5.形状記憶な失敗例。

 白装束の女の子改めラピスは俺に言い聞かせるようにして、


蒼汰そうたさん。よく思い出してみてください。今日一日、本当に悔いはないですか?後々思い出して「そういえばあの時ああしておけばもっとバラ色の未来が広がっていたはずなのに」と後悔しきりになったりはしませんか?」


「そんなこと」


「よぉおおおおおおおく思い出してください」


 念を押される。


 その視線が痛い。


 とは言っても、俺がリセットを受けてこの時間軸に来てから起きたことなんて、幼馴染と馬鹿な会話をして、帰宅部の本分である帰宅を敢行して、


「あ」


「思い出しましたか?」


「思い出すっていうか、ついさっき俺、能登のとさんに傘だけ押し付けてきたわ」


「なるほど。彼女はそこで何をしていましたか?」


「傘を忘れて立ち往生って感じだったな」


「その彼女に対して蒼汰さんは何をしましたか?」


「俺の折り畳み傘を強引に押し付けてきたな」


「これだから童貞は」


「おいこら聞こえてるぞお前」


 さっきは言い切る前になんとかしたけど今回は無理だった。こいつは意地でも俺=童貞、童貞=女の子にアタックできないヘタレ。したがって俺=女の子にアタック出来ないヘタレという三段論法を用いたいらしい。否定しておきたい。おきたいが、実に半分くらいは事実そのもので、嘘と詭弁とその場の勢いで言いくるめるには無理がありすぎる。


 それならば、取る手段はひとつしかない。


「はぁ、つまり俺が能登さんと相合傘をしなかったが故に、もう一回リセットがかかるってこと」


「逃げましたね……正確にはもう一回リセットがかかりそうになったけど、このままではなんどもリセットすることになりそうなので、神使しんしである私がサポートに来た、です」


「おいこら逃げたって……ん?神使?」


「はい、神使です」


「響きからすると……神の使いってことか?」


 ラピスは驚き、


「……正解です。よく、分かりましたね」


「そりゃまあ、俺は君を最初天使だと思ってたからな。でも、それは俺が死んで天国に行く場合、死んだけどやり直すなんてとんでもないことを平気でやってのけるのなんて、神か悪魔かその辺だけだろ。だから、「しんし」って音に当てる感じは「神」に「使」だと思った。違うか?」


 実際、神道には全く同じ漢字の概念が存在する。意味は文字通り、神の使い。ただし、それらはあくまで動物が対象で、人の形をしているという話は無かったはずだ。


 が、それはあくまで人間側の理解だ。


 事実と完全に合致しているという保証はどこにもない。


 そんな俺の心の内を察したのか、ラピスが、


「正解です。ただ、先ほども言いましたが、我々の持つ概念と全く同じものが人語には存在しない……という場合が少なくはありません。従って、今私が使った「神使」という言葉と、人間界に存在している「神使」という言葉は全く別物だと思っていただいて結構です。もっとも、似たところがあるのは間違いありませんけどね」


「ふむ……で、その神使様が、俺のサポートに来たと」


「はい。通常であれば、リセットがかかり、転生を遂げた対象を見守ることしかしないのですが、まれに、蒼汰さんのように、リセット後も同じ未来を辿ろうとする人がいます。その時は、」


「……神使が直接サポートするって訳か」


「そういうことになります」


 つまるところ、俺は落ちこぼれたらしい。ううん、あんまりいい響きじゃないな。落ちこぼれ。これが有象無象のチーレム小説なら、落ちこぼれなのに最強の能力を持ってる詐欺みたいな展開が待っているはずだけど、残念ながらここは現実だ。ご都合満載のフィクションみたいなことは期待出来ない。


「なんで君がここに来たのかは分かった。再びリセットがかかる理由も分かった。ただまあ、流石にこのままもう一度今日を繰り返すってんならまあ、同じ過ちは繰り返さないと思うぞ?」


「ホントに?ホントに大丈夫ですか?直前でヘタレてやっぱり傘を押し付けるだけになったりしません?」


「もちろん。俺はおんなじミスをなんども繰り返すほど馬鹿じゃない」


「ホントですか?」


「ああ、ホントだ」


「分かりました。それなら、シミュレーションしてみましょう」


「え?」


「はい、場所は雨の昇降口。私は能登あおい。貴方は折り畳み傘片手に下校しようとして、彼女に見つかる。よーい、アクション!」


「え、あ、ちょっと」


「あっ……あかつきくん。傘、持ってるんだね」


 わお、始まっちゃったよ。しかも一字一句全く一緒。おまけに俯き加減で、今までのラピスの印象とは全く違う。


「ん、ああ。まあ持ってるけど」


 これもさっきと全く同じ受け答え。だから出てくるのは、


「そっか……そうだよね。天気予報で言ってたもんね。普通、持ってくるよね」


 ここまではいい。


 問題はここからだ。


 声は出さず、口の動きだけで「ほら!早く!誘って!一緒に帰らないかって!」と催促してくる。


 ええいうるさい。神の使いだかなんだか知らんが俺を舐めるなよ。非モテなのだってあれだ、のどかな日常を壊したくないが故のあえての行動だ。本来の俺はモテてモテて仕方ないんだ。


 けれどそんなことをしたら幼馴染との楽しい時間が無くなってしまうじゃないか。千草ちぐさはまあいい。どうせ俺がいなくとも、ワンクールに一回乗り換える彼氏ゴロをして性欲を解消なさるだろうからな。


 だが、富士川ふじかわはどうする。俺たちがそれぞれ恋人なんか作ろうものならひとりきりの寂しきロンリーウルフの完成じゃないか。そんなことさせるものか。俺は仲間想いなんだ。


 けれど、ごめんなロンリー富士川。俺は今日、男になる。いや、ならなければならないんだ。だってそうしないと命が危ないから。流石に自らの命とお前を天秤にかけてお前を選べるほど聖人君子じゃなかったってことだ。さらばウルフ富士川、お前の雄姿は忘れないよ。一日くらいは。


 さあ、行こう。アオやハルに満ち満ちた人生を、この手でつかみ取ろうじゃないか。


 ようし、いくぞ。


「そ、それだったら、能登さん。俺の傘、入ってく?」


「あー……嬉しいけど、その折り畳み傘だと、二人で入ったら、暁くん、濡れちゃうよ。だから、気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」


 次の瞬間。


「思い出した。俺は今日、「雨の日に、軒先を辿ってどれだけ濡れずに帰宅出来るか選手権」をやろうとして」


「駄目やないかーい!」


 思いっきりはたかれた。どこからともなく取り出したハリセンでぺちりとやられた。もちろんそこまで痛くはない。ただの可愛いツッコミだ。けれど、


「馬鹿な……完璧な流れだったはずなのに……」


 心は痛かった。うう……俺、思ってたよりヘタレだったんだな。

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