17.心の枷を解きほぐして。

 仕方ない。


 気が付いてしまったからにはこれを飲ませるわけにはいかない。


 残っている大量のアルコールの扱いに関しては……また後で考えるとして、取り合えずはラピスだ。問い詰めてやらなければいけない。


 俺は辛うじて冷蔵庫に残っていたコーラ(炭酸が抜けきったので飲む気が起きずに放置されてたやつ)を片手に持ち、


「おい、ラピス」


 事の元凶を問い詰めに、


「あれぇ~?どうしたんですかぁ~蒼汰そうたさぁ~ん。分身の術ですかぁ~きゃはははははは!」


「…………はぁ」


 ため息。


 結論。


 仕掛け人は、自滅していた。なんだよこれ。


 しかし、これでは問い詰めることも出来ない。


 取り合えず、今出ている酒類を回収しなくては、既に大分手遅れな気がしないでもないが、まだ致命傷ではない。救える命だってきっとあるはずだ。


 と、いうわけで、大層ご機嫌なラピスが持っている、実に綺麗な色をした缶を指さして、


「ラピス、それがなんだか分かるか?」


「んー……?」


 ラピスがゆっくりと手元の缶に視線を向けて、暫くじっと見つめた後、


「美味しいの!」


 はい。駄目。アウト。この人はもう助かりません。お疲れさまでした。


 まあいいや。こいつは神の使い。年齢なんて概念からは外れた存在。今は便宜的に高校二年生としてここにいるが、元をただせばそんなこととは一切関係無いはずなのだ。従って、大変絵面には問題があるが、こいつはこのまま放置だ。もし未成年飲酒で捕まっても……まあ、自前の神様パワー(仮)でなんとかしてくれるだろう。従って、今重要なのは、


「おい、千草ちぐさ?」


「……………………」


「おーい、千草さんやーい」


「……ああ、なんだ蒼汰」


 良かった。こっちはまあまあ意思疎通が出来る。


 俺は、やはりラピス同様手元に持っていた、未成年が手を出してはいけない美味しい飲み物が入った缶を指さして、


「それ、さ。アルコールみたいなんだよ。ラピスが間違えて持ってきたみたいで」


 そこまで言ったところで、ラピスが食って掛かり、


「間違ってないもん!私、ちゃんと選んで持ってきたもん!ベストセレクションだもん!」


 もん!じゃないんですよこの腐れ神様。貴方の倫理観はどうなっておいでなんですか?


「こら!聞いてるんですか蒼汰しゃん!ほれ、蒼汰しゃんも飲みなさい!」


「嫌だ!既に取返しがつかないところまでいってるんだ。これ以上罪を重ねさせるな!」


「なんだよぅ!私の酒が飲めないってのか!?」


 うわぁその台詞、マジで聞くことになるとは思わなかったよ。っていうか神様の使い、アルコールに弱すぎませんか?こんなんだと、酒で酔わせた挙句、うへへのこのこついてくるお前が悪いんだからなとか言って、悪い悪い先輩くんに襲われてもおかしくないぞ。


 取り合えずはまず、この質の悪い酔っ払いからだ。


「飲めないってわけじゃないが、冷蔵庫の中に俺好みの一杯が眠ってるかもしれないだろう?それに、お前から美味しいのを取り上げるほど、鬼畜じゃないよ、俺は」


 それを聞いたラピスはちょっとだけうっとりして、


「やだ……今日の蒼汰さん優しい……」


「今日だけでなくいつも優しいけどな。そんな優しい蒼汰さんは、ラピスと美味しいので乾杯をしたいんだ。だから、俺の分も持ってきてくれるかな?」


「うん、わかった!」


 敬礼をして、台所へと一目散。実に単純だ。可愛い女の子として見ればそれでもいいとは思うけど、神の使いとしては失格じゃないかなぁ、あれ。


 と、そんなことを考えている場合じゃなかった。


 今俺が対処しないといけないのは、


「すまんな千草。さっきも言ったと思うが、今お前が持っているそれはアルコーるっ!?」


 振り向いて、説得にかかった、その時だった。


 肩に力を感じ、遅れて背中が床に押し付けられる感触に気が付く。そして、視界には、


「ねえ、蒼汰?」


「ひゃ、ひゃい」


 目と鼻の先。


 マジでキスする五秒前の距離に千草がいた。


 脳が「あ、俺千草に押し倒された」と漸く理解する。


 正直、払いのけるのは難しくない。


 千草だって、男勝りだし、運動神経だって悪くはない。悪くはないが、アルコールが入っているからなのか、俺を押さえつける力は、押さえつける、というよりも、添えると表現した方が良いくらいだ。


 つまるところ、千草は俺に無理やり襲い掛かるつもりなど毛頭ないということになる。あれ、でもそれなら千草はなんで俺を押し倒して、


「さっきのあれ、思いついたんだけど、いい?」


「さっきのって……」


「勝者は敗者に、なんでも命令出来るってやつ」


「それか」


 そういえばあった。千草が「こんな貴重な権利、簡単に使うのはもったいないから、よく考えてからにしたい」と言ったことで、取り合えず保留とし、ただ同級生で鍋をつつくだけの会に移行していた、あれだ。


「……もしかして、決まったのか?」


 正直なところ、嫌な予感はしていた。


 アルコールの入った千草。押し倒される俺。その状況で持ち出されるこの話題。

 それらが指し示す答えは、


「うん。決まった。蒼汰。私とキスして」


 あまりにもとんでもない、けれどどこか想定通りの内容だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る