8.ある日突然共通の敵。

 神塚かみつかラピスさんはね。ずっと海外で暮らしていたそうなの。だけど、この度日本の大学に進学するためにと、親戚を頼ってこうして日本に戻ってきたそうなの。要するに帰国子女ってこと。でも、日本語は問題なく喋れるそうだから、皆仲良くしてあげてね。分かった?


 なにひとつ分からなかった。


 そして、ツッコミどころだらけだった。


 まずなんだその苗字は。神塚って。あれか?神の使いをそのまま苗字風にアレンジしましたってことか?その上に名前はラピスのままだし。日本に馴染むならそこも瑠璃とかそんなのに変えておいた方がいいんじゃないのか。


 それにこっちの親戚ってどういうことだ。お前は人間じゃなくて神の使いなんだから親族なんか居るわけがないだろう。どうやって転がり込んだ。妖術か?色仕掛けか?何をしたらそんな都合だけが良い設定がぽんぽん飛び出てくるんだ。神様ならなにをしてもいいってのか。


 と、まあ色々とまくし立ててやりたいのはやまやまだが、それらが全て「俺・あかつき蒼汰そうたをサポートするため」という理由から来ているとなれば話は別だ。ふん。まあ、いいんじゃないか。俺としても、美少女の同級生が増えるのは嬉しいしな。恋愛対象には微塵もならないのが残念だが。


「それじゃあえっと……ラピスさんの席は~」


 おっと、気が付けばもう紹介は終わっていたらしい。後は臨時の席を決定して、それで終わり。学校内の案内なんかは……まあ、学級委員様とかがやるだろう。そんなことに神の使いであるラピスが興味を持つかは分からな……


(ん……?)


 ふと、視線を向けると、ラピスとがっつり目が合う。その瞬間。彼女はにこりと笑い、


「先生。彼の隣では駄目ですか?」


「…………は?」


 一瞬、時が止まった。気がした。


 もちろん、そんなのは気のせいで、決して時など止まっていない。止まったのはクラス中の雑談だ。


 最初に硬直状態から動き出したのはみずほちゃんだった。


「えっと……神塚さんと、暁くんは知り合いなの?」


「はい。まあ厳密に言えば彼のお手伝いをするのが、私の役目なんですけどね」

 

 この時点でクラスがざわつく。おい、聞いたか。なんだお手伝いって。もしかしてメイドさん?そんな馬鹿な。この時代にそんなものがいるわけないだろう。でもほら、従者を伴う特別編成クラスみたいなのもあるかも。馬鹿、エロゲのやりすぎだ。でもでも、お手伝いさんがいるってことは、暁くんってもしかしなくても、お金持ち。


 まあ言いたい放題言いやがりくださいますねえクラスメイトの皆さん。いや、分からないでもないんだけどね。俺だって、逆の立場だったら似たようなことを考えただろうし。


 とまあ、そんな具合にクラス内は既に大分ヒートアップしてしまっていたのだが、


「暁さんが(青春で満たされた日々で)満足して、気持ちよく(リセットが起きたタイミングよりも先の人生に)いけるようにするのが、私の指名なんです。なので、席を隣にしてもらっても良いですか」


 おいこら待てやそこの帰国子女(笑)。


 何が日本語には問題がないだ、ふざけるんじゃないよこの大ぼら吹き。


いいか。日本語っていうのは繊細なんだ。昨日は彼と寝たのというワードに、ただただ、一緒のベッドでぬくもりを感じながらぐっすりと幸せな眠りを味わうっていうイベントと、生まれたままの姿でお互いに欲望の限りを尽くしたあげく、朝に裸でおはようを告げるような大人なイベントの両方を内包してるんだよ。


 だからこそこの繊細な言語は、そこに対して補助となる言葉をつけるんじゃないか。二人でベッドに入って、お互いのぬくもりを感じながら寝たとか、そんな風にほほえましさを伝えるような伝え方をするんだよ。


 それが今のお前はどうだ。何が満足して気持ちよくいけるだ。その字面には昨晩はしっぽりむふふとお楽しみでしたねというイベントもがっつりと内包されるんだよ。


 後ろから、


「死んでしまえ」


 うん。まあ。今のワードからするとそういう反応になるよね。実際クラス内での雑談内容も大分俺に対しての敵意と軽蔑が混じりに混じったものに変化してきてるんだよ。ぶっちゃけ、後ろを振り向きたくないです。とても怖い。


 とまあマジで暴動五秒前の空気になってきているのだが、我らが担任みずほちゃんはそんな事態に対してあまり深刻さを感じていないのか、いつもどおりのゆったりとした口調で、


「そ、そう?それなら暁くんの隣にしましょうか~。河合かわいくん。ひとつ後ろにずれてくれる?あ、それから、机と椅子を、空き教室から取ってこなくちゃ~。でも、神塚さんひとりだと重いかなぁ~」


 チャンスだ。


 今、とてもチャンスだ。


 ここで椅子と机を運ぶ係に名乗り出れば、短い時間だが、ラピスと二人きりになれる。


 いや、それはそれで非常に不味いし、やっぱりあいつ神塚さんにとんでもない要求をしてるのねこのゲスがといういわれのない評価がそのまま固定化してしまう恐れがある。


 が、かといって、このまま放置しておくのはそれはそれでまずい。取り合えず、今後この自称神の使い(笑)がおかしなことをやらかさないように釘を刺して、二次災害を防ぐのが先決だ。


 なので、


「あ、あの。空き教室って一階のあそこですよね?」


「え。うん。そうだけど~」


 戸惑う担任。


 俺は立ち上がり、ラピスの手……というよりも手首をひっつかみ、


「それなら俺、手伝いますよ。ほら、どうせ俺の隣に座わるわけですし」


「そ、そう?それならお願いしちゃおうかしら~」


 よし。押し切った。


 後はラピスを連れて教室から出るだけだ。


「はい。分かりました。転校生の明るい未来の為です。お任せください」


 その後小声でラピスに、


「取り合えずついてこい」


「え、あ、はい」


 話についてきていない感じだが、まあいい。そもそも一連のイベントが如何に俺の学園生活にとってよろしくないのかが分かるのであれば、あんな不用意極まりない発言なんかするわけがない。


 俺は戸惑う担任を置いて、同じく戸惑うラピスを引き連れ、けして俺に好意的ではない雑談やヤジを背に、教室を後にした。突然好かれる非モテ男。同胞だと思っていたのに裏切られる同じく非モテの皆さん。一手に向けられる嫉妬。実に青春ラブコメっぽいイベントだった。


こんな青春いらんわ。全く。

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