第8話 鮮血部隊

特殊魔導戦団シャーレ。諜報から誘拐、暗殺、戦場での戦闘までこなすネルドラ帝国の矛であり暗部である。


全五つの部隊で構成され、所属する隊員は一騎当千。なかでも鮮血部隊は生え抜きの精鋭ばかりで構成される最強の部隊だ。


軍本部近くにある雑居ビル、その地下にシャーレ鮮血部隊の拠点はある。軍議に参加した鮮血の副長マリーと護衛の双子は、尾行がないことを確認しビルに入るとすぐエレベーターへ乗り込んだ。


「思ったより情報は集まらなかったわね」


笑顔を貼りつけたままのマリーが呟く。


「……ちっ。あの野郎マジでムカついたぜ。副長が止めなきゃ喉掻っ切ってやったのによ」


かわいらしい顔立ちに金髪のツインテール。双子の妹、アルシェが眉間にシワを寄せたまま歯噛みする。


「んもーアルシェ、そんな言葉遣いしちゃダメだよー? それに副長の魔眼で死んだんだしいいじゃない」


のんびりとした喋り方で諌めるのは双子の姉マルシェ。髪色も髪型もアルシェと同じなので、鮮血の隊員しか区別できない。


「何言ってんだよ、姉貴だってあのときナイフ抜いて飛びかかろうとしてただろうがよ」


「だってー、隊長を処刑にするとか舐めたこと言うんだもん」


ぷう、と頬を膨らませるマルシェに、アルシェがジト目を向ける。とてもかわいらしい美少女の双子だが、以前所属していた部隊では命令違反を繰り返し、叱責した上官を殺害するという暴挙に及んだ過去がある。


「はいはい、そこまでよ。とりあえず皆んなに報告したあと今後のことを考えましょう」


エレベーターの扉が開くと目の前に重厚な鉄の扉が姿を現す。扉に設置された掌紋認識システムにマリーが手のひらをかざすと、扉が静かに開き始めた。


「ただいま」


「おかえりなさい、副長」


丁寧なお辞儀でマリーたちを出迎えたのは、暗殺姫の異名をもつハイネ。世界中の毒や薬物、暗器に精通した暗殺のスペシャリストである。


「ちょっと、ハイネ。私たちもいるんだけど」


アルシェとマルシェが腰に手を当てて仁王立ちしながら、ハイネに鋭い視線を向けた。


「あら、あまりにも小さくて見えなかったわ。ごめんなさいね」


高身長かつメリハリがある魅力的な体つきのハイネが、低身長のアルシェとマルシェを高いところから見下ろし嘲笑する。


途端に始まる殴り合いのケンカ。いつもの見慣れた光景ではあるものの、マリーはこめかみを揉みながらため息を吐く。


「はぁ……隊長がいてくれたらこんなケンカもすぐ収まるのに」


その言葉に三人の動きがピタリと止まる。以前はケンカが発生するたびにリザが強烈なゲンコツや投げ技を繰り出し収めていた。


「くそっ……いったいどこ行っちまったんだよ隊長……!」


掴んでいたハイネの胸ぐらから手を離したアルシェは、力任せに壁を殴りつけた。石膏ボードの壁に穴があき足元に石膏のかけらがパラパラと散らばる。


「……とりあえず全員会議室へ集合。話はそれからよ」



──ノックをして部屋の扉を開けたレイナの目に、不思議な光景が飛び込んできた。


「な、何してるのリザ?」


ベッドの上に座ったリザは、片足を抱えて足の指先にナイフをあてている。


「ん……爪切ろうかなって」


「……ナイフで?」


「ナイフで」


ため息を吐きがっくりとうなだれたレイナは、リザの手からナイフを取り上げた。


「危ないでしょ? 爪切りがあるからちょっと待ってて」


レイナは一度部屋を出ると爪切りを携え戻ってきた。初めて目にする爪切りにリザは困惑する。


「もしかして、爪切りも見たことない?」


「うん。刃物は……」


「戦闘用のナイフしか知らない、だったわね」


レイナはベッドに腰かけると、リザの足を自分の膝に乗せて爪を切り始めた。パチン、と音がするたびにビクッとするリザ。


「はい、切れたよ」


「ありがとう」


足の指先をまじまじと眺めるリザに、レイナは怪訝な目を向ける。軍人とは言え、十五歳の少女が包丁も爪切りも見たことがないというのは奇妙だ。

 

「ねえ、リザ。あなた、これまでいったいどんな生活をしていたの?」


「どんな?」


「軍人なのは分かるけど、それにしてもあなたはいろいろ知らなすぎると思ったの」


不思議そうな表情を浮かべていたリザだったが、その顔が少し曇ったようにレイナは思えた。


「……私には魔法の才能があったから、小さいときからずっと訓練だった。小さな部屋に閉じ込められて、訓練以外は部屋から出られなかったし……」


ぽつぽつと話し始めるリザ。想像を絶する生い立ちにレイナの顔が驚愕に染まる。


「家族は……一応ママがいるけど仕事のこと以外話したことない」


「……寂しかった?」


「分からない……でも、隊員たちがいたから……」


リザの脳裏に浮かぶ鮮血の隊員たち。今思えば寂しいという感情を抱くことは少なかった気がする。


「隊員たちがあなたにとって家族だったのかな?」


「家族……? いや、多分怖がられてたと思うし……」


ときに自分より年上の隊員を力づくで押さえつけてきた。きっと皆んな私のことを怖がっていたか鬱陶しく感じていたはずだ。


「……一人になったとき寂しくはなかった?」


「……少しだけ……寂しかった気もする」


レイナはリザの小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「ねぇ、知ってる? 兎は寂しすぎると死んじゃうんだって」


「……兎はレイナだよ」


レイナに抱きしめられ温もりを感じていると、何故か分からないけど涙が零れた。


誰かに命じられて人を殺すのが嫌で逃げ出し、その結果帰る場所をなくした。いろいろな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあい、止めどなく涙が零れる。


「大丈夫……あなたは一人じゃないから」


声をあげて泣くリザをレイナはいつまでも抱きしめ続けた。

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