第3話 行き倒れ

「まだ見つからないのか!?」


ネルドラ帝国の軍事司令官室。眼光鋭い女性司令官から叱責を受けているのは憲兵隊の隊長アトスである。


一週間前、帝国は王国との初戦に大勝した。五千の兵力で一万の王国軍を完膚なきまでに叩きのめした。


それもこれもすべて、特殊魔導戦団シャーレ最強の人間兵器、リザ・ルミナスのおかげである。


が、勝ち戦の立役者であるそのリザが、戦いのあと行方知れずになった。戦死していないのは確認済みだ。


敵に拉致されるようなヤワな兵士でないことも、軍の人間なら誰でも知っている。つまり、リザは自らの意思で姿をくらましたということだ。


「王国との戦争はまだ始まったばかり。リザがいなくては計画が丸潰れだ。憲兵隊長、それは貴様も理解しているだろう?」


「は。もちろんです」


「ではさっさと草の根分けてでも見つけ出せ! 見つけ次第力づくでも連れ戻すんだ!」


ネルドラ帝国軍の最高司令官、シャラは鋭い目で睨みつけながらドスのきいた声で怒鳴りつける。顔には怒りの感情がありありと浮かんでいた。


コメツキバッタのようにひたすら頭を下げた憲兵隊長が部屋を出ていくと、シャラは椅子に腰かけ天井を仰いだ。


三十代半ば、妖艶な色香を纏う女司令官は、軍帽を脱ぐと苛立ちで頭を掻きむしった。


リザはシャーレにも軍にも、帝国にも私にとっても不可欠な人材だ。帝国にとってリザは最強の兵器。


生まれ持った魔法の才能に幼い頃から磨きあげてきた戦闘技術。もしリザが他国にくみしたと考えると怖気おぞけが走る。


それに、リザは古代魔導兵器・骸レクイエム「雷獣」を所有している。あれが他国に渡るのはそれこそ悪夢だ。


古代魔導兵器・骸は通常の魔導兵器とはまったく別物の存在だ。現代の魔導兵器は科学と魔法を融合させる技術のもと製造開発されている。


一方、古代魔導兵器・骸は意図的な開発ができない。ドワーフのなかでも名工と呼ばれた匠が、自らの意思で体を兵器化したものが古代魔導兵器・骸である。


より強い武器、兵器の開発にとり憑かれたドワーフが自らの命を捧げて兵器化した姿。現在、骸は世界に数えるほどしかない。


国が所有しているケースが多いものの、使い手との相性があるため使いこなせず宝物庫で埃を被っていることも多いと聞く。


リザは古代魔導兵器・骸の希少な使い手なのだ。一刻も早く見つけなくては。シャラは窓の外へ鋭い視線を向けた。



──あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。戦いの趨勢が決まり、自身の周りに転がるいくつもの物言わぬ亡骸を目にし何もかも嫌になった。


雷獣を使うのも自ら魔法やナイフを使って戦うのも。とにかく誰かを傷つけることに嫌気がさした。


命じられるままに戦い誰かを殺すことが自身の存在意義だと思っていた。でも、だからと言って人を殺すことを何とも思っていないわけじゃない。


誰かを殺めるたびに自分のなかの何かが削られていく気がした。魂というものが本当にあるのなら、それが削られていたのだと思う。


あの戦場で大勢の兵士を手にかけ、いよいよ削るものが何もなくなった。とにかくあの場所から逃げ出したくて、あてもなく飛び続けた。


おそらく軍とシャーレは大騒ぎになっているだろう。もう戻るつもりはないが。いや、戻れない、が正しいか。なぜならここで死んでしまうかもしれないから。


心残りがあるとすれば鮮血部隊の隊員たち。私がいなくなったせいで大変な目に遭っているかもしれない。貴重な隊員だから無下に扱われることはないとは思うけど。


こんな隊長で申し訳ないと思う。ああ、寒いな。お腹も空いた。しばらく食べていない気がする。


リザはゴロリと仰向けになった。太陽の光は眩しいが気温が低く、地面から伝わる冷気が背中を刺した。


もう死んでもいいや。そんなことを考えていたところ──



「ねえ、大丈夫?」


突然声をかけられたことに驚きリザはパッと目を見開く。気配をまったく感じなかった。


上から覗き込んできたのは、自分よりやや年上に見える女の子。何やら心配そうな視線を向けている。


「ん……大丈夫……ではない」


何と答えていいのか分からず、とりあえずリザは正直に答えた。


「女の子がこんなとこで寝てちゃ危ないじゃない。ほら、体もこんなに冷えちゃって」


ひょいっと抱き起こされたたうえに、ぎゅっと抱きしめられリザは激しく面食らう。今までに感じたことのない温もり。何となく恥ずかしくて思わず離れてしまった。


と、先ほどまで疲労と空腹で気づかなかったが、彼女の頭の上にはかわいらしい耳がぴょこんとはえていた。


「……獣人?」


「ええ、私は兎獣人アルミラージュのレイナ。あなたは?」


「……リザ」


初めて目にする獣人に戸惑いつつも名乗ったリザは、物珍しそうにマジマジとレイナに視線を巡らせる。


獣人とは言うものの見た目は人間と何ら変わらない。頭上の耳がなければ人間と言われても気づかないだろう。


肩まである白い髪がキラキラと煌めいて美しい。ショートパンツからすらりと伸びた脚も魅力的だ。


「ん? この国章って……」


リザの戦闘服、その胸元に縫いつけられた国章を目にしたレイナが眉根を寄せる。


「……もしかしてあなた、ネルドラ帝国の兵士?」


「……今は違う。逃げてきた……」


俯きぼそりと答えるリザの真偽を見極めようとしているのか、レイナは何も言わず彼女の全身を見やる。


「どうしてこんなとこで倒れてたの?」


「理由なんてない……もう何もかも疲れて動けなくなっただけ」


レイナはリザの瞳を覗き込む。目に生気がない。これが演技なら大したものだ。


「……死にたいと考えてるの?」


「死にたいわけじゃないけど……死んでもいいかなとは考えてる」


この子は何かに絶望している。レイナは直感的にそう感じた。放っておけばおそらく本当に死んでしまうだろう。


「……生きていれば必ずいいことがあるわ。さあ、おいで。一緒に行きましょう」


レイナは俯いたままのリザに手を差し伸べる。一瞬驚いたような表情を浮かべたリザだが、戸惑いながらもそっと彼女の手を握った。


手のひらにじんわりと伝わる温もりが何故か嬉しかった。

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