Ⅱ.能登碧との出会い:Re

7.衝撃的な出会いからの転校生としての登場は基本です。

 翌日。


 ……いや、違うな。正確に言えば日付なんて変わっていない。俺がこの時間軸に来て、幼馴染二人と何気ない会話を交わし、帰り際、能登のとさんに傘を押し付けて、花の散った桜並木を全力疾走で下り、家へと向かう途中で車に轢かれかけ、神の使いを自称するラピスに助けられた、四月二十七日のままだ。


 日付だけは一切変わらないのに、スタート地点がずれていた。


 俺が光に包まれ、意識を失ったのかどうかは分からないが、次に気が付いた時には、自分の部屋、アパートの一室だった。


 ベッドの上に横たわり、寝間着替わりの上下別々のヨレたジャージを着ているから、恐らくは目覚めたところなのだろう。


 つまるところ俺は、失われた青春を取り戻すためという名目で、最初よりも更に前の地点へと移動させられていたのだ。理由は不明。


 もしかして、このまま何度も失敗し続けると最終的に高校から中学、中学から小学校へと時が遡ってったりはしないだろうな。言っておくが、小学生時代や中学生時代に戻れば俺のモテ期が存在していてウハウハ青春の時間が堪能出来るなんてことはないぞ。あるのは今と同じ灰色の人生だけだ。言わせんな、はずかしい。


 と、まあ、こんなふうに、今の俺には文句と疑問しかないわけだが、あいにくと、それをぶつける相手はあれから俺の前に現れない。


一体どういうことだ。サポートするなどとのたまっておいてよもや職場放棄か。


あり得る。俺があまりにもヘタレなので、こんなトンデモレベルの低い男のおもりなんて出来ません、仕事場を変えてくださいと上司(そんなものがいるのかは分からないけど)に泣きついたに違いない。きっとそうだ。


 おのれあの女、ちょっとばかし顔立ちが整っているからと言って舐めるなよ。俺は非暴力主義者ガンディストだが、無礼な女には容赦しないことで有名なんだぞ。一部界隈から。


 と、いうわけで、時には女にシャイニングウィザードをかますことすらもいとわない真の平等主義者である俺は、十年前と同じように登校し、同じように席につき、同じように正義の鉄槌を憎き毒婦朝風千草に振りかざすのだ。


「どうした我らが朝風あさかぜ千草ちぐさ。浮かない顔をして。まるで信憑性もない朝の十二星座占いを見て一喜一憂する乙女が「今日のあなたは最下位です。何をやっても駄目です。そんなことだから誰もお前を愛さないです。懺悔しましょう」とでも告げられてしまったかのようなツラをして。一体どうして……はっ!そうか。さては新しい彼氏との身体の相性が良くないのか。それとも趣味が合わないのか。嫌だと言ってるのに「本当は好きなんだろう」と言ってマニアックなプレイを要求されるのか。かわいそうに朝風千草。だが、安心しろ。長年の付き合いだ。男で付いた傷は、男で癒すといい。俺としては誠に不本意だが、膝枕くらいまでならば無償で承ろうじゃないか。ほら、要望はなんだ。言ってみるといい」


「屋上から紐無しバンジー」


「あらやだ朝風さんったらおちゃめなんだから、バンジージャンプは紐ありでするものですよ。きっとあれなのね。いつもゴム無しでばかりしているから、なんでも無しが素晴らしいと思い込んでしまったのね。かわいそうに」


 朝風はこれ見よがしにため息をつき、頬杖を突いたまま、それはそれは冷たい目線を俺にぶつけなさりながら、


「はぁ……今回は何。何が気になってそんなにそわそわしてるわけ?」


「ばっ……馬鹿を言うんじゃないよ小娘が。俺がそんな、何かが気になって他のことが手につかず。仕方なくただただ頭に思い浮かんだ言葉をぶつけても大丈夫な幼馴染と会話することで気を紛らわせようとしているとでも言うのかい!?」


