。隊長に向かって小娘はいただけないわね。舐めた口きくなら私の魔眼でぶち殺すわよ?」


「あ? やってみろよ。そもそも私はリザ隊長の強さに惚れて鮮血に入ったんだ。てめぇの下についた覚えはねえよ」


「へえ……面白いこと言うのね。上等だわ」


マリーの口角が下がり顔から笑みが引いていく。アイリーンも腰の銃に手をかけた。まさに一触即発、となったそのとき──


「……もっと建設的な話をしませんか? 時間の無駄です」


会議室の一番後ろに座する少女が静かに口を開いた。ゆるくウェーブがかかった栗色の髪を赤いカチューシャでまとめた少女、リンナ。


「副長。とりあえずこれからの方針を決めましょう。組織の一部である以上、いつまでも我々のスタンスが上層部に通用するとは限りません」


リンナはメガネを指で押しあげると、読んでいた本をパタンと閉じてマリーに目を向けた。


「そ、そうね……ごめんなさい」


「……悪い」


リンナの言葉に落ち着きを取り戻す二人。なお、会議中に読書をしていたリンナにはツッこまない。というかツッコめない。


現在十七歳のリンナは十歳のときに博士号を取得した大天才なのだ。鮮血では戦術を立案する参謀としての役割を担うリンナは、読書をしていても会話の内容すべてを記憶できる。


「えー……それではこれからの方針だけど……」



──キッチンの流し台で汚れた食器を凝視し続けるリザ。自分から洗うとレイナに言ったものの、何から手をつければよいのか分からない。


とりあえずスポンジを手に取る。何かが入った容器をぎゅっと絞り液体をシンクにぶちまけた。水を流しながらシンクのなかで食器を洗っていく……が。


「リザ、うまくやれて──!?」


リザの様子を見にキッチンへやってきたレイナは思わず絶句する。目に飛び込んできたのはシンクから溢れる大量の泡。リザの両腕が隠れてしまうほどの泡。


「な、なぜこんなことに……?」


苦笑いを浮かべるレイナに、リザは困ったような顔を向けた。


「……最初に洗い方を教えてあげればよかったね。ごめんね」


レイナはリザの横に立つと、大量の泡を何とか水で流していく。スポンジへ適量の洗剤を垂らし、手際よく食器を洗っていく様子をリザは真剣な目で見つめた。


「これで……最後にもう一度水で洗い流して、タオルで拭けば完了よ」


「なるほど……」


感心したように呟くリザにレイナは優しい視線を向ける。常識知らずの不思議な子だが、この子の壮絶な生い立ちを考えれば無理もない。いろいろとやらかすものの、何だか妹が帰ってきたようでレイナは嬉しかった。


と、そのとき──


外から大きな音が聞こえてきた。街全体に響き渡るほどの大音量。何かの危険を知らせる警報のようにリザは感じた。


「……襲撃ね」


ぼそりと呟いたレイナは、窓の外へ鋭い視線を向けた。

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