10.どれだけの言い訳をしたってヘタレはヘタレだ。
放課後。
俺は二度目の昇降口にたどり着いていた。
建物の外はもちろん雨。本降りだ。ちょっとやそっとじゃやみそうもない。
結局あれから俺は、男子からの嫉妬を受けることは無かった。
代わり……といってもは何だが、ラピスとの関係性についてはかなり尋ねられた。
このあたりは俺とラピスの示し合わせで、「遠縁の親戚で、正月の集まりなんかでは顔を合わせるんだけど、それ以外では一切連絡も取らない。けれど仲が悪いわけでも無い親戚」とすることとなったので、そのまま説明した。クラスメートがそれを疑うとは思えないが、万一に戸籍なんかを調べても、俺の言った通りの事実が発覚するようになっている……らしい。まあ便利だこと。
そんなわけで、執拗な詮索を受けることなく、放課後にはいつもの日常が戻ってきた、とうわけだ。
そう。
戻ってきたのだ。
前回の俺は、ここで途方に暮れる
それもまた青春の一ページだし、俺としては高嶺の花もいいところな能登さんに傘を貸すというイベントもまあまあ心が躍るイベントではある。あるのだが、どうやらそれでは駄目らしい。
俺の人生に俺以外が駄目だしをするというのが実に不思議だが、そういうことになっているんだから仕方ない。現に、ラピスがいなければ俺は人生のやり直し途中にまた死ぬという実に意味不明な状態になっていただろうし。
そんなわけで、傘だ。
向こうはこちらに気が付いていないが、既に能登
不思議なんだけど、こういうときに能登さん大好き男子どもは一体何をしているんだろうか。傘の一つくらいあげたらいいのに。それともあれか。お互いにけん制しあっちゃって、結局誰も動けないとか、そういうことか。
船頭が多ければ船は山に登るけど、プリンセス大好き男子の集まりは結果としてお互いの動きを鈍らせるらしい。なんだか、あれだな。伝統だけは立派な右肩下がりの大企業みたい。組織はこうやって座して死を待つのかもしれない。
ただ、そうなれば確かにチャンスだ。思うんだけど、リセットして時間軸を蒔き戻ってるってことは、俺の人生にも元からこんなとんでもラブコメチャンスがあったってことだよね。なんで掴みにいかなかったんだこのヘタレ!とっとと帰れ!あ、帰るな!能登さんを誘え!
まあいい。ヘタレだろうがなんだろうが、今の俺には人生と神の使い(笑)の運命がかかっている。後者はまあいいとしても前者は一大事だ。永遠にループし続けるのは、楽しい楽しい夏休みだけで結構だ。いや、それはそれで苦痛か。毎週内容が変わらないんだもんな。
さて。
俺はラピスの入れ知恵通りに、傘立てに刺さりっぱなしになっていた置き傘を探し当てて引っ張り出し、それを持ったまま能登さんに話しかける。
「や、やあ、能登さん。ごきげんよう。今日はいい天気だね」
能登さんは首を傾げながら、
「ごきげんよう……?でも、雨だよ」
「そう。雨だ。けれどね能登さん。雨だってそんなに悪いことはないんだよ。それこそ農家の皆さんにとっては恵みになるだろうし、連日の厳しい扱きに耐えかねた運動部の皆さんにとっては束の間の休息を生み出すことにもなる。雨上がりにはそれはそれは綺麗な虹がかかるかもしれないし、相合傘でぐっと距離が縮まるみたいなイベントもあるかもしれないじゃないか」
一体俺は何を喋ったのだろう。
取り合えず思いつくままにマシンガン。いつもの悪い癖だ。これをあしらってくれるのなんて我らが
「傘……入れてくれるの?」
「へっ!?」
あ。
気が付いた。
気が付いてしまった。
今俺、とんでもないことを口走ってしまった。相合傘で距離がどうとか。
