4.非モテ男子はいつだって勘違いを繰り返す。

「青春の欠乏って……あの青春?」


 女の子は頷き、


「はい。恐らく蒼汰そうたさんが想像しているもので間違いないと思います」


「間違いないって……っていうか、」


 今俺のこと蒼汰さんって下の名前で呼んだ?


 そんなこと聞けるはずもなかった。


 動揺も収まり、トラックが突っ込んでくることも無くなったことが分かると、段々と自分が置かれている状況にも意識が回ってくる。


 俺は今、命を助けられた。


 目の前にいる。女の子に。


 月夜によく映える銀色の髪は、ひとまとめに縛ってサイドテールにしている。結んでいるのは長く、細い、白のリボン。彼女が姿勢を変えるたびにひらひらと揺れるそれがなんとも幻想的だった。やや切れ長の目は、何故か不思議と優しさを感じさせる。美人かどうかと言われれば間違いなく美人だし、年齢だって、今の俺とそう変わらないはずだ。


 そんな美少女から命を助けられただけではなく、下の名前呼び。その名前で呼んでくれる女子なんて、一人もいないのに。あ、ひとりいるか。朝風あさかぜ千草ちぐさ。でもあれはノーカンだ。小学生からずっと一緒にいるやつに呼ばれたってちっともドキッとしない。


 だけどそれはつまり、


「あ、もしかして」


 瞬間。


 女の子の表情が実に意地の悪いものになり、


「もしかして、下の名前で呼ばれてドキッとしました?ねえ、しました?」


「うっ」


 図星だ。


 だが、そんなことを「そうですドキッとしました」などということを認めるのは男の恥だ。男というのは常に見栄を張っていないと死ぬ生き物なのだ。男子高校生ともなればなおさらだ。


 ちなみに俺の実年齢はとうにそんな年齢では無いはずだろうという当然のツッコミは認めない。ええい、だまらっしゃい。俺はそんな「年を重ねたらこうあるべき」みたいな陳腐なテンプレート思考には屈しないぞ。


 だからこそ、


「そんなことあるわけがなかろう。なんだその妄想は。君はあれか。男子高校生はちょっと優しくされればすぐに恋に落ち、告白をして振られ、下の名前で呼ばれては舞い上がり、告白しては振られ。バレンタイン当日には、義理でも良いからチョコを期待して、それこそ毎時間のように、わざとらしく教室を離れ、「チョコレートを机に入れる時間をつくってあげたよフフフ」という素振りをしても結局貰えるのは母親と幼馴染からだけという寂しい結果になってしまう生命体だと思っているのか。そんなことはない。勘違いはやめたまえ。いいか、ええっと……」


「あ、ラピスです」


「ラピスよ。世の男を舐めてかかり、ちょっと下の名前で呼んでやっただけなのに勘違いしてきっもーい。でもまあ、貢がせるだけ貢がせたいから、夢見せてあげようかななどという極悪非道な行いを考えるのはやめたまえ」


「いや、考えてませんよ?」


「そんなことはあるものか。いいか、ラピスよ。男を落とすというのは簡単なことではないのだ。男子三日会わざれば刮目して見よというだろう。その道は修羅の道。けして一筋縄ではいかないのだ。だが、諦めてはいけない。君には可能性がある。それだけの美貌を持っているのだ。きっと大丈夫。もう俺に教えることはない。さあ行くがよい!まだ見ぬラブコメ主人公を篭絡するのだ!」


 ふう。これでいいかな。


 結局なにについて話したかったのかもよく分からなくなってしまった。でもこれできっと話はうやむやに、


「なるほどなるほど……照れくさいとこうして饒舌になるんですね。これは青春が欠乏するわけですね」


「なっ!?」


 訂正。


 全く誤魔化せていなかった。


 どころか。


「ふぅ……まあいいですよ別に。蒼汰さんが女の子に下の名前を呼ばれただけで舞い上がってしまう位にいろんなものが欠乏しているのは既に承知の上だ」


「待ちたまえ君。さっきから聞いていれば欠乏している欠乏していると失礼ではないかね。人のことをそんな、経験不足みたいに」


「え、事実ですよね?」


「いやそんな「やだ何言ってるんだろうこの人現実が見れてないのかしら」みたいな視線で俺を攻撃するのは」


「それどころか、生涯彼女なんて出来たことありませんよね?」


「ちょっ、それをどこで」


「っていうかリセットがかかるまで、童」


「やめてそれ以上いたいけな非モテ男子を言葉の刃で切り刻まないで。現実という名の絶望を見せつけないで」


 俺は両手で顔を抑えておいおいと泣く、


「……泣きまねをしても可愛くはないですよ?」


「てへぺろ☆」


 振りだけをした。が、効果は無かった。まあないか、普通。こんなもんで効果があったらむしろ引くまである。


「で?なんだって?青春の欠乏?聞きたいことはまあ、色々あるけど、それと今の死亡事故未遂になんの関係性があるんだよ」


 そう。


 今問題なのはそこだ。


 だって俺は青春が欠乏したから高校生からやり直しをしているわけだろう?


 その一日目にして轢き殺されたらなんの意味もなくないか?


 と、思っていたのだが、


「はぁ~~だから私がこうして直接出向く羽目になったんですね」


 とてもとても大きなため息をつかれた。


 どうやら、俺は大分問題児らしかった。


 馬鹿な、そんな問題行動なんて……いや、してるか。幼馴染相手にセクハラまがいの発言とか。あれ、おかしいぞ。問題しかないや。

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