21.イレギュラーは主人公の特権です。

「イレギュラー?俺が?」


「ええ。さっきも言った通り、課題をクリアしなかった場合、基本的には来世でのやり直しか、今世でのやり直しか、どちらかに分類されます。ただ、そのいずれの場合でも、基本的に私たち神使は、対象となった魂と接触を図ることはありません」


「え?嘘でしょ。だって、俺今超接触してると思うけど」


「だからイレギュラーなんです。滅多にあることではない……らしいんです」


「らしい……ってまた随分と曖昧だな」


 ラピスがやや俯いて、


「……私はまだ神使になってから日が浅いんです。なので、経験としてはゼロです。けど、聞き及ぶ限りでもかなり珍しい事例らしくって」


「ふーむ……」


 俺は疑問をぶつける。


「あくまで素人……って言っていいのかは分からんけど、そういう意見だと思って聞いてくれ。それっていうのは、所謂先輩?みたいなののサポートを借りたりは出来ないのか?」


「それは……難しいと思います」


「またなんで」


「先ほど説明したように、あらゆる生命が、この地球上に生まれる理由は「魂の学びを得るため」です。そしてそれは、我々神の使いにも適応されるのです」


 魂の学びを得るため。


 それは神使にも適応される。


 それらを合わせた答えは、


「……つまり、「自分の力で答えを見つけないと意味がない」ってことか。俺も、お前も」


「…………そういう、ことになります」


「難儀だな、お前」


 ラピスは口元を尖らせ、


「その難儀の原因を作ってるのは蒼汰そうたさんが落ちこぼれているからですよ?反省してください」


「なっ……ふざけるんじゃあないよ。誰が落ちこぼれなもんですか。落第だの追放なんてものが主人公を表す標語になっているのは、その辺に転がってるネット小説だけだ。現実には無いんだぞ。その上で、俺を落ちこぼれだと。良いだろう。ならばその曇り切った形而上の丸底眼鏡を取り、刮目して見るがいい。桜ヶ丘のプリンセスと相合傘で帰り、その後は幼馴染と転校生を交えて闇鍋パーティー。ファーストキスを奪ったり奪われたりするようなイベントもおきながらも、こうして美少女転校生と窓辺で語らっている。その俺を、落ちこぼれと?ハハハ、やだなぁラピスさんは。これで落ちこぼれなんだったら、ヒロインからの告白を聞き間違えるようなぼんくらの朴念仁たちなんか全員失格じゃないか。おや、それならば、ラブコメの主人公は全員落ちこぼれということになりますね。あら可哀想。お大事に」 


 ふう。


 後半はちょっと何を言ってるのか分からなかったが、これでいいだろう。そもそも俺が落ちこぼれと言うのもおかしな話だ。学園のプリンセスと相合傘を敢行した俺が、そんな不名誉な、


「あれ、そういえば蒼汰さん。能登のとさんとはどうだったんですか?私と会った時には既に一緒じゃありませんでしたけど」


「はははラピスは土地勘が無いから分からないかもしれないけど、我らがアパートと、彼女が向かう桜ヶ丘駅は完全に反対方向なんだよ。だから、一人で戻ってくるのはごくごく自然なことなんだ。分かったかな?」


 と、まくし立てるが、ラピスは俺をじっと見つめ、


「……怪しい」


「怪しいってなんだ、怪しいって。貴様、俺のどこが怪しいというんだ。この健康有料男子であるところのあかつき


「その健康優良男子は、なんで私に対してラブホの話をしたんですか?」


「そ、それは」


 しまった。


 くそう、こやつまさか覚えているとは。


 確かに俺は口走った。口走ってしまった。据え膳どころかメインディッシュを貪りつくすのが礼儀で、要するにびしょぬれの濡れスケ状態となってしまった我らが能登あおい嬢に対して「大変だこのままじゃ濡れてしまって風邪をひいてしまうかもしれない。そうだ、あそこに良い場所があるから一緒に休憩しよう。え、あそこはラブホじゃないかって?ははは、確かにそうだよ。でもね、能登さん。今重要なのはそんなことじゃないんだ。俺はそんな些細なことを気にしているうちに、能登さんが風邪をひいてしまわないかが心配で仕方ないんだ。だから、ね?大丈夫。ただシャワーを浴びたりするだけだから。心配しないで、お代は全部俺が持つから、ね?」と言って、逃げ道の無い個室に連れ込む悪い悪い送り狼になるのが、俺の人生における正解なんじゃないかと考えていたが故に、うっかり同じく制服姿のラピスに対して、制服でラブホに入れるのかどうかという疑問をぶつけてしまった。


