3.終わらない俺の人生と、始まりを告げる青春ドラマトゥルギー。
俺と同じクラスに所属するいわば同級生……というどこにでも転がっていそうな三流未満の紹介文は彼女という存在を説明するのにはあまりにも不適切だ。
なにせ彼女は学園のプリンセス。桜ヶ丘の姫君なのだから。
プリンセスだの姫君だの大げさなと思うかもしれない。だが、諸君。驚くことなかれ。彼女がそんな大げさな枕詞を背負っているのにはきちんとした理由がある。
その証拠に今俺の目の前にいる能登さんをごらんよ。くりくりの目を更にかわいらしくまんまるくし、「それ、あざといと思ってやってる?」って聞きたくなるくらい大げさに、右手を広げて、口元に当てて、そこに加えて女子が嫉妬し、男子が羨むような美貌を付け加えれば、ほら、「可愛い女の子がちょっとびっくりしちゃったポーズ」の出来上がりだよ。可愛いね。
でもね、覚えておくと良いよ。これは能登さんだから許されるんだよ。彼女くらいの気品があって、顔も良くて、性格だって天使みたいだから許されるんだ。これが顔は良いけど性格が最悪で、育ちだって普通な我らが
顔立ちは整っているけど、近寄りがたさはなく、むしろずっと隣の席で授業を受けたくなるような親しみやすさがあるし、綺麗に腰ほどまでで切りそろえられた長髪は流れるように美しいし、一見地味に見える赤のカチューシャだって、彼女がつければ、おしゃれな流行最先端アイテムに早変わりだ。これを我らの千草が以下略。
ともかく、能登さんは綺麗だ。
そして、性格だっていい。分け隔てが無い。
その結果どうなるかっていえばそれはもうおモテになる。なんでもうちの学年だけで言えば、千草と人気を分け合っているらしい。
あの千草ごときが能登碧嬢に匹敵しているという内容からしてその情報の真偽はやや怪しいと言えば怪しいけど、それはそれ、これはこれだ。とにもかくにも大変な人気を集める能登さんは、今や告白するだけでもちょっと大変……らしい。
男子の間には紳士協定が結ばれ。告白のひとつでもしようとすれば、その情報を受けた、仲間たちがそいつを拉致……いや、ちょっと物陰にお連れして差し上げて、社会の厳しさをお教えなさるのだそう。
まあ別に暴力沙汰にはならないんだけどね。ただ、そんなわけで、最近は男子が能登さんに近づくことすら大分難しくなっているのが現状だ。だから、人は彼女のことをこういうのだ「桜ヶ丘の姫君」と。
そんなわけで俺みたいなペーペーの非モテ男からすればこうやって会話が出来るチャンスが巡って来たこと自体が奇跡みたいなもんなわけだが、
「あっ……
「ん、ああ。まあ持ってるけど」
「そっか……そうだよね。天気予報で言ってたもんね。普通、持ってくるよね」
そう言いつつ、視線を俺……正確には俺の持っている折り畳み傘に向ける。
その手に、傘はない。
間違いない。きっと彼女は傘を忘れたのだ。折り畳み傘も。だからこそこうして昇降口で一人寂しく佇んでいるんだ。
もし、良かったらなんだけど、傘入っていかない?
