第一章 後宮守翡翠、後宮を死守できず。 ⑩
たぶん、その通りなのだろう。それ以外に、旺柳がここに居る理由は思いつかない。旺柳はとびきり頭がよかったから、それをかわれて反乱軍に参加させられたのだろう。
「あ、ああ……うん」
「そうなのね。だったら旺柳には悪いかもしれないけれど、私はあの傍若無人で極悪非道で人でなしの皇帝に抗議しに来たの。皇帝の一族を処刑しただけでは飽き足らず、後宮人たちを残らず処刑するだなんて、信じられないわ。後宮に何人が住んでいるか知っている? 千人以上よ。そんな多くの人の命を殺めようだなんて。ああ、言っているだけで気分が悪くなってきたわ!」
「ははは……あははは……そうだね」
「笑い事ではないのよ。このままでは私たちは殺されてしまうわ。そんなことさせない! 私たちだって好きで玄大皇帝に仕えていたわけじゃないのに。旺柳は新しい皇帝のことをよく知っているの? 直接話したことはある? 反乱軍でどんな役割をしているの?」
「え、ええっと……」
旺柳はなぜか動揺しているようだった。
「こ、皇帝の近くで……側近として働いているんだ……」
旺柳が瞳を逸らしがちに言う。
その様子から、きっとなにかの都合、家族に命じられただとか、親族からの要請があっただとかで、仕方なく反乱軍に参加したのだろうと翡翠は察した。そうでなくては、鳥と華と空を愛するあの優しい人がこんな横暴を働く皇帝の元に居るとは考えにくい。
「皇帝ってどんな人なの? きっととびきり嫌な奴だと思うけれど。だって、皇帝の座を奪ってその翌日には皇帝一族を処刑するなんて、血も涙もないわ」
「あ……ああ……そうだね。でも、そんな悪い人では……ないよ」
「旺柳は優しいからそんなふうに思うのよ。大丈夫? 酷い皇帝に騙されているんじゃない? なにか辛い目に遭っていない?」
「うぅうう……大丈夫……だよ?」
「だったらいいけれど! ねぇ、一緒に考えてくれないかしら? どうやったら後宮の人たちが助かるのか。みんな皇帝が変わったのだから仕方がないと言うけれど、私は諦めきれないのよ。このまま大人しく殺されるなんて、もう二度と故郷にも帰れないなんて。後宮に入れられてから、覚悟していたことではあるけれど。それでも、ねぇ……」
翡翠は瞳を細めた。
できれば故郷に帰りたい、親しい人に会いたいとは、後宮に居る誰もが思うことだろう。
「ええっと……皇帝には俺が話をつけるよ」
「え? 本当に?」
翡翠はぱっと笑顔になって旺柳の手を取り、両手で包むようにぎゅっと握った。
「助かるわ! 名もない宮女である私が頼んでも、きっと聞く耳をもってくれないわ。でも、側近である旺柳が進言してくれたら、皇帝は気を変えてくれるかもしれない。お願いよ!」
「分かったよ。俺ができることはしてみる。それより、ずっと座り込みをしていたと聞いたよ。ご飯を食べてないんじゃないの? もしかしてしばらく寝てもいないの? とても疲れた顔をしているよ?」
「大丈夫よ。これから後宮に起こるだろうことを思えば、このくらいなんでもない。きっと……酷いことになる。私はそれを止めたいのよ。そのためだったらなんだってするわ」
自分は後宮守をしていて、それなのに後宮の人たちを守れなかったという事情も旺柳を話した。どうにもならなかったこととはいえ、あのとき賊を止められずに後宮への侵入を許し、皇后たちが処刑されたことを翡翠は気にしていた。自分が守るべきだった佳耀が傷を負ったことも。もう誰にもそんな悲しい目に遭って欲しくない。
「……皇帝にも、そのことを話してみるよ。だから今は翡翠は後宮に戻って。よく食べて、よく寝て、身体を整えてからまた会おう。それまでになんとかしておくから」
「旺柳がそう言ってくれると、本当になんとかなるような気がするわ!」
「うん、任せておいて」
旺柳は力強く頷いた。彼に任せておけばまず間違いない。
「でも安心した。成長しても、旺柳は元のまま、優しくて頼りになって、虫も殺せないような慈愛に満ちた人のままで」
翡翠はとびきりの笑顔を旺柳へと向けた。
心の底からそう思っていた。瞳を見れば分かる。旺柳は少年時代のまま、まっすぐに成長してきて、今、翡翠の前に立っているのだ。
だが、それを聞いた旺柳の顔がなぜか引きつったような気がするのだが、思い違いだろうか。
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