 なんで覚えてるんだよそんなこと。しゅわしゅわしたドリンクで気持ち良くなってるうちに綺麗さっぱり忘れとけよ。


 とまあ、今更己のうかつさを呪ったり、ラピスの記憶力の良さを恨んだりしても事実は変わらない。


 ここで、諸君に一つ、テクニックを教えておこう。


 もし何らかの事情でどうしても嘘をつかなければならないとき、その嘘をつく程度を出来るだけ少なくするといい。殆どは事実。しかし、一部だけが嘘。これが鉄則だ。


 こうしておけば後々ボロが出る可能性が少なくなるからねフフフ。まあ俺は基本的に嘘偽りのない男だからそんな技術たまにしか使わないけどねウフフ。


 と、いうわけで、


「や、実はだね。能登碧嬢と一緒に下校をしている最中に、車に水をはねられてね。俺も能登さんもそこまでではないけど、被害を被った。不幸にもハンカチのような拭くものを持ち合わせていなかった俺だが、代わりに折り畳み傘を持っていた。これで俺の置き傘を能登さんが使って、折り畳み傘を俺が使うことで二人とも雨に濡れないで帰ることが出来る。よかったよかった、一件落着だ。そんなわけで俺は能登さんに傘を貸して返って来たってわけ。でもまあ、よくよく考えたら、少しとは言っても濡れてしまったわけだし?それだったら、どこかに入って、乾かすなりなんなり出来たらいいなぁと思って、その時思い浮かんだのがラブホだったってわけだ。笑いたいなら笑うがいい。俺にはそれくらいしか選択肢が思いつかんのだ。仕方なかろう。俺はなにせ“落ちこぼれ”なのだからなずははははは」


 そこでラピスがぽつりと、


「なるほど、つまり蒼汰さんは能登さんの濡れスケを直視できずに逃げ帰って来た、と」


「ばっ、貴様言うに事欠いて何という……!いいか。あくまでちょっとだけだ。ちょっとだけ被害を被ったのであって、そんなラブコメにありがちなラッキースケベなイベントなど起こってもいないし、ましてやそれを目前にして、一体全体どうしていいのやら分からなくなり、敵前逃亡のような形で逃げ帰ってくるなどと、この暁蒼汰がそんなことをするはずがないだろう。いい機会だから、教えておこう。俺はハードボイルド&ダンディで売っているのだ。そんな軟派なラブコメ主人公のような出来事は」


 そこでまたラピスが一言、


「それなら蒼汰さんはなんであんなに息を切らせてたんですか?」


「そ、それは……」


 くそう。こいつ全部見てるじゃないか。なんだったら走って逃げ帰って来たその一部始終も見てるんじゃないのか。おのれ神塚ラピス。神の使いなど名乗っておいてその内情はとんだ悪魔サタンじゃないか。この世に神はいないのか。


 と、まあ俺が答えに窮して……いや、違う。答えになど窮していない。ちょっとした行間を楽しんで、


「逃げ帰って来たんですよね?」


「そんな、ことは」


「そうだ。それが原因で死にそうになった場合、ここで正直に事実を言ってもらえかった場合は一度普通に死んでもらうことにしましょう」


「ごめんなさい逃げ帰ってきました私はチキンなラブコメ主人公(笑)です」


「よろしい」


 腰に両こぶしを当て、ふんすと息をつくラピス。


 畜生、流石にそれは反則だろう。だって、それ、あの居眠りトラック(仮)に一回轢かせるってことだろう?俺だって痛いのは嫌なんだ。まあ、その代わり、今とても恥ずかしいけど。ラッキースケベに対処できずに逃げ帰って来たなんて事実、墓まで持っていこうと思ってたのに。はぁ……。

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