9.何故ボケるかって?そこにツッコミがいるからさ。

 ずんずん。


「あの」


 ずんずんずんずん。


「あ、あのっ」


 ずんずんずんずんずんずんずんずん。


「あのっ、聞こえてますか?」


 後ろから呼びかける声が流石に無視できないボリュームになってきたので、


「時間がないから端的に答えてくれ。お前、なんでここにいる?」


 引き続き歩みは止めない。だから、俺が前、ラピスが後ろという構図での会話だ。

ホントはどこかに腰を下ろしてじっくりと尋問……じゃなかった詰問……でもなかった……質問をぶつけたいところだが、何せ今はホームルーム中だ。あまり時間はない。


 一応「可愛い可愛い転校生の机と椅子を運んで差し上げる」という大義名分があるから一時間目の遅刻くらいは許容の範囲内だろうが、それだってあまり長いと不審がられる。


 加えて、今クラスには俺の味方がいない。あることないことどころか、ないことないことを吹聴される可能性も決して否定は出来ない。だからこそ簡潔に、けれど丁寧に、ラピスと情報交換をしておく必要性がある。


 というわけで、まずは一番気になるところ、転校までして俺の隣にいようと思った理由を聞き出そうとしたわけだが、


「お前とは失礼ですね。私は神の使い。神聖な存在なんです。それに対してなんですかその呼び方は。もっと、ラピス様とか、そういう敬意ある呼びかたをしてください。蒼汰そうたさんのサポートは、人間で言えばお仕事のようなものですから、どんなつっけんどんな対応をされても投げ出すことは出来ません。ですが、ほら、モチベーションというものがあるじゃないですか。それともあれですか?蒼汰さんは私みたいな可愛い女の子に思わず意地悪をいてしまう小学生男子のような幼稚な心を今でもずっと引きずって」


「わーすごーい。みてみて。消火器ってとっても真っ赤なんだよ。あれならちょっとくらい血がついても簡単には気付かれないと思うんだけど、どうかなぁ。あ、それとも、神様の使い(笑)は血の色が赤じゃなかったりするのかな。ちょっと確かめてみよっか」


「分かりました、分かりましたよ。真面目に答えますから、無駄にリセットさせないでください」


「最初からそうしてくれ」


 ふん。全く面倒なやつだ。時間がないといってるのにこれでもかとボケをつっこみおって。こいつはあれか。ボケるタイミングを見つけたらボケ倒さないと気が済まない質なのか?全く、嘆かわしい。もっと、俺のようにスマートな会話を目指すべきだ。一体誰に似たんでしょうね。お母さんは悲しいわ。


 ラピスは、そんな俺の嘆きなどどこ吹く風で、


「とはいっても、大したことじゃありません。私はただ、蒼汰さんをサポートするなら、同じ学校に通い、近くにいた方がよいだろうと判断した。それだけです」


「それはまあ、言わんとすることは分かる。分かるが……必ずしも効果的とは言えないと思うぞ」


「そうなんですか?」


「ああ。例えば今だって、クラスでは俺への嫉妬心が絶賛拡大中のはずだ。その火種を作ったのはお前だ」


 ラピスが微妙に驚いた感じに、


「わ、私ですか?私、何かしましたか?」


「した。思いっきり内容を端折って話しただろ。気持ちよくだとか、いけるようにだとか」


「それは……言いましたけど。けどそれは、あくまでリセット後の人生へとスムーズに行けるように」


「それが伝わるのは俺だけだ。後の連中からしたら、そうは伝わらない」


「そうは伝わらないって……どう伝わったんですか?」


「それは……」


 さて。


 果たしてこの先を口にしていいものだろうか。神塚かみつかラピスは、あかつき蒼汰に対して性的奉仕をして気持ちよくさせていると勘違いされた可能性があると、正直に伝えていいものだろうか。今の俺が目指すところはあくまで、嫉妬心を向けられない、平穏無事な学園生活だ。勘違いがあったことを伝えるだけで、その先の内容までは伝える必要がないんじゃないのか。


