第二章 後宮始末官誕生! ⑥

「あ……でもあの黒い鎧の人、私に『生きていたのか……』って言ったような気がしたのよね。それで殺そうとしたような」

「そうなの? 生きていたのか……不思議な言葉ね? 人違いか、聞き間違いではないの?」

「そうよね。あのときは周囲も騒がしかったし、きっと聞き違いね」


 しかし、聞き違いにしてもなにを言ったのか少々気になった。恐らくは『俺の行く手を阻むとは生意気』だとか『そこをどかないとは、殺されたいようだな』だとかいうことだとは思う。


「それより、その後宮始末官……? 大変そうな仕事だけれど、翡翠ひとりで大丈夫?」

「うぅ、実は不安なのだけれど。でも旺柳が手伝ってくれるから」

「旺柳って?」


 首を傾げる佳耀に旺柳との再会について熱っぽく話した。まさかそんな再会があっただなんて、運命的ね、と佳耀はうっとりと微笑む。翡翠が信頼を寄せる人に手伝ってもらえるならば、きっと上手くいくわよと言ってくれたのが心強い。


「もしよかったら私にも手伝わせてくれないかしら? 身体はまだ本調子でないにしても、面談を手伝うくらいはできるわ」

「それは有り難いわ! 旺柳が手伝ってくれるとはいえ、彼は皇帝の側近としての仕事もあるので、ずっとつきっきりでというわけにはいかないのよ。……あ、でも始末官の手伝いをすることで、佳耀もみんなに恨まれてしまうかもしれないわ」


 今のところ、あまり歓迎されない仕事なのよね、と言うと佳耀はそれはそうよね、と頷いた。やはり陽光皇帝に取り入って、彼の手先になったのだと思えてしまう、と。


「きっとみんなそのうち分かってくれるわよ。翡翠が後宮のみんなことを思って、始末官の仕事を引き受けたんだって」

「そう言ってくれると嬉しいわ」


 そしてその翌日から、翡翠と佳耀と旺柳で、後宮に住まう者とひとりひとり面談することになった。




 面談は先日皆を集めた白景の間と同じ白煉宮にある白廊はくろうの間でと決めて、今後どうするかひとりひとり話を聞くので来て欲しいとお達しを出したはずなのに、それに応じて来る者はいなかった。


「おかしいわね、伝令係に頼んで、場所も時間もちゃんと伝えたはずなのに?」


 翡翠は白廊の間の真ん中の椅子に腰掛けてつつ、首を傾げた。


 白廊の間はちょっとした会合があるときに使われる部屋で、五人ほどが入ればいっぱいになる小さな部屋である。そこに翡翠と佳耀と旺柳がいて、ひとりずつ面談をすることになっていた。

 話しやすいようにと、対面に椅子を配置するのではなく、輪になるように配置した。部屋の外には、なにかあったときのために皇帝が秀亥につけてくれたという見張りの兵がいた。それは皇帝からの勅命を告げる書を持ってきた例の警備兵で、あれ以降、どうやら後宮関連の仕事を申しつけられることになってしまったようだ。本人にとってよいのかどうか分からなかったが、旺柳と彼は仲がよいみたいで、よくひそひそと話していた。


 そして面談では、主に翡翠が話を聞き、旺柳はその補佐役となることを決めた。佳耀は書記を引き受けてくれた。

 準備万端整え待っていたのだが、どんなに待っても誰もやって来る気配がない。


「あのね……翡翠、言いにくいことだけれど」

「分かっているわ、きっと私に話を聞いて欲しいなんて人はいないのね」

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