11.実家で声が低くなさそうな無自覚モテヒロイン。

「しかし、まさか全く知らないなんて思わなかったぞ」


「ほんとにねー。むしろ私、よく気が付かなったよね」


 蓋をあけてみればあらびっくり。なんと能登のとさんは、自分がプリンセスだとか姫君だなんて呼ばれていることも、男子の間に告白ひとつとっても、監視の目が働いていることも、全く知らなかった。


 彼女が知っているのは、一年生のころに多数の告白を受けたこと。それらを全て断っていたこと。そうしたらいつの間にか告白をされなくなっていったということ。


 それはつまり、能登あおいの人気が一定以上に達したことを表していて、要するに彼女に告白ひとつするのでさえ、他の男子から妨害が入るというとんでもない次元になったことの証左だったのだが、当人からすれば「告白されなくなったから、断りすぎて嫌われた」みたいな解釈になっていたのだった。真実とはこんなに簡単に歪むものだったとは、ひとつじゃなかったのか。真実。


「女子から聞かなかったのか?多分、皆知ってると思うぞ?」


 能登さんは俯き加減に、


「うん。姫君……とまでは言ってなかったけど、男子に凄い人気だって話は聞いたことあるよ。でも私、実際に告白されてないから、そんなことないってずっと言い張っちゃって……」


「でも向こうはモテてるって知ってるから「なんだこいつ、自虐風モテ自慢マジウザいないわー」って思われてた、と」


「そ、そんなことは……ある、かも、しれない、けど」


 一度食い掛ろうと顔を上げた能登さんだったけど、徐々に声のトーンと共に視線も下がっていく。分かりやすい人だ。


「まあでも、当人……ってわけではないけど、近くにいると分かりにくいってのはあるかもな」


あかつきくんもモテモテだったことあるの?」


「あらなんでさりげなく過去形にするんでしょうこの人は失礼ね。今の私がモテてモテてしょうがない可能性にどうして目を向けないのかしら」


「でも、そんな話聞かないよ?」


「ごめんなさい嘘つきました非モテが姫君の隣を歩いてすみません、帰ります」


「あ、まってまって!帰らないで!私傘持ってないんだから!」


 そう言って俺の持っている傘の柄に手を伸ばそうとする能登さん。ううん。可愛い。実に至福の時。ビバ相合傘!惜しむらくは、傘が大きすぎて密着出来ないことか。なんだよ七十五センチって。しかも骨の数も多いし。親父から貰ったやつだけど、一体どこで買ってきたんだよこれ。まあ、頑丈でいいんだけど。ちょっと重い。


 俺は能登さんを窘めて、


「冗談冗談。俺じゃなくて、幼馴染の話。朝風あさかぜ千草ちぐさ。あいつ、どうもモテるらしいんだけど、俺からしたら全然そんな感じはしなくってさ。だからまあ、幼馴染ですらそうなんだから、自分がモテるかどうかなんて、意外に気が付きにくいものなんじゃないかなぁって」


「ああ、朝風さん。そういえばモテるって聞いたことあるかも……幼馴染なんだ?」


「まあね。と言っても、小学校からだけど」


「それだって幼馴染だよ。けど、そっかぁ。幼馴染かぁ」


「どうしたの?もしかして幼馴染に憧れがある人?」


「ううん。だけど、ほら、それなら納得だなって」


「納得?」


 能登さんは小さく頷き、


「うん。ほら、暁くんと朝風さん、いつも凄い仲良さそうじゃない?長い付き合いなんだなって思ったら、納得しちゃって」


「仲良さそう?俺と?千草が?」


「違うの?」


 実に不思議そうにする能登さん。いやまぁ、別に仲良くないとかそういうわけじゃないんだけどね。


「まあ、うん。仲はいいと思うよ。俺と、朝風。それから富士川ふじかわ。いつも一緒にいたからな。中学も、高校も一緒。しかも今年はクラスまで一緒と来た。ここまで来ると、仲がいいとか、悪いっていうよりも、もう自然だな」


「へぇ……」


 何故か感心する能登さん。え、今のそんなに感心する内容だった?俺の話、為になっちゃった?


 能登さんはぽつりぽつりと、


「あ、あの、ね。もし。もし、なんだけど。もし、暁くんがいいなら」


 瞬間。


 俺も、能登さんも全く気が付いていなかった。


 歩道があれば車道がある。車道があれば車が通る。


 そして、雨が降れば水たまりが出来る。水たまりの上を車が走ればどうなるか。答えは簡単だ。


「きゃっ!?」


「危ないっ」


 そう。


 水を跳ね上げる。


 それだけではない。かなりのスピードで飛ばしていた。雨の日だって言うのに。事故っても知らないぞ。そうでなくとも俺は一度事故を誘発しかけてるんだから、気を付けて欲しい。いくらリセットされるからって、人が事故にあう瞬間は見てて気持ちのいいものじゃ、


「あ、あの、暁くん」


「ん?」


 俺は未だに車道を見渡していた。だってそうだろう?もしかして、またミスってしまったのかもしれないんだから。


「あ、ありがとう。その、守ってくれたんだよね。もう、大丈夫だから」


「ん?ああ、そうかごめんごめん。咄嗟だったから、つい、引き寄せ……」


「?どうしたの?」


 いけない。


 これはいけない。


 なにがいけないってもう、全てがいけない。


 あんにゃろう何が青春が足りないだ。お前の考える青春はこんなんばっかか。もっとハートフルな青春だってあるだろう。どうしてこう、ラッキーでスケベな方向に持っていきたがるんだ。


 さて、どうしよう。


 この事実をどうやって伝えよう。そして、ここからどうやって駅まで送ろう。


 この胸元ががっつり透けて、黒いブラまでくっきりの姫君を。

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