第二章 後宮始末官誕生! ①
「なんだって? 私たちにここから出て行けだって? そんな話、勝手に承諾してきたというのかい?」
目を剥き、肩をいからせ、とって食ってやろうかという凄まじい迫力で迫られ、翡翠はごめんなさいっと平伏して、前言を撤回したくなった。
ここは皇后が朝見の儀に使っていた
後宮内には皇后が住まう白煉宮と、他の妃嬪が住まう
後宮内には多くの人が集まれる場所はなく、この白景の間が一番広いということで選び、使用許可は……もう主がいないのに誰の許可を? と言われたため、勝手に使わせてもらうことにして、その点については特に異議は上がらなかった。
翡翠は、後宮人を処刑する話はなくなったこと、その代わり後宮人は後宮から速やかに出て行くようにという勅命が下ったことを説明するためにこの場を用意した。そして、自分がそれを担う後宮始末官になったことも報告しなければならなかった。
前夜は眠れないほど緊張してこの場に臨んだ翡翠だったが、後宮人たちの反応は思った以上に反抗的なものだった。
(おかしいわ……反感を買うかもしれないと予想していたけれど、これほどとは。処刑が回避されたことで、みんな喜んでくれて、後宮から出て行くことは致し方ない、とだいたいのところは納得してくれると思っていたのに)
翡翠は元は皇后が座っていた椅子の横に立ち、集まった者たちに向かって話していた。
皆の前で話すからと、今日は紅の深衣に紅の裳という格好だった。深衣の襟には白い華の刺繍がされている。髪は半分を結い上げて簪を挿し、背中の真ん中まで届く髪はそのままたらしていた。皆の前に立っても恥ずかしくない姿だ。
翡翠のすぐ向かいにはずらりと妃嬪たちが座っていた。皇帝が不在となった後宮でも華やかに着飾っていて、優雅に扇を振りながら翡翠の話を聞いている。
猛烈な勢いで抗議をしてきたのは、その妃嬪たちと皇帝の取り次ぎをしていた、世話役の
「そうだねぇ、聞けばお前は後宮守だというじゃないか?」
寿黄の言葉に追従するように、妃嬪のひとりから声が上がる。
「それが、新皇帝……陽光皇帝とかいったかねぇ? その者の命を受けて妾たちに言葉を授けるとは世の中も変わったものだねぇ」
鮮やかな紅色の唇をへの字の曲げ、いかにも不満、というような表情を翡翠へと向ける。
(ええ! その通りよ! 皇帝が変わって、世の中も変わったの! いつまでも後宮の妃嬪だからとふんぞり返っていられる時代は終わったのよ。そして私だって、好きでこんな役割をしているわけじゃないのよ~)
そう叫びたかったが、余計に収拾がつかなくなりそうなのでやめておいた。
「そうよ、第一、数居る妃嬪様たちを差し置いて、あなたが後宮代表とばかりに新しい皇帝に直接話に行くなんておかしいわ」
部屋の後方に立っている女官からも声が上がる。
前方に座るのは妃嬪たちだったが、後は身分に関係なく雑多に人が押しよせていた。部屋に入りきれずに、通路や窓から部屋の様子を覗き込んでいる者もいた。そして誰もが不満と不安が入り交じったような表情で翡翠のことを見ている。
「あの、別に後宮代表というつもりで行ったわけでは……。ただ、大人しく処刑されるのは本意ではなく、ひと言言ってやろうと個人的に抗議をしにいっただけです。そして、行きがかり上、後宮始末官に任命されてしまっただけで……」
「そうだ。それに皆おかしくないか? 翡翠が勇気を出して進言したおかげで処刑は回避されたというのに、翡翠を責めるような言い方をして」
そう声を上げてくれたのは、翡翠の斜め後ろに立っていた旺柳だった。彼のことは、陽光皇帝の側近が、立ち会いのために来ていると説明していた。そのために敵意をむき出しにしているような視線や値踏みをするような視線を感じた。
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