「や、言ってない。言ってないけど、気、紛らわせてるんだ?」


「別にそんなことはない。全く気になってもいないし、そわそわなどしていない。していないが、千草」


「はいはい」


「お前はもし、自分のことをサポートします。それが仕事ですと言っていたやつが、ある日突然忽然と姿を消したらどう思う」


 朝風は漸く笑い、


「なにそれ……んー……どうだろう。あくまで今の蒼汰そうたが言った超曖昧な情報だけで判断するならだけど、そこにも理由があるんじゃない?」


「理由か……」


「ほら、人をサポートするにしても、色んな形があるでしょ。隣にいるだけがサポートじゃないんじゃないってこと」


「ふむ……そうか、なるほど。つまり遠距離恋愛でも、エロ自撮りを送ってやることで、彼氏が他の女に浮気をするのが防げるとそう言いたいわけだな。なんて破廉恥な発想をするんだ朝風千草。これだから爛れた性生活を送っているやつは」


「死んでしまえ」


 視線も、トーンもすっかり元通り。


 これが俺と朝風千草の関係性。これに、日によっては富士川ふじかわが加わって実に馬鹿で、本気さなど一ミリもない、一週間後には何を話したかをきれいさっぱり忘れるような会話を酌み交わすってわけ。


 さて。


 別に手持ち無沙汰になどなってはいなかったし、ましてや幼馴染と話すことで気を紛らわせなければいけないなどという状況は一切無かったが、そろそろホームルームだ。


 結局なんで最初のスタート地点よりもより過去に飛ばされたのかは分からないが、考えてもしかたない。ラピスだって今まさに、神の使いとして、陰からサポートしてくれているかもしれない。三歩下がってなんとやらとも言うじゃないか。日本では絶滅してしまった大和撫子の精神がまさかこんなところに残っていたとは。感動だ。


「あ、そういえば」


「ん?どうした?アフターピルでも飲み忘れたか?」


 朝風は俺の軽いジョークを、割と本気の舌打ちでいなし、


「……ちっ。そうじゃなくて、さっき廊下で話してるのを聞いたんだけど、なんでも今日。うちのクラスに転校生がくるらしいよ?」


「転校生?ホントなのか?」


「多分。まあ、私も盗み聞きに近いから、詳しいことは分からないんだけど。でもすっごい綺麗な女の子だったらしいよ。良かったじゃん」


「それはむさい男子よりは、可愛い女子の方が嬉しいのは確かだが」


 その反応を見た朝風は先ほどよりもいやらしい笑みを浮かべ、


「またまた、気になるんでしょ?あわよくばお近づきになりたいんでしょ?銀髪美少女とあんなことやこんなことをしたいんでしょ?」


「無論、気にならないなんてことはない。ないが、それだからといってだれかれ構わずお近づきなろうだなんてそんな下心があるわけがないだろう。例えそれが銀髪美少……女」


「……?どったの?」


 一気に冷静になる。


 今、朝風はなんといった?


 銀髪美少女?


「なあ、朝風。その転校生っていうのはもしかして」


 脳内に浮かんだ仮説を確かめようとしたその時だった。


「は~い、皆~。席についてね~」


 教室の扉が開き、我らが担任、みずほちゃんがやって来た。


「お、来た来た。ほら、前向いて前。愛しの転校生に顔を覚えてもらわないと」


 朝風はそう言いつつ。俺の身体を黒板の方に向ける。


 ちなみに、俺と朝風の席は、教室の右端、通路側の列の前から一番目と二番目だ。二年生ということもあって、本当はすぐにでも席替えをするのが通例なのだが、五月の一定時期。具体的に言えばゴールデンウィークまでは名前順に座ることになっている。名前と顔を覚えるためと担任は言うが、それはもしかしなくてもあなたの手間を省くからではないでしょうかと問いたくなる。


 と、まあ、そんなわけで、幸か不幸か、俺はクラスメートの中で一番最初に転校生と顔を合わせる位置に座っていることになる。これがもし、ただの美少女転校生なら、そのタイミングで決め顔の一つでもしておいて、印象をよくする試みをする。するのだが、


(銀髪美少女……転校生……サポート)


 はっきり言う。


 嫌な予感しかしない。


 いや、まあ、別に、旧知の美少女がクラスメートになることに不満はない。


 ないのだが。なんでだろう。余計面倒なことになる予感しかしない。


「今日は皆に、新しいお友達を紹介するね~。入ってきてい~よ~」


 実にふわふわとした口調で、クラス内へと呼びこむ。


 すると、


「はい。失礼します」


 あまりに対照的な、凛とした声が聞こえ、遅れてクラスの扉が開けられ、美少女転校生こと、


 ラピスが姿を現した。


 まあうん、そんなところだろうとは思ってたよ。

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