16.フィクションって言うのはつまりこういうものだ。
「えーそれでは改めて、
「「「
「今なんかおかしなニュアンスがこもらなかった?」
「気のせいじゃないか?」
結局、「第一回闇鍋の中身はなんだろうな選手権」は、勝者
本当ならば猛抗議したいところだし、俺を騙すという計画に加担していたラピスにも散々文句を言いたいのは確かだ。
が、そんなことを言ってしまえば、男らしくないだのヘタレだの、散々な評価が、主に千草から飛んでくるのは間違いが無いのでここはおとなしく引いておくことにした。そして、当の千草はと言えば、
「ふふーん……何を命令してやろうかなぁ」
実に楽しそうに鍋をつついている。
とは言っても、先ほどとは違い、電気はついている。視界だって良好だ。闇鍋会はもう終わり、ここからは転校生を歓迎する会に早変わりだ。とは言っても、
「しかしまあ、神塚さんだっけ?」
「あ、ラピスで良いですよ」
「んじゃ、ラピス。ラピスもなかなかやるねえ、筋がいいんじゃない?」
「え、そうですか?あれでよかったですか?」
「うん。確かにルールとしては「全体の味を崩さない材料」としか決まってないからね。調味料も鍋の材料と言えば材料だし、反則じゃない。けど、分かりにくい。とっさでそんなものを思いつくなんてなかなかだよ」
「へへ、ありがとうございます。あ、この鶏肉美味しい」
そう。
流石に闇鍋の具材だとトンデモ変化球のものばかりになってしまいそうだと危惧した
なんだったら魚の切り身に至っては下処理もしてくれているらしい。気が回る。回るわりには女子にモテているという話を聞いたことがないのはどうしてだろう。まあ、俺みたいな超絶イケてる男にも彼女が出来ないんだ。おかしなことでもないのかもしれないねフフフ。
「……あ、
「ばっ……貴様この暁蒼汰を捕まえて「馬鹿」とな」
「いや、馬鹿とは言って……ああ、でも馬鹿ではあるか」
「おまっ……ふざけるなよ毒婦。男をとっかえひっかえしておきながら、本物の愛がいかなるものかすらも理解しえないその頭で、俺のような世界の真理を追い求める求道者のことを馬鹿呼ばわりだと。舐めるのもいい加減に」
「いやその言動が……っていうか、そんなこと言うなら、蒼汰は知ってるんでしょうね?」
「なんだいきなり俺の言葉を遮りおって……何をだ」
「だから真実の愛」
「はっ……これだから性欲の解消にしか意識の無い下賤な女は困る。そもそも、俺が言ったのは本物の愛だ。真実ではない。そのくらいの日本語すら覚えられない頭で何を語ろうと」
とまあ、俺が世の理を知らない幼馴染を
「なるほど……つまり蒼汰さんも知らないんですね、本物の愛」
「おい貴様。貴様は一体俺の味方なのか?それとも敵なのか?」
「別にどちらでもありませんよ?」
「おのれ裏切ったな愚かなるブルータスよ」
「や、ブルータスでは無いですけど……でも、知らないんですよね、本物の愛」
それに千草が同調し、
「まーそうでしょうね。蒼汰にそんなこと、分かるわけないもん」
ええい、黙って聞いていれば好き放題言いおって。俺に「本物の愛」が分からないだと。馬鹿にするのもいい加減にしたまえ。
確かに、事実だけを並べ立てれば俺は彼女なんて出来たことはないし、良い感じになったことすらない。ないが、それとこれとは話は別だろう。
いや、むしろ、本物の愛を探求しているからこそではないか。千草のようにとっかえひっかえせずに、運命の相手を探し求めているからこそなのだ。おお、我ながら実にうまくまとまった。それでは早速この先進的な理論を、無知にして軽薄な
「まあ、そうですね。そんなことを知ってたら逃げ帰ってきたりはしないですしね」
「良いか、よく聞くが……はい?」
「ん?」
ちょっと待て。
今こいつとんでもないことを暴露、
「同級生を相合傘に誘うことひとつも踏ん切りがつかなくて、ついたらついたで、ちょっとラッキースケベな状況に、」
「おおっと、いけない。お嬢様のグラスが空になっているではありませんか。ここは
「いや、別にいいですよ。それよりも、蒼汰さんが」
ラピスは俺の言葉を遮って、先ほど起きた「ラッキースケベな状況でテンパって逃げ帰ってきちゃった挙句、ラブホテルがどうだなんてことを口走ってしまった」というイベントを全て
「え、なになに、気になる気になる」
ほうら見ろ。いかにも面白そうな
と、そんなことをまくし立てたとして、聞いてくれるようなたまでないのは分かっている。
なので、
「いいから!ほら、千草も!飲み物、取ってきてやるから!」
「ええー……なにその明らかな誤魔化し……まあいいや、なんか適当に持ってきてよ。ラピスが一杯ジュース買ってきてくれてるみたいだから」
「あ、じゃあ私もそれで。なんでもいいですよ。蒼汰さんの好みでお願いします」
「へいへい、承りました」
そう言って俺は処刑場から逃げ出す。まあもっとも?この後千草が、ラピスからばっちりしっかり全ての内容を聞き出すのは間違いないし、ラピスはラピスでそこに面白可笑しい脚色を付け加えなさるのは間違いないよ?
が、こういう時の話題は実に移り変わりやすいものだ。要するに、少し時間をかけて戻れば、俺のヘタレ……いや、ヘタレじゃない、ちょっと紳士的なイベントのことなどすっかり忘れて、全く別のことに意識がいっている可能性が高い。そんなものだ。あくまでその場のノリ。だったら、ノリが変わるまで避難すればいいってそういう話。
そんなわけで俺は、ついでにトイレで用を足したのち、キッチンに赴いて、ラピスが買ってきたジュースとやらを探す。
「どこだ……?」
分からない。
こういう時に買ってくるものだ。てっきり大きめのペットボトルが乱立しているものだとばかり思っていた。しかし、少なくとも視界に映る限りではそのようなアイテムはない。
「あ、冷蔵庫か」
思い至る。そういえば富士川が、常温で放置しておくと悪くなりそうなものは冷蔵庫にしまったと言っていた。
なあんだそうだったのか。ならこの、一人暮らしには無駄に大きすぎる冷蔵庫が、まさに檜舞台に上がって、大喜びしているのか。ふふ、良かったな。余っていた四人家族向けの古い冷蔵庫だが、正直俺では力不足だったろう。己の力量をこれでもかと発揮できてさぞかし嬉し、
「…………あん?」
固まる。
冷蔵庫の扉を開けたまま固まってしまう。
おかしいな、ちょっと疲れたのかな。うん、きっとそうだよね。一度扉を閉じて、瞬きと深呼吸をして、もういちど開いたらきっとまともな光景が広がってるよね。
そうだよ。何を動揺しているんだ恥ずかしい。日本男児たるもの、ちょっとやそっとのことで動揺しない心を身に付けなきゃ、
ぱたん。
すーはー。すーはー。
ぱたん。
「……………………おい」
うん。まあね。正直そんな気はしてたよ。たかだか疲れたとか、そんな理由で冷蔵庫の中身がおかしくなるなんてそんなはずはないって。
だからこれは真実だ。リアルだ。紛れもない現実だ。
「あいつ…………ジュースって…………」
今俺の視界に映っているのはジュース……のような飲み味で、高校生でもすっきりと飲むことが出来るけど、高校生が店で頼むことなど決してできない、大人の飲み物。
要するに、酒類の缶が、これでもかってくらいに詰め込まれていた。
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