第一章 後宮守翡翠、後宮を死守できず。 ⑦


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 几に向かい書をしたためていた旺柳おうりゅうは、陰鬱な気持ちでため息を吐き出した。

 絹の白い衣に黒に銀糸で飾りがついた帯を身につけ、袖に金糸で刺繍された草花の縁取りがついた蒼色の上着を羽織っていた。堅苦しい皇帝服もまだ慣れない。


 皇帝の座を手に入れてからかれこれ九日が経つが、九年とも感じられるような濃厚な日だった。


 皇城を征服することは予定通り速やかに達せられた。戦いを長引かせればそれだけ犠牲も大きくなる。皇城内にこちらに味方する者がいたので、皇城の構造も、兵の配置も事前に把握できていた。

 そして旧皇帝である玄大を速やかに処刑し、その子と子の母親も処刑した。そして皇帝の一族、皇后の一族もすべて粛正した。


 旺柳としては、本音を言えば、なにもそこまでとは思うのだが、旧皇帝を倒し、自らが皇帝になるということはそういうことだ、と言われればそのようなものだと納得せざるを得ない。この華那国の歴史を紐解けば、そんな大きな粛正を行い、皇帝としての力を示さなければ、たやすく別の勢力が台頭してその座を脅かす。そうなれば国を平定するどころではない。大義のためには犠牲も必要なのだと言われ、不本意ながらも受け入れた。


(後宮の者たちを処刑することも、致し方がないことか……)


 そこまで大胆なことをしてこそ、新皇帝の権威を示せるというものだ。

 そう言ったのは自分の師であり、今は宰相となった秀亥しゅういだった。反論できる言葉はなかった。


 前皇帝である玄大は民に重税を課し、その金で後宮に美女を集め、女を数々の装飾品で着飾らせて、朝から晩まで酒を飲み山海の幸を食らい、この世のものとは思えないような贅沢をさせている。

 民の怒りは、皇帝と後宮に向かっていた。


 それを討ち滅ぼし、新たな国、民の幸せとこの国の繁栄を実現する国を造っていこうとする新皇帝となった旺柳は、後宮廃止は重要不可欠なことである。


「旺柳、少しよいか」


 いつの間にか部屋に秀亥が入って来ていた。

 彼は旺柳が座る椅子の横に立ち、旺柳に向かって頭を垂れた。師である彼が自分に敬意を示すなど、未だに慣れない。秀亥は年の頃は三十半ばほど。旺柳が皇帝となるべき器であると認め、ここまで支えてくれた人物である。


「ああ、なにかあったのか?」


 旺柳が応じると、秀亥はひとつ頷いた。


「実は、旺柳様にどうしても伝えたいことがあるという者が。忙しいのだと何度も断ったのだが」

「確かに多忙ではあるが、話を聞くくらいの時間はある」

「では、入るがよい」


 秀亥が言うと、警備兵の格好をした者が部屋に入ってきた。見た覚えがある顔だ、恐らくは反乱軍として旺柳と共に皇城まで攻め入ってきた者だ。


「お忙しいところ、失礼いたします!」

「よい。それよりも用事とはなんだ? すまないが簡潔に頼む」


 旺柳が言うと、警備兵は意気込んで語り出した。


「はい、後宮の宮女が青鷺宮の門の前にもう三日も座り込みを続けておりまして。皇帝に会えるまでここを梃子でも動かない、と」

「そんなもの、すぐに斬って捨てればよい。そうすれば、後宮内にこれ以上口ごたえする者はいなくなるだろう」


 秀亥がそんなこと聞くまでもないだろうというふうに言う。


「待て。できれば乱暴なことはしたくない。それにしても後宮の者……とは」

「おおよそ予想はつく。後宮人たちは近々処刑するとの勅令は既に出してあるから、命乞いに来たのだろう。もう決まったことだ、覆すことはない」

「だが、処刑する前に言い分くらい聞いてもいいかもしれない」


 すると秀亥は警備兵には聞こえないように、と、旺柳の耳元で囁く。


「そんな甘いことではとても皇帝としてつとまらない。下手に話を聞いて、情けをかけたくなったらどうするのだ? お前は昔からそういうところがあるから心配だ。耳を貸す必要はない」

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