 と、俺が悩んでいると、背後からくすくすと笑い声が聞こえ、


「ははぁ~ん。もしかして、あれですね。私が蒼汰さんに対して性的な奉仕をしていると勘違いされたのではないかと。やだ、蒼汰さんったら。随分と童貞をこじらせているんですね。そんなことを考えるのは蒼汰さんみたいな人だけ」


「そうか。ところで突然だが、俺は青春が欠乏している限りはずっと人生がループし続けるかもしれないんだろう?それなら犯罪行為だってリセットされるからやりたい放題だな。さて、手始めにどこの小娘に男を教えてやろうか」


「ごめんなさいもうふざけないので永久ループはやめてください」


「うむ。分かればよろしい」


 本当にもうこの神の使い(爆笑)は。なんでそう無駄な脱線ばかりするんでしょうね、嘆かわしい。誰に似たのかしら。


「……勘違いの件はともかく、やっぱり近くにいた方がサポートがしやすいと思うんです。だから、こうやって転校生として、クラスメートになったというわけです」


「なったというわけです、と言うが。そもそもお前、人間ですらないだろう。なのに気が付いたら苗字までついていて。どういうことだ」


「そのあたりはちょっと細工を」


「認識とかを弄れるってことね」


「話が早くて助かります」


「そりゃどうも……それならさ。ついでに、クラスメートの誤認識もなんとかできないかな」


「誤認識ってのは」


「俺とラピスの関係性だ。性的奉仕ってはもちろんだが、唐突に転校生に好かれるなんてことになったら、俺は全男子からの嫉妬を集める。そうなると、放課後に能登のとさんと相合傘なんて夢のまた夢になってしまうかもしれないだろ?出来るだけ、非モテのいち男子高校生のままで行きたいんだ」


「うーん……」


 考え込んでしまった。


「難しいことなのか?」


「いや、やること自体は簡単です。要するに、他のクラスメートから嫉妬されないような、家族とか親戚に近い関係性ってことにして欲しいってことですよね」


「あ、ああ。そうだけど。それがどうかしたのか?」


「いえ、どうかしたというわけではないんですけど……あのですね、蒼汰さん。私は今回、転校生として現世に紛れ込む際、最低限の改変しか行っていないんですよ」


「はあ、それがどうしたのさ」


「細かなことを説明すると時間がかかるのですが、要するに蒼汰さん。貴方がクラスメートから嫉妬心をぶつけられるっていうイベントは遅かれ早かれどこかで起きるものなんですよ」


「……はい?」


「分かりませんよね。すみません。でも、今説明出来るのこれくらいで……取り合えず、関係性に関しては修復を行えばいいんですよね?」


「あ、ああ、それはそうだけど……え、嫉妬心?そんなこと」


「あるんです。蒼汰さんが青春を満喫すればするほど、その可能性は高くなるはずです」


「なんだかよく分からんが……取り合えずそれは俺が能登さんを相合傘に誘うイベントの障害にはならないんだよな?」


「それは恐らく大丈夫だと思います。私が転校してきたこと以外は概ね同じイベントが起こるはずですので」


「分かった。それならいい」


 そこまで言ったところで、


「ついたぞ。ここに置いてある中から一セット、好きな机と椅子を選んでくれたら、俺が運ぶよ」


「蒼汰さんが運ぶ……はっ!もしかして私に内緒で細工をするつもりですか?盗聴ですか?盗撮ですか?それともまさか、壊れかけの椅子に座らせて、尻もち&ラッキースケベイベントの自作自演ですか?やだ蒼汰さんったら欲求不」


「なんだラピスは神の使いだから目に見えない机と椅子を使えばいいのか。そういうことは先に言ってくれないと困るなぁ。きっとさぞかしきれいな姿勢で座るんだろうなぁ。何せ神の使いだからなぁ」


「ごめんなさい私が悪かったです空気椅子は許してください」


「うむ」


 全く。無駄に時間をかけるんじゃないよ。人から教わったあらすじだけで作品を読んで理解した気になる、せっかち現代っ子を舐めるなよ。

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