Ⅳ.高嶺の花に手が届いて

22.ようやく進んだ俺の人生。

「んん~~…………」


 目覚めすっきり。


 俺は早速、本日の日付を確認する。そこにははっきりとこう書いてある。


 四月二十八日。


「進んだ……日付が進んだぞ……!」


 声が震える。おまけにガッツポーズ。まさかこんな些細なことがこんなにも嬉しいとは。


 簡単な話だ。


 二度目となる俺の人生がループを起こさずに、一日。たった一日だが、前に進んだのだ。


 この時間軸にやってきてからというものの、ずっと四月二十七日をやり直し続けていた俺は、遂に日付を跨いで四月二十八日の世界へと足を踏み入れたのだ。


 やだ、感動。だって、ずっと同じ日から抜け出せないんじゃないかって思ってたくらいだもん。


 ほら、よくあるじゃん。延々とループする夏休みから抜け出せないとかそういうやつ。そりゃ、それとは違って、俺の頑張り次第で日付が進んでいくっていうのは分かってたよ。理屈では。


 でも、理屈と、実感は違う。今、俺はまさに一日を乗り越えたんだ。最初のハードルを超え、次の日へと駒を進めてもいいという天からのお墨付きを貰ったんだ。よかったよかった……これを続けていけば無事に人生をやり直して……


「やり直して……どうするんだ?」


 ふと思う。


 このまま時間を進めて本当に良いんだろうか。


 もちろん、このまま永遠に同じ時をループし続けるのは困る。


ラピスに関してはまあ、俺の管轄外だとしても、流石に愛想をつかされる可能性だって否定は出来ない。


 今はまだ、ただ、転校生として俺の近くに付き添っているだけの彼女だが、あまりに俺が何度も死に戻るようならば、もっと強硬的な手段を取るかもしれない。例えば……俺と千草をセックスしないと出られない部屋に閉じ込めるとか。まあそんなこと出来るのかは分からないけど。


 でも神の使いだっていうじゃないか。俺ら人間が考えうるようなことくらいはさくっとやってきてもおかしくはない。


 しかし、だからといって、このまま順調に学生生活を謳歌し、卒業し、大学に進学したりしなかったりした後に社会人に……というのも面白くはない。


 少なくとも俺の記憶上の比較で言えば、死んでリセットされる前の生活よりも、今の千草ちぐさ富士川ふじかわと馬鹿をやる毎日の方が何倍も楽しい。社会人生活なんて正直、楽しいもんじゃない。


 折角学生時代を味わうチャンスを貰ったのに、また元に戻って本当に良いんだろうか。それともそれが、ラピスの言う「魂の学び」だというんだろうか。


 嫌だなぁ俺……ありもしない愛社精神を掲げて、社会に対する義務だとか言いながら仕事する、目がキラキラした人間になるのは。青春に満ち足りるとそんな人間になるんだろうか。


 ありえるな。だって、社会に貢献だとかそういう切れ事を迷いもなく言えるのって、学生時代をきちんと充実させてたやつだろ?カースト的に言えばトップ層。神様は俺をそこの仲間入りさせたいんだろうか。こんな言い方はあれだけど、良い趣味とはいえないと思うぞ。


「社会人時代か……」


 そういえば、今日は珍しく夢を見た。


 それも、俺がリセットを食らう前の、社会人時代の話だ。


 俺と千草、それに富士川が久しぶりに、三人だけで酒を飲んだ日の話。あの日は確か、千草の結婚式当日だったはずだ。今思うと良く当事者が抜け出せたよな。そして、そんな自由奔放な女によくもまあ貰い手がいたよな。お相手は確か、一流企業に勤めるイケメン……だったと思う。俺なんかとはとてもとても比べ物にならないほどの良物件。


 だというのに、あの日の千草は荒れていた。


 別に旦那の文句があるわけではない。


 むしろ旦那に関しては褒め言葉しか出てこなかった。


 にも拘わらず、荒れていた。恐ろしいほどのペースで飲み続けていた。


 まるで、何かを忘れようとするかのように。


「……やっぱ、今の方が平和だよなぁ」


 改めて、ベッドの上から部屋を見渡す。


 嵐の後とは思えないほど綺麗なのは、ラピスと俺で片づけをしたからだ。一応、鍋の残りは冷蔵庫に入ってはいるが、残り香はそれくらい。


 あの年齢制限にがっつりと引っ掛かるドリンク類はひとつ残らずラピスが持って帰ったし、結局目覚めることの無かった千草も彼女が、隣室となる千草宅へと運び込んでいた。


 残りの参加者であるところの富士川はと言えば、俺らが片づけをし終わるかどうかというタイミングで目覚め、一人で家へと帰っていった。


 まあ、恐らく途中で起きていたんだろう。帰りがけに「転校生と仲良くなれたか?」なんて言葉をぶつけてきたからな。片づけが面倒だから寝たふりをしていたに違いない。富士川という男はそういうやつだ。何も考えていないように見えて、色々考えている。それこそ、俺が思い至らないことまで。マメなやつだ。


 とまあ、そんなわけで、基本的に、昨日の後始末として俺がやるべきことは無い。

 ないのだが、


「千草……どうしたかな」


 思い出す。


 昨日の出来事を。


 酔っていたから、と言い訳をすることは出来る。


 が、もしそうだとしても、あの千草が、彼氏がいるにも拘わらず、全く気の無い相手とキスをしようだなんて思うだろうか。


 しかも、


「ファーストキスだって……言ってたしなぁ」


 そう。


 確かに、普通に考えればそのはずなのだ。千草が「キスはしてない」と言えばしていないのだ。朝風あさかぜ千草はそんなところで下らない見栄を張る女ではない。どれだけの長い期間付き合っていようが、処女を保っていればそう言うはずだ。そこに対してプライドを持つこと自体すらも下らないと思うような女だ。


 その千草が「キスをした」と、一度も言っていないのだ。だからファーストキス。道理としてはあっている。しかし、


「まさか、ほんとにねえ……」


 どうしよう。


 正直なことを言えば、顔を合わせたくない。


 ヘタレと言われても構わない。この状況で顔を合わせて、千草が昨日のことをはっきりと覚えていたとしよう。その時の反応がどうであれ、俺には対処出来る自信がない。


「……まあ、学校に行ってから考えよう。うん」


 結論。先送り。ヘタレの常套手段。ええい誰がヘタレだ、追いつめるぞ。


 取り合えず、用意をして、学校へは行こう。大丈夫。朝風千草のことだ。きっと覚えていたとしても無かったことにして接してくれるさ。あ、でも、もしかしたら、二日酔いでまだ寝てるかもしれないね。もしそうだったら学校に行く前に顔を合わせることになっちゃうぞ。まあ、ないか。ないよね。だって、あの千草だよ?ちょっとアルコールを入れたくらいでそんな二日酔いなんてハハハハハ。


「…………ええ」


 取り合えず現状確認と思い、玄関を出たその先。より厳密には隣室の郵便受けには新聞が刺さったままだった。やだ、蒼汰そうたさんったら伏線回収が上手なのねウフフ。


 ……畜生。余計なことを考えるんじゃなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る