第一章 後宮守翡翠、後宮を死守できず。 ⑫
旺柳は翡翠から皇帝へと宛てられた文を見た。
字を見ただけで、しっかりとした芯がある女性であることが窺い知れる。自分の考えを物怖じせずにはっきりと言い、他者に反論されても自分の信念は押し通す。翡翠は故郷に居た頃とちっとも変わっていない。
文には後宮のことをどう考えているか知らないが、後宮に居るのは元の皇帝に無理に連れて来られた不幸な者ばかりだ。その者たちを全て処刑するなんて情けもなにもない。後宮にいる者たちはみんな被害者なのである、その救済をするのではなく、元皇帝と同罪とばかりに処刑するのはあんまりだ、と切々と語られていた。
こんな文を皇帝に届けて、無礼者だと斬り捨てられてしまったらどうしようという畏れはなかったのかと考える。翡翠や後宮の者たちにとって新たな皇帝とは簒奪者であり、自分たちを殺そうとしている人物だ。
それをひとりきりでやって来て皇帝に会わせろと要求し、それが叶わないと三日三晩門前で座り込みをして……なんて健気なのかと涙が出て来そうだった。
そして、旺柳はとうとう決意した。
「誰か、側にいないか。皆を集めてくれ。話がある」
※
青鷺宮、正確には青鷺宮の門前から翡翠が戻った翌日のことだった。
「……え? 私に使者が来ているって、どういうこと?」
寝ぼけ眼で応じた翡翠であった。
三日三晩、門前で座り込みをしていた翡翠の疲労は予想以上で、髪と身体を洗い、たらふく飯を食った後に寝てしまった。肩を何度も揺さぶられ、ようやく起きたのは夕方になってからだった。
「どういうこともなにも、伝えた通りよ。青鷺宮から来た皇帝の使いですって」
香澄のひと言で眠気が吹き飛んだ。
もしかして、旺柳がもう話をつけてくれたのかもしれない。翡翠は慌てて支度を調えて、使者が待つという部屋まで急いだ。
もう後宮はなくなってしまう。男子禁制、というのが後宮の大前提だったが、それは崩れつつあった。だが、誰が気にしたのか使者が待っていたのは後宮の門外にある、面会用の建物の一室であった。
「お待たせいたしました」
そこには昨日皇帝への文を預けた若い警備兵と、それから旺柳の姿があった。
「あっ、旺柳! もしかして使者って旺柳のことだったの?」
そう言って駆け寄ろうとしたとき、隣にいた警備兵が腕を旺柳の前へと腕を伸ばして、それを制した。これ以上旺柳へと近づくな、とでもいうような雰囲気を感じる。
なぜそのような対応をするのか意味が分からない翡翠は首を傾げた。旺柳は苦笑いだ。
「使者はこちらの方だよ。俺は付き添いのようなものだ」
「ああ、そうだったのね。ええっと、私に用事があると聞いたのだけれど。昨日私が託した文は皇帝に読んでいただけたのかしら?」
翡翠が瞳を輝かせながら言うと、使者はなぜか隣に立つ旺柳を気にするようなそぶりをしながら、頷いた。
「おっ、畏れ多くも我が皇帝から、こちらの文をそなたへ、と」
なぜか上ずった声で、使者は折りたたまれた文を両手で持ち、翡翠へと差し出してきた。
翡翠は頭を垂れて、手を頭上へと差し出して、仰々しくそれを受け取った。
なかなかの達筆である。新しい皇帝とはどんな人なのか、なんの情報もなく、年も分からないが、思ったよりも年嵩を増した者なのかもしれない。
翡翠はその文を開いて……首を傾げた。
「あの、ここに書かれている、後宮……始末官、とは一体なに? 任命するって……?」
書いてあったのはたった一文、『
「あー……それを説明するために、俺が一緒に来たんだ」
旺柳は言い、翡翠に椅子に腰掛けるようにと促した。
そして卓を挟んで使者である警備兵と旺柳が隣り合って座り、翡翠は旺柳の向かいに座った。警備兵が旺柳の隣で彼を必要以上に気にしながら居心地悪くしているのが気になる。
「まず、後宮に居る者たちを全員処刑するというのは撤回された」
「本当に? よかった! みんなの気持ちが皇帝に届いたのね」
まさか皇帝がこうも素直にこちらの意向を受け入れてくれるとは思ってもいなかった。まずはほうっと胸をなで下ろした。
「だけど、後宮をそのままにすることはできない。新皇帝は、後宮を廃止するということを掲げて軍をまとめて、灯都まで攻め上がってきたんだ」
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