12.姫君とヘタレとラッキースケベ。

 とはいっても、方法なんて思いつくはずがない。


 と、いうか透けてると伝えた時点で、俺が今まさに先ほど網膜に焼き付けられた煽情的な光景を目の当たりにしたと白状するようなもんだ。それは良くない。折角「傘に入れて、駅まで送ってくれる親切なクラスメート」に昇格したってのに、一気に「ラッキースケベ狙いで相合傘をするドスケベ男子高校生」に早変わりだ。


 あわわわわわ……これは大変だ。そんなことになってしまえば再びトラックさんが猛スピードで衝突事故未遂を起こしてしまう。そしてそれを止めたラピスにはさぞかし冷ややかな目で見られるのだろう。罵倒もされるかもしれない。


「確かにヘタれるなとは言いました。しかし、まさかこんなドスケベなイベントを起こすとは……この童貞」


 痛い。


 心が痛い。


 ドMな皆々様に置かれましては恐らくは御褒美となること間違いなしでしょうし、なんだったら死んだ魚の目をしていてほしいという追加のドン引きするような要望も注文なさるかもしれませんよ。


 でも俺は違う。だから心が痛い。心なしか胃もきりきりと痛む気がする。うう……でも流石にこのまま返すのはそれはそれで良心の呵責が……板挟みあいたたたた……


 取り合えず、気がついては貰いたい。


 しかし、直接指摘するのはまずい。


 と、なると、能登のとさん直々に気が付いてもらうよりほかが無い。


 そうなれば、


「おっと、俺としたことが野蛮な運転手の攻撃を少し受けてしまったようだ。これはいけない。ほんのわずかだが、きちんと拭いておかないと」


「うう……なんか胸元が冷た……あ、あああああああああああああ!!!!」


 良かった。お気づきになられたようだ。でもちょっと声が大きいかなぁ。日中とはいえまだ通行人がいるんだからその辺もうちょっと気を使っていただけると嬉しいなぁ。同じ学校の制服を着てるからいいものの、私服と私服だったら、俺が酷いことをしたみたいな勘違いに繋がりかねないよこれ。


「……………………ねえ、あかつきくん?」


「なんでしょうか」


 視線を大きく逸らす俺。あ、向こうの方、空が綺麗。それなら雨はそのうち止むかも、


「……見た?」


「何をでしょうか?見た?と問われても私にはよく分かりません。なにせ日本語は主語が肝心の文化。動詞だけではなにも」


「透けてるの、見た?」


「見てません」


「ほんと?」


「もちろん」


「ほんとにほんと?」


「ええ。見てません。私は何も見てませんよ。だから安心してください」


「そう。それじゃあしりとりしよっか。いくよ」


「え、なんでそんな突然に」


「じゃじゃん。古今東西色彩しりとり!緑黄色」


「え、え、もう始まって」


「ほら、答えないと見たってことにするよ。「く」だよ、はい、ごー、よん、さん」


「あ、まって。言う。言うから。ええっと、黒」


「ブラの色は?」


「黒!…………あ」


 わぁい、やっちゃったぁ。


 ホント馬鹿。いや確かに?さっきの映像は網膜に焼き付いていました。いましたよ?ええ。いまでも鮮明に思い出せますよ。能登さんの印象からは大分かけ離れた、派手めの黒だったのはよく覚えてますよ。だから、ねえ、しょうがないじゃない。これは事故なんだし、俺がちょっとくらい役得があっても……駄目だろうなぁ……


「ええっと…………」


「やっぱり……やっぱり暁くん……」


 怖い。


 怖いよう。


 僕今、能登さんの顔が見られないよう。


 ええい、こうなったら。三十六計逃げるに如かずだ。もしかしたら家に帰りつくまえに無事に死に散らかすかもしれないけど、しかたない。次はもっと車道によらないで歩こう。そんなことで対策になるとは思えないけど。


「あー!そうだった!うっかりしてたよ能登さん。俺、よく考えたら折り畳み傘を持ってきてたんだった。なんだよ、これなら最初から能登さんにそっちを貸せばよかったんだねよかったよかった。それじゃ、俺はこれで。あ、傘は明日、七十四番のところに入れておいてくれればいいから、それじゃ、また明日!」


 明日があればの話だけどね。


 そんな悲しすぎるツッコミを脳内でして、俺は折り畳み傘を急いで開いて、一目散に逃げ去る。


「あっ!暁くん!」


 呼び止める声がする。でも、振り向かない。だって今振り向いたら、あの魅力的な濡れスケとご対面しちゃうじゃないか。どうしてその状況で俺を呼び止めるんですか。貴方はいったい何をしたいんですか。俺に襲って欲しいんですか。送り狼になってほしいんですか?据え膳どころかメインディッシュの皿をこれでもかってくらいに舐めまわしてほしいんですか?勘弁してください。そんなことをしたら学年中、下手したら学園中の男子を敵に回すかもしれないんです。一度ならず二度までも失いかけた命です。大事にさせてください。


 そんななんとも情けない言い訳を脳内でしつつ、俺はひたすらに走る。


 能登さんがその後を追いかけてくることは無かった。


 めでたしめでたし。


 いや、めでたくないだろ。あと、こんなところで終わらないからな。俺はまだまだ生きるんだよ。暁先生の次回作にご期待ください。

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