第一章 後宮守翡翠、後宮を死守できず。 ⑬

「後宮を廃止する? どうして?」


 翡翠にしても、後宮なんてなくなってしまったらいいのにと思ったことがあった。だが、後宮は皇帝の権威の象徴であり、世継ぎを作るという大切な役割もあり、また、後宮がこの国の政を一部支えているという面も実はある。後宮から産まれた文化が花開き、国中に広まっていくなんてこともある。だから、なくてはならないものだと考えていた。


「この国の民は、玄大皇帝が民から巻き上げた税金で贅沢三昧の生活をしていて、そのほとんどが後宮につぎ込まれていると考えている。実際にどうかは別にして、だ。だから新たな世にすると民に知らしめるためにも、後宮を廃止することは必要なのだ。だから、後宮廃止は変えられない。しかし、そこに居る者たちを皆殺しにまですることが本当に必要なのか、その点が議論された」

「旺柳が皇帝に進言してくれたのね。ありがとう!」


 卓越しに手を伸ばして旺柳の手を取ろうとすると、使者がなぜか厳しい視線を飛ばしてきた。それに驚いて、翡翠は手を引っ込めてしまった。


(……一体なんなのかしら? もしかして私が文を託したことでなにかお咎めでも受けたのかしら? それで私を恨んでいるの?)


 文を渡したときには、三日三晩も門前に居た翡翠を哀れんで同情して、この文は必ず皇帝に届けると約束してくれたのに。


「……ああ、だが、喜んでばかりもいられないというか……」

「そうなの?」

「とにかく、後宮はなくさないといけない。そのためにはどうすればいいか。そこに居る者全員を処刑するのが一番手っ取り早いい。費用はかからず、早くことが済む」

「酷いっ! そんなこと、誰が言ったの!」


 翡翠が鼻息荒く言うと、旺柳は慌てて首を横に振った。


「こっ、皇帝とその重臣たちだよ! 決して俺が言ったわけでは……!」

「そうよね、驚いた。心優しい旺柳がそんな恐ろしいことを考えるはずがないもの」

「あっ、ああ……うん……」


 旺柳はなぜか歯切れが悪い。目も逸らしがちな気がする。


(きっと、そんな極悪非道な皇帝の下で働いていることを恥じているのね。いいのよ、分かっているから。旺柳はなにか事情があって渋々皇帝に仕えているだけだわ)


 翡翠は旺柳に向けて分かっているわよ、とでもいうようにひとつ頷いた。すると旺柳はまた気まずげに目を逸らしてしまう。


「とっ、とにかく、その後宮始末官というのは、いわば、後宮を閉じる任務を帯びた者のことなんだ」

「後宮を、閉じる……?」

「そう。命までは取らない、だが、一年以内に後宮は閉じるので住んでいる者は残らず出て行け、というのが議会での決定なんだ。俺も頑張ったんだけど、それが限界だった」


 後宮から出られる。それは翡翠にとっては願ったり叶ったりのことだった。

 だが、それを執行する役割をお前がやれ、というのは素直に受け入れることができない。


「つまり、私は後宮のみんなを追い出す役割を仰せつかったってこと?」

「まあ、そうなるかな?」

「そんなっ、乱暴な!」


 翡翠は勢いよく立ち上がり、拳を握って振り回した。


「そんな面倒で厄介で、人に恨まれそうな仕事を私に押し付けるなんて! しかも、私の希望も聞かずに一方的に任命するなんて、あり得ないわ」


 こちらのやり方に文句があるならば、お前がやってみせればいい、と偉そうに足を組んで薄笑いを浮かべながら、遙かなる高見から翡翠を見下げている皇帝の姿が目に浮かぶ。


「新しい皇帝って絶対に性格が悪いわ。今までの所業から薄々分かっていたけれど!」

「所業……ああ、うん、そうだね」


 なぜか旺柳がとても傷ついたような表情となった。


「ああっ、ごめんなさい。旺柳が仕えている人をあまり悪く言うのはよくないわね」

「うん……いいんだ。とにかく、後宮人を皆殺しにするというのは撤回された。でも後宮は廃止しないといけないから、後はそこに住んでいる人の身の振り方を考えないといけない。新皇帝の部下が後宮始末官として無理やりに後宮人を追い出すようなことになるよりも、翡翠がその役割をした方がいいように思えるんだけれど?」

「考えようによっては……そうだけれど……」


 いや、絶対に面倒くさい役割だ。

 後宮を廃止することには、どちらかといえば賛成で、後宮にいた人たちを解放することには大賛成だが、その役割を自分がするというのは話が別である。

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