第二章 後宮始末官誕生! ③

 喧々囂々、いろいろな意見が飛び交い、収拾がつかなくなってきた。翡翠は耳を塞いで、その場にしゃがみたい気持ちになる。


 後宮始末官なんて、面倒そうな仕事だなとは思ったが、ここまでとは予想以上だ。翡翠が陽光皇帝の手先で、目の敵にされているような気さえする。そんなつもりは毛頭ないのだが、そう主張したところで受け入れてもらえそうもない。

 翡翠はため息を吐き出しつつ、皆が落ち着くまでしばらく様子を見ることにした。


 話を聞いていると、おおよそ夏嬪が中心となった『後宮出て新しい人生を始めたい、でも翡翠が後宮始末官は気に入らない派』と、橘徳妃と寿黄が中心となった『後宮に留まりたい派』とその他『人生諦めているからどうにでもなれ派』に分かれているように思える。


 半刻ほど経ち、皆が言い合いに疲れてきた頃を見計らって、翡翠は声を上げた。


「皆さんに様々な意見があることは分かりました。とりあえず、今日のところはこれで散会ということにしませんか? これからのことについては、また改めてということで」

「だから! なんであんたが仕切っているんだい!」


(ひいっ)


 寿黄が怒鳴るような声を上げ、翡翠は裸足で逃げたくなった。


 寿黄はふん、と鼻を鳴らし、皆に呼びかける。


「まあ、みんないろんな思いがあるだろうが、急なことで気持ちの整理ができていない者もいるだろう。また後日にしよう」


(だからっ、私が今そう言ったのに!)


 寿黄の言葉に、不服そうな人はいたが、反論の声は上がらなかった。みんな言いたいことを言って、疲れているのかもしれない。


「あのっ」


 寿黄に負けないように、と翡翠は声を張った。


「私が後宮始末官になったことは……とりあえずは受け入れていただくしかありません。私が引き受けなければ、陽光皇帝の命令を受けた他の誰かがやって来るかもしれません。後宮とはまったく関係のない人よりも、私の方がまだいいと考えてくだされば……」

「そうだね、そう考えるとあんたの方がマシかもね」


 夏嬪がふん、と鼻を鳴らず。


 そこまで言うのならば誰かに譲っても、と考えたが、ならば誰がなるということでまた争いが勃発しそうだ。それに、望まないこととはいえ、一度引き受けた以上は最後までやり遂げたい。


「そうだね、大人しく出て行くかどうかはさておきとして……と、そこのあなた?」


 橘徳妃が持っていた扇を旺柳の方へと向けた。

 旺柳がはい、と応じると、扇を優雅に揺らしながら言う。


「あなたは陽光皇帝の側近なのでしょう? ならば皇帝に伝えてください。そもそも後宮をなくすなんてことあり得ないことなのだ、と。後宮はこの国に欠かすことのできない尊いもの。後宮の絹織物は一級品だと有名だし、調度品も絵も書も、後宮にはこの国で最も優れたものが集まっている。それもひとえに、後宮人たちが他にはない優れた感性を持っているということに他ならない。後宮内で育まれた文化がこの国に息づいている。いわば文化発祥の場所でもあるのよ。それをなくすなんて」


 確かに橘徳妃の言う通りだ。妃嬪たちを喜ばせようと皇帝は各地から珍しい品々を取り寄せてさまざまな贈り物をし、また、妃嬪は皇帝の気を惹くために美しく着飾るのはもちろん、室に一流の絵師に描かせた絵を飾ったり、庭師に命じて庭を整えたりしている。その結果、後宮にはこの国で一流といわれるものが集まっている。また、後宮に献上するためと職人たちはしのぎを削っているとの側面もある。結果、後宮があることで生まれるさまざまな文化があるというのは言い過ぎではない。


「一度後宮を廃止しても、すぐに後宮の存在意義に気づいて、再び後宮を復興することになるでしょう。出て行きたい者は出て行けばいい、でも残りたい者は残って、細々とでも後宮としての機能は残すべきです」

「なるほど! さすがは橘徳妃! それが一番よいように思えます」


 それに諸手を挙げて賛同したのは寿黄だった。


「そうです! 後宮とはこの国に絶対に必要なもの。それを廃止するなどやはり乱暴だ。残すべきです」


 橘徳妃の侍女が声を上げ、他の妃嬪に仕える侍女も、女官も、宦官たちも、皆、それがいいと口々に言い始めた。

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