第二章 後宮始末官誕生! ②

「殺されることと比べたら、ここから出て行くことくらいたやすいだろう? 意に沿わず後宮に連れて来られてしまった者も多いと聞く。故郷に戻りたいと考えている者も多い、と。ならば、これは願ってもいないことでは? 後宮から解放され、どこに行くのも自由だと言っているのだ」


 その通りだ。翡翠が言いたいことを旺柳が言ってくれた。


「そうよ、翡翠が頼んでくれたおかげで処刑なんてことにならずに済んだのよ? だったらよかったじゃない」


 こう言ってくれたのは、翡翠と顔馴染みの官女だった。


「それに後宮から解放されるなんて、これ以上ないことだわ」

「そうよ。私は今すぐにでも出て行きたいわ! 望んで後宮に居たわけではないもの」


 それに追従するように他の者からも声が上がる。

 これでみんな納得してくれるだろうと思っていたのだが、寿黄は止まらない。


「処刑が取り下げられたことと、後宮を追い出されることとは違う! それはそれ、これはこれだよ!」


(えぇぇぇえぇぇぇ?)


 どうしてそれを別に考えるのか、翡翠には理解できなかった。旺柳を振り返ると、彼も困惑した表情を浮かべていた。しかし、この場にいる者たちは、皆、その通りとばかりに頷いている。


「……だいたい」


 窓際の椅子に優雅に座っていた女性が、よく通る澄んだ声を上げた。


「出て行け、というのがおかしくはないかしら? ここは私たちの住まいだというのに」


 そう言ったのは橘徳妃きつとくひだった。


 皇后に次ぐ四人の妃の身分にある女性である。年は二十代半ばほどに見えるが、実は四十近いと聞いたことがあった。あまり感情を外に出さない人で、ときどきなにを考えているのか分からないことがある、と彼女に仕える官女に聞いたことがあった。


「それに、あなたが拝命したという後宮始末官という名前も気に入らない。それじゃあまるで私たちが新しい世には不要で、排除されるべき存在だというようではないか」


 新皇帝、陽光皇帝の一派にはそう思われているから皆殺しにされそうだったのではないか。


 そうは思うのだが、さすがに口に出せなかった。


「まあ、出て行けと言うならば出ていくさ」


 そうぞんざいに言ったのは夏嬪かひだった。妃の身分に次ぐ九嬪の身分にある女性で、キツい性格だと評判だ。白い肌に、切れ長の瞳に下にあるほくろが印象的である。


「でもねぇ、物事には順序ってものがあるだろう? それに、私もお前のような、なにも分かっていない下級官女が後宮のあれこれを取り仕切るのが気に入らないね!」


 夏嬪の鋭い視線にひいっと声を上げそうになりながら、先を続けた。

 どう説明すれば、と考えている間に、別の女性たちからも声が上がる。


「そうよ! あなた、後宮始末官を引き受けたってことは、私たちが出ていくのを認めたってことね。私たちがそう望んでいると、陽光皇帝にそう伝えたってことよね? 信じられないわ!」

「そんなことを勝手に決めるなんて、一体どういうつもりなの? 何様?」

「陽光皇帝にどう取り入ったのか分からないけれど!」


 他の官女たちもそれも追従するように次々と声を上げた。


「そんな簡単に後宮から出て行けって言われても困るのよ! 行き場所なんてないわ。私たちを路頭に迷わすつもりなの?」

「もしかして、処刑された方がまだましだったかも……。後宮に住まうようになってもう十年以上経つわ。外の世界のことなんてなにも知らない。今更どこへ行けっていうの?」


「いえ、ちょっと待って! せっかく翡翠が話をつけてくれたのよ。それをこんなふうに責めるのは、それこそ身勝手よ」

「そうよそうよ! 翡翠は、私たちを守ろうとしてくれているのよ!」

「願ったり叶ったりじゃない。後宮から解放されるのよ? なんの不満が?」

「そうだ! 処刑された方がよかったなんていう者は、止めやしないから玄大皇帝に殉ずることにすればいい」


「酷い! そんな言い方ってないわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る