第二章 後宮始末官誕生! ⑤

「少なくとも玄大皇帝の支配下ではそうだったわ。その前の皇帝のときはそれほど酷くなかったそうだけど……。今度の皇帝は後宮を廃止すると言うし。そのときの皇帝によっていろいろと変わるものね」


 特に意識せず言った言葉だったが、旺柳はなにかを考え込むような表情となった。

 旺柳がどれだけ皇帝に近い側近かからないが、なにか皇帝が間違ったことをしたときに、それは違うと進言できるような立場であったらいいなと思う。旺柳が政治の中心にいれば、この国も変わるような気がするのだ。


「とにかく、これからどうするか、よね。さきほど旺柳が言ったように、皇帝には後宮廃止を撤回するような気はないようだから」


 翡翠が言うと、旺柳はそうだよね、と応じた。


「まずは、後宮を出て行きたいと願っている人たちのことは準備ができ次第、後宮から解放するべきだと思うの、皇帝の気が変わらないうちに」

「そんな急に気を変える人ではないけれど……。でもそれがいいだろうね。次々と人が出て行って、後宮に人がいなくなったら、自分も、という人も出てくるかもしれない」

「そう期待したいわ。一度、みんなの意志を確認した方がいいかも。自分が仕えている妃嬪に気を遣って、本当は出て行きたいのに出たくないと言っている人もいるように思えるの。逆もありそう」


 そのために後宮に居る者たちの名簿を手に入れる必要があると述べた。これは尚宮局しょうぐうきょくの女官に頼めば入手できるだろう。そして、ひとりひとり呼び出して面談して希望を聞くべきだ、とも。そのときに行く当てがあるのか聞くのも大切だろう。後宮にこれ以上居るのはごめんだと飛び出して行ったはいいが、行く当てがなく、路頭に迷うようなことになってはいけない。翡翠は、この後宮にいる人たちみんなに、望むような人生を歩んで欲しい。


「やっぱり翡翠を後宮始末官に任命してよかった!」

「え……?」

「……って、きっと皇帝も思っているだろうな。間違いないよ!」


 旺柳に肩を叩かれて、別に皇帝に媚びを売るつもりはなく、皇帝に気に入られようがなんだろうがどうでもいいのにな、と思いつつ、適任だと言われるのは嬉しくて、大きく頷いた。



※                



「そんなこんなで、後宮に居る人たちに希望を聞くことになったの」

「ええ、それがいいわ。特に立場が弱い女性は、他の人がそう言っているから自分もそうしようとか、他の人に遠慮して自分の希望を言い出せない人もいると思うから」


 佳耀にそう認められたことが嬉しい。


 翡翠は緑寧宮にある佳耀の部屋に居た。さすがは女官が住まうところだけあり調度類も豪華で、飾りが付いた箪笥や円卓、座り心地がよさそうな椅子が三脚置いてあった。

 佳耀は大怪我を負ってからずっと寝込んでいたが、ようやく熱が下がって、そろそろ床払いができそうと聞きつけて見舞いに来たのだった。


 寝台に座る佳耀の腕には包帯が何重に巻かれていて、それを見るにつけ、申し訳ない気持ちになる。


「私、後宮守だったのに佳耀に庇われてしまうなんて。しかも、そんな傷を負わせて」

「気にしないで。私が勝手にしたことなんだから」


 佳耀はゆったりと微笑むが、長く寝ていたせいなのか頬がこけて、唇もかさかさに乾いていた。早く元気になって欲しくて、翡翠は滋養がある棗や栗が入った粥を佳耀にすすめる。食欲がないのよ、と言われても、無理してでも食べないと食欲も戻らないわよ、と少し強引に食べさせた。


「でも……佳耀が庇ってくれなかったらきっと私、今頃この世にいなかったわ。私のこと、確実に殺そうとしていたもの」


 今思い出してぞっとする。


 翡翠を殺そうとした、あの黒い鎧の者……その者から立ち上る殺気に怖じ気づき、手足が震えて、逃げようにも地面に足が縫い付けられたように動かなかった。佳耀が庇ってくれなかったら、首を飛ばされたか、心臓を一突きされたかで、その短い人生を閉じていたことだろう。

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