第2話 開かれる戦端

世界屈指の大国であり、世界の覇権を狙うネルドラ帝国は隣接するセレナリア王国に宣戦布告した。セレナリア王国はネルドラ帝国に匹敵する国力と軍事力を有する国である。


双方の軍は国境近くに布陣した。まだ戦端は開かれていないものの、それも時間の問題だ。軍の規模は、ネルドラ帝国が五千なのに対しセレナリア王国は一万。倍の規模である。しかも、一方的にケンカを売られたセレナリア王国軍の士気は相当に高い。



「くそったれな帝国軍め。徹底的に叩きのめしてやる」


セレナリア王国軍を率いるランサー将軍は、将校を集めた軍議の席でそう息巻いた。かつては戦場の狼とも呼ばれた歴戦の戦人である。


「その通り。世界をネルドラ帝国が統一するなどという考えがいかに驕った考えか、知らしめてやる必要がありますな」


将校たちの鼻息も荒い。兵数が倍近く上回っているため、彼らは万が一にも負けるなどと考えていないようだ。


「魔導兵器部隊の配置はどうなっている?」


「は。最前線に布陣させております」


「うむ。我が軍が誇る魔導兵器部隊の強さ、奴らに思い知らせてやろうではないか」


科学と魔法の力を融合させた魔導兵器。魔法が廃れたこの世界において、戦争の中心となるのが魔導兵器である。銃型や剣型、大砲型などさまざまな魔導兵器が存在するが、どれも魔力を通すことで本来の力を発揮する。


魔法が使えずとも、魔力さえ有する者なら誰でも魔導兵器を扱えるため戦争では重宝されているのだ。そのため、多くの国が独自の魔導兵器開発に力を入れている。


と、そのとき。本陣でテーブルの上に広げた布陣図を眺めていたランサー将軍のもとへ伝令の兵が駆けこんできた。


「申しあげます。敵軍に動きがあり、我が軍の最前線の兵が動揺しているようです」


「動揺だと? 何故だ。いつ戦端が開かれるか分からない状況なのは前線の兵どもが一番理解しているはずだ」


「そ、それが……」


伝令兵からそっと耳打ちされたランサー将軍は、一瞬驚きの表情を浮かべた。


「……分かった。私自ら前線に赴こう。ライコウ軍師! ご同行を願いたい!」


「ふぉっふぉっふぉっ。将軍自ら前線に赴くとは。よほどのことが起きているのですかな?」


ライコウ軍師は長きにわたりセレナリア王国の軍事に携わってきた重鎮である。かつて幾度にもわたる戦争で王国を勝利に導いてきた国の守護神とも言うべき存在。王国軍の士気が高いのもライコウ軍師が従軍しているからである。


二人は伝令兵に案内してもらい最前線の近くまで足を運んだ。たしかに伝令兵が口にした通り、兵たちが浮足立っている。その理由はすぐに分かった。



「あれのせいか……」


ランサー将軍が視線を向ける先。帝国軍の前線よりさらに前方、その上空に一人の少女が浮いていた。


「ほお……魔法を使う兵士ですかな。飛翔魔法を使いこなしているところを見ると、相当な手練れと見える」


ライコウ軍師が顎の髭をさすりながら独りごちた。


「ふん……魔法を使うとは言ってもたかが一人だ。恐れることは何もない」


「ふぉっふぉっ。たしかにその通りですじゃ。魔法兵士と言えど軍の規模にこれほどの差があれば――!?」


懐から双眼鏡を取り出し宙に浮く少女を見やったライコウ軍師が息を呑む。


「……む? どうなされた、ライコウ軍師?」


双眼鏡で宙を凝視し続けるライコウ軍師に、ランサー将軍は怪訝な目を向けた。


「……まずいですぞ将軍」


「何がまずいのかな?」


「短身痩躯、遠目からでもはっきりと分かる燃えるような紅色の髪。あれなるは帝国が誇る特殊魔導戦団シャーレの人間兵器。最強の部隊と名高い「鮮血」の隊長にて精鋭中の精鋭と評される兵士、リザ・ルミナスですじゃ」


特殊魔導戦団シャーレ。それは帝国が誇る最強の特殊部隊である。暗殺から戦働きまで何でもこなす帝国の矛であり暗部。


「何と……まさかシャーレまで動員してくるとは……! 奴ら、此度こたびは本気で王国と戦争する気だな……!」


「シャーレを動員したことも驚きですが、リザ・ルミナスを戦場に投入するなど……さて、どうなされる、将軍」


ライコウ軍師の顔色はよくない。直接干戈かんかを交えたことはなくとも、リザ・ルミナスの噂は嫌というほど耳にしている。


天才暗殺者、魔法の申し子、冷酷夜叉、紅い災厄。リザ・ルミナスの名は世界各国の軍、諜報関係者に轟いている。


「とりあえずは様子見、といきたいところだが、どうやらそうはさせてくれないらしい」


先ほどまで宙に浮いていた少女がこちらに向かって飛んでくる姿が二人の目に入った。王国軍の前線近くで止まった少女は、細い手首に装着していた腕輪のようなものを上空から地上に落とした。それを見た瞬間、ライコウ軍師の顔が驚愕に歪む。


「ま、まさか……噂は本当じゃったのか……!」


「な、何だ!? いったい何だと言うのだライコウ軍師!?」


少女が落とした腕輪が眩しい光を放つ。次の瞬間――


王国軍の目の前に現れたのは雷を全身に纏った巨大な獣。全長五メートル弱はあろうかという虎のような獣は、低い唸り声をあげながら王国軍に狂暴な視線を向けた。


「あれは、古代魔導兵器・骸レクイエムのひとつ「雷獣」……まさか本当に帝国が所有していたとは……!」


刹那、巨大な雷獣が戦場一帯に響き渡るほどの大声で遠吠えを発し、そのまま王国軍へと躍りかかった。なすすべなく倒れていく王国軍の兵士たち。


巨大な手足で踏みつぶし、体を喰いちぎり、尻尾で殴りつけ、離れている者には強烈な雷撃を見舞う。一瞬にして王国軍が誇る魔導兵器部隊は壊滅状態に陥った。


「ば、ばかな……! こ、こんなことが……!」


目の前で起きている惨劇が信じられず、ランサー将軍は思わずその場にへたり込んでしまう。そのとき、宙に浮く少女が自分のほうを指さしているのを目にした。


気づくと、目の前に巨大な雷獣が立ちふさがり自分を見下ろしていた。こんなことがあっていいわけがない、このような理不尽な力――


ぱっくりと開いた雷獣の口が近づいてくるのを凝視しながら、将軍はその生涯を終えた。



戦争の趨勢すうせいは決まった。雷獣に散々蹂躙じゅうりんされた王国軍は、そのあともリザに上空からしこたま魔法を撃ち込まれまたたく間に潰走かいそうする羽目になった。


兵士たちがなすすべなく血まみれとなり肉塊へと姿を変えていく様子を、リザは上空から眺める。これは戦争だ。戦争なんだ。だから敵兵は殺すしかないんだ。


爪で手の平の皮膚が破れるほど拳を強く握りしめる。ふわりと地上へ降り立ったリザは、動きが鈍くなった雷獣を回収し、元通り腕輪にして装着した。


いまだ耳に聞こえる阿鼻叫喚あびきょうかんの声。生臭い血の匂いが鼻腔にこびりつきそうだった。周りには目を見開いたまま死んでいった兵士たちの亡骸。



「ママ……私はこの先……あと何人殺せばいいの……?」


空を仰ぎ一人呟く。涙が伝う頬を冷たい風が勢いよく殴りつけた。

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