第二章 後宮始末官誕生! ④
「素晴らしい案のように思えます」
「わたくしも、橘徳妃の案に賛成ですわ」
確かに、言われてみればそれが一番よいように思う。後宮から解放されたいと思われるものは出て行くことが許され、ここに残りたい思う者は残ることができる。不満も出づらいだろう。だが……。
「そういうわけにはいかない。後宮は廃止する、それは決まったことだ」
旺柳ははっきりと言い切った。そこには断固たる意志が込められていた。
「だから、その決定事項を覆せないか、と言っているのです」
橘徳妃が食い下がるが、旺柳は首を横に振る。
「ならば後宮の人々を生かす、という決定事項も覆る可能性がある。こちらの決定に異議を唱えるなど、やはり後宮など厄介なだけだ。今すぐそこに居る者たちを処刑せよとの勅命が出る可能性もある。それでもよいですか? よいのならば、皇帝に伝えてみます」
旺柳のひと言に、橘徳妃は口を閉じ、それ以上はなにも言わなかった。
そして、寿黄も他の者たちも口々にぶつぶつとなにか言いながら部屋から出て行った。翡翠はそれを見送りながら、これから待ち受けている困難を考えてため息を吐き出した。
「……驚いたよ、皇帝が処刑を撤回したのだからもっと喜んで、翡翠のことを褒め称えると思っていたのに」
翡翠の隣で、同じように皆を見送りながら旺柳が言う。
「そうね、少しは異議が上がるとは思ってはいたけれど、ここまでの反発を受けるとは思っていなかったわ」
「みんな言いたい放題でまいったよ……翡翠がどんなに苦労して処刑を撤回させたか分かっていない。だいたい、後宮から解放してやるというのだから、喜んで出て行くべきじゃないのか?」
憤る様子の旺柳を見ると、有り難い気持ちになった。そうやって彼が怒ってくれるから、翡翠は少し冷静な気持ちになれた。
「私もそう思っていたの。死ぬより出て行く方がましだから、受け入れてくれるだろうって。でも考えが甘かったわ。出て行け、と言われて行く先がない人もいるもの……」
まさか、処刑されたほうがまだよかったとまで言われるとは考えてもおらず、まるで鈍器で頭を殴られたような気持ちになった。
自分には帰る故郷がある。しかし、そうではない人も居るのだ。
そんな人たちには、長く暮らした後宮を離れて、身も知らぬ場所に行くのは死ぬよりも辛いことかもしれない。反発する声が出ても当然だ。
「そんな人たちも、後宮から出て行かせるのが私の仕事なのよね。気が重いわ」
つくづくとんでもない役割を引き受けてしまったと陰鬱な気持ちになってくる。
「あの……翡翠がどうしても嫌だと言うならば、皇帝に頼んでみてもいいけれど? やはり皇帝の配下から後宮始末官を選ぶように」
「いいえ、それは駄目よ。だって、さっきの橘徳妃みたいな意見が出て来たとき、皇帝の配下の人ならば『なんと、皇帝の温情を踏みにじるような発言、許されぬ! 無礼打ちにしてくれる!』なんてやりかねないもの」
「無礼打ちなんて、そんな乱暴なことはしないと思うけれど」
「そうかしら? 玄大皇帝のときは普通のことだったわ。皇帝の意向に逆らうなんてこと、許されなかったもの。もちろん、妃嬪なんて身分にある人をすぐに無礼打ち、はなかったけれど、私みたいな下級宮女だったら、暇つぶしに殺されても文句は言えなかったわ。今は妃嬪なんて身分もないも同じでしょうし」
さも当然というふうに言うと、旺柳はぎょっとしたような表情になった。
「やはり……後宮とはそんな酷いところだったのか」
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