第10話 狙われる理由

けたたましい警報音が街中に響き渡る。窓の外へ目をやると、すでに人通りはほとんどなくなっていた。


「リザ、こっちへ!」


レイナはリザの手を引いてダイニングへ向かうと、壁に設置されていた赤いボタンを押した。フローリングの一角が自動で開き地下への階段が現れる。


「さあ早く下へ!」


「レイナは?」


「私にはこの街を守る義務があるわ。あなたはここに隠れていること。いいわね?」


有無を言わさぬ強い物言いに戸惑うリザ。そんな彼女にレイナは優しく微笑みかける。


「大丈夫、今鳴っている警報音が示している危険度は低いから。すぐに戻るわ」


そう口にするとレイナは踵を返し家の外へ飛び出していく。地下への階段を降りかけたリザだが、やはりレイナのことが気になった。


軍人としての習性で何が起きているのか把握しておきたい気持ちも芽生える。リザは階段を途中で引き返すと、あたりを窺いつつ家を出た。


依然として警報は鳴り響いている。リザは通りを走り抜け街の入り口へと向かった。


街は高さ二メートルほどの壁で囲われており、正規の出入り口は二箇所しかない。そのうちの一箇所へ向かったが、出入り口は封鎖されていた。


飛翔魔法で上空へ移動したリザの目に飛び込んできたのは、街へ向かってくる軍の姿。規模は一個中隊、兵数はおよそ二百名。


「あの軍服……グルド王国……?」


グルド王国はネルドラ帝国と国境をなす国の一つである。独立国家ではあるものの、何年か前から帝国の属国となっていた。


なぜグルド王国がアルミラージュの街を? 疑問を抱きつつ眼下を見やると、アルミラージュ側も戦闘態勢を整えていた。


が、明らかに数で負けている。おそらく五十名もいないだろう。いくら世界屈指の戦上手とは言え、一個中隊を相手するには心許ない兵数だ。


中隊は少しずつ歩みの速度を上げ、遂にこちらへ向けて走り始めた。お互いの距離が少しずつ縮まる。


どうする? このままでは街のなかにまで侵入されるかもしれない。戦う? でも、私はもう……。


中隊との距離は遂に五十メートルを切った。いよいよ双方が衝突する。と思った刹那──


雲を切り裂き一筋の光が地上に降り注いだ。凄まじい爆音が響き爆風が吹き荒れる。リザは思わず顔を腕で覆った。


「……今のは?」


光が降り注いだあたりに激しく舞いあがる土煙。薄目で様子を眺めていると、風で土煙が少しずつ流れ始めた。


目に飛び込んできたのは驚くべき状況。先ほどまでそこにいたはずの一個中隊が影も形もなく消失せしめていた。地面には巨大なクレーターもできている。


「これはまさか……天威……?」


話に聞く謎の現象。過去にいくつもの都市が天威によって消滅したという。目の前で起きた衝撃的な出来事に、普段感情が乏しいリザも驚きを隠せなかった。


武装したアルミラージュたちがこぞって勝鬨をあげる。リザはその様子を一瞥すると、ふわりと地上へ降り立ち急ぎレイナの自宅へと戻った。


リザが帰宅したあと、それほど間を空けずレイナも戻ってきた。先ほどの衝撃的な出来事がどうしても忘れられず、リザは目にしたことを正直に話した。


「……もう。危ないから出ちゃダメじゃない」


レイナは小言を口にしつつお茶を淹れ始める。芳ばしいお茶の香りがダイニングに広がった。


「そう言えば詳しく話してなかったわよね。アルミラージュが狙われる理由」


「……うん」


リザは軽く頷きお茶を口にする。独特の苦味が癖になりそうな味。レイナも静かにお茶をすすると、一呼吸置いてから口を開いた。


「私たちアルミラージュはね、天の威を借る者と呼ばれているの」



──失敗した。こんなところに逃げ込むんじゃなかった。特殊魔導戦団シャーレ、鮮血の副長マリーは思わず歯ぎしりした。


潜入した敵国で破壊活動中に武装した治安部隊に見つかったマリーは、使用されていない工場跡に姿を隠した。


だが、工場のなかはほとんどの物が撤去され、身を隠せる場所がほとんどなかった。そうこうしているあいだに治安部隊の応援が次々と到着し工場を包囲していく。


いちかばちか斬り込むか。いや、さすがに一人ではきつい。かと言って援軍は期待できない。ほかの隊員は任務を終え所定の場所で落ち合っているころだ。


魔眼を解放しても焼け石に水だ。そもそも魔眼は多人数相手の戦闘には向いていない。


「打つ手なし……か」


笑みを貼りつけたままそっと息を吐く。と、工場のなかへ何人か入ってきた。しまった、見られたか。


「いたぞ! こっちだ!」


柱の陰に身を隠し先頭の男を銃撃する。立て続けに銃撃し三名ほど倒したが、すぐさま応援が駆けつけこちらを蜂の巣にせんとばかり銃弾を撃ち込んできた。


「くっ……! 鬱陶しい……!」


マガジンを入れ替え再び半身で銃を構えるも、敵の放った銃弾が肩を弾いた。


「ぐっ……!」


ここまでか。覚悟を決めたそのとき──


突然目の前で何かが光り、雷を纏った巨大な獣が姿を現した。獣はマリーを銃弾から庇うように立ちはだかると、猛々しい咆哮をあげる。


刹那、耳をつんざくような音を伴い雷が治安部隊に降り注ぐ。かろうじて雷を避けた者も、雷獣の爪と牙で引き裂かれることになった。


「こ、これは隊長の雷獣……? なぜ……?」


敵を蹂躙しているのは紛れもなく鮮血の隊長、リザ・ルミナス所有の古代魔導兵器・骸レクイエム「雷獣」。いったいなぜここに……? 


「マリー、大丈夫?」


工場の床に倒れる死体を避けるようにこちらへ向かってくる小さな人影。シャーレの人間兵器、精鋭中の精鋭と評される鮮血の隊長リザ・ルミナスである。


「リ、リザ隊長……どうして……?」


「あなただけ戻ってなかったから。治安部隊が次々とどこかへ向かっていたから場所も特定しやすかった」


特に表情を変えることなく言葉を紡ぐリザ。雷獣をもとの腕輪に戻して装着すると、マリーに向き直る。


「……しゃがんで」


「え?」


「しゃがんで。肩、治療するから。私背が低いから届かないでしょ」


「あ! すみません!」


「ん。『治癒ヒール』」


幸い銃弾は貫通していたため治癒魔法のみで治療は終わった。おかげさまで傷も残りそうにない。


「ありがとうございます、隊長。あと、迷惑かけて──」


「マリー」


謝罪を口にしようとしたマリーの言葉をリザが遮る。


「帰ろう」


そう口にするとリザは踵を返して歩き始めた。



──「リザ隊長!」


目に飛び込んできたのは見慣れた天井。マリーはベッドからゆっくりと半身を起こした。そうだ、ちょっと疲れたから仮眠してたんだ。


「……夢」


マリーはベッドの上で両拳を強く握りしめる。


「隊長……どうして一人でいなくなっちゃったんですか……!」


マリーの頬を熱いものが流れ落ちた。

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