瞬間。心臓の鼓動が早くなった気がする。どうしよう。顔、赤くなってないかな。そんなことないよな。あんなのアニメとか漫画だけだよな。きちんとハードボイルド&ダンディな
と、俺がよく分からない心配をしていると、能登さんが視線を曇らせ、
「入れてくれないの?」
「え、あ、いや」
「なーんだ。入れてくれると思ってたのに。そんな、これ見よがしに大きな傘を持って話しかけて、私の心を弄んだんだね。暁くん、ひどーい」
そう言ってうつむいて、泣きまね……のような何かをする。
当然泣いているわけもないし、傷ついているわけでもない。そんなことは分かっている。分かっているつもりなのだ。
「あ、いや、そんなことはなくって。ただ、その能登さんは、俺と相合傘なんて嫌なんじゃないかって」
能登さんは顔を上げて、
「なーんで?私、そんな冷たい女に見える?自分が傘を忘れて途方に暮れているところに現れた白馬の王子様を邪険にする。そんな女に見えるの?」
「いや、そんなことは、ない、けど」
だって。
能登さんは学園のプリンセス。
はたや俺は青春が足りないなんて、情けない理由で人生をリセットされた、非モテ野郎。
つり合いが取れないなんてもんじゃない。そりゃ遠慮もするさ。俺だって日本人だ。奥ゆかしさや謙虚な心くらい、持ってるつもりだ。
「あーあ、残念だなー。折角濡れないで帰れると思ったのになぁー。でも、そんなに嫌なら仕方ないから、走って帰ろうかなぁ」
なんてことを言うんだ。
能登さんは電車通学だから、ここから徒歩で十分近い駅まで雨の中走る必要性があるんだ。しかも、部屋にさえたどり着いてしまえば後はどうとでもなる俺とは違って、能登さんはそのびしょ濡れ状態で、そのまま電車に乗るんだ。
いけない。
そんな目には合わせられない。
俺は一大決心をして、
「の、能登さん」
「はいはい。なんですか、薄情なクラスメートの暁くん?」
「傘」
「うん」
「傘、入ってく?」
「でも、暁くん、電車通学じゃないよね?いいの?」
確かにそうだ。俺の住んでるアパートと、能登さんの向かう桜ヶ丘駅は、方向としては逆になる。従って、本来なら並木道を下り切ったあたりでさようなら、また明日学校でと別れることになってしまう。だから、彼女を濡れねずみにさせないためには、駅まで送ったうえで、改めて逆方向へと帰ることになる。それでもいいのかということだ。
そんなの。
「いいよ。送ってく」
いいに決まってる。むしろ是非お願いしたいほどだ。桜ヶ丘の姫君こと、能登
「え、いいの?やった」
能登さんはぱっと表情を明るくすると、俺の手を掴み、
「それじゃ、早く行こ。もたもたして、暁くんの貴重な時間を奪う訳にもいかないし。ね?」
「いや、俺は別に、いいけど……」
いかん。
完全に空気に飲まれている。俺らしくもない。いや、俺らしくなんてしようものなら、能登さんはドン引きしてしまうかもしれないけど。
だから俺は、七割暁蒼汰くらいのテンションで、
「そんな、とんでもない。むしろ桜ヶ丘の姫君こと能登さんと下校することに使えるなら、俺の時間もすすり泣いて大喜びさ。だから気にしなくて……能登さん?」
途中で気が付く。
能登さんがあっけに取られていることに。うう、やっぱり七割でも駄目だったんだ、そりゃそうだよな。これは相手があってのボールだ。いかに軽く投げたつもりでも、プロ野球選手がアップでするキャッチボールの強さは、リトルリーグの少年たちには強すぎる。もうちょっと相手をいたわるべきだった。
が、能登さんの驚きは別に理由があって、
「あの、暁くん。桜ヶ丘の姫君って……何?」
まじすか。
そこからですか。
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