そんな、とんでもない提案が脳内によぎる。
だけど、すぐになかったことにする。
考えてもみろ。相手は学園のプリンセスだぞ。桜ヶ丘の姫君こと能登碧嬢だぞ。そんな相手と俺みたいなのが相合傘なんぞしてみろ。来週まで命があるかどうかなんて分かったもんじゃない。そんな危険を冒してまで、可愛い同級生と一緒に下校をする時間を取るほど色ボケてはいないつもりだ。千草じゃあるまいし。
ただ、それにしても、このまま彼女を放置するのはあまりに忍びない。
濡れねずみになって体調を崩すのは、俺みたいな野郎がお似合いだ。彼女には似つかわしくない。
と、いうわけで、
「そうだ!」
「わっ」
「思い出した。俺は今日、「雨の日に、軒先を辿ってどれだけ濡れずに帰宅出来るか選手権」をやろうとしてたんだった。ただ、そうなると、折角持ってきたこの折り畳み傘は無駄なアイテムとなってしまうな。かわいそうに。傘と言うのは本来人々が雨に濡れるのを防ぐためにあるものだ。それがどうだ。ちょっと時間が空いたからと、ゴルフスイングの練習に、バッティングの素振りに、チャンバラだと。ふざけるな。傘はそんなことのためにあるのはない。傘が泣いている。見るがいい、この天気を。これはきっと、傘の涙だ」
「多分、雲の中にあった水分だと思うよ」
「ええいしゃらくさい。そんな小利口な答えなど知ったことか。これは傘の涙なのだ。だからこそ、その悲しみをおさめなければならない。というわけで」
俺はずいっと折り畳み傘を差し出し、
「この悲劇の主人公は君に託そう。なあに、君ならばきっと、幸せにしてくれるだろう」
ふう、漸く渡せた。
本当は「傘持ってないなら、俺の使う?あ、大丈夫。俺は友達に入れてもらうから」なんてことを言って傘だけ託して、爽やか主人公スマイルでも見せて立ち去るべきなんだろうけど、そんな歯が浮きまくってどこかに飛んでいきそうな台詞を言えるはずもなく、意味の分からない論理を作り上げてしまった。
なんだよ、傘の涙って。本来雨を受け止めるはずの傘の涙が天空から降り注ぐわけないだろう。馬鹿なのか。自作自演もいいところだ。
ただ、これでいい。
俺は「差し出されたから取り合えず受け取った」という状態の能登さんを放置し、
「それでは、私はこれで失礼するよ。さあ、勝負だ雨雲よ。俺を舐めるなよ!」
最早何を言っているのか自分でもよく分からない。分からないけど、足を止めるわけにはいかない。後ろから「あ、待って!」と呼び止める可愛い声がしたとしても振り返ってはいけない。男は時に冷酷なハードボイルドでなくてはいけないのだ。
俺は走った。彼女の呼びかけが聞こえなくなっても走った。だって傘がないから。こんな状態で立ち止まったらもっと濡れてしまう。
ただ走る。
坂を下り、交差点を渡り、何一つ面白いものなどない、住宅街を駆け、我が家へと帰還しようとして、
「…………へ?」
あまりにも非現実的な光景に、思考が追い付かなかった。
トラックだ。
それもものすごい速度でこっちに向かってくる。
運転手は……俯いている。居眠りか、心臓発作か。あるいはもっと別の何かか。
周りから聞こえる悲鳴。散り散りに逃げ惑う通行人。
気が付く。
どうやら俺は逃げ遅れたらしい。
(あ、死んだ)
人間、今わの際は思ったよりも冷静になれるらしい。
走馬灯……みたいなものは浮かばなかった。
けど、少し後悔はした。
(能登さんと一緒に帰ればよかったかな)
そんな、あまりにも煩悩まみれの、けっして先に立たない後悔と共に、
「大丈夫ですか?」
俺は短かった二度目の人生を終え、
「あのー……大丈夫ですかー?おーい」
あれ?
なんか声が聞こえるぞ。
なんでだろう。俺は死んだはずなのに。
はっ、そうか!人が死んだら当然ながら天国に行くわけで、その案内人が必要になるわけだ。と、いうことは。
「大丈夫ですよ。いや、死んでしまったという意味では大丈夫ではありませんが。そんなことよりも、天使のような貴方に出会えたのだからもう大丈夫です。可愛い子の言うことは素直に聞く。これを今から俺の座右の銘にしてもいいくらいですよ。それで、天子様。私は一体何をすればいいのでしょうか。教えていただけますか?」
そこまで言って気が付く。
そういえば俺、目を閉じていた。
情けない話だ。トラックに轢き殺される瞬間に、閉じたのだろう。嫌なことには目を瞑り、臭い物には蓋をする。日本人の悲しき習性だ。
というわけで、まずは目をあけ、
「…………あん?」
気が付く。
視界に映るのは天使……ではなく、神様みたいな白装束を着た女の子。
その脇にあるのは、俺を轢き殺し遊ばされるはずだったはずのトラック。
更に周囲には、驚いたり、尻もちをつきそうになった、実にバランスの悪い状態で静止している、善良な通行人の皆さんがいた……あ、あの子パンツ見えてる。
っと、今重要なのはそういうことではない。
今一番重要なのは、
「時間が…………止まってる?」
それを聞いた白装束の女の子は口笛を吹き、
「~♪……正解です。よく分かりましたね」
「まあ、あの状態でずっと静止とか無理でしょ、流石に」
そういって指さす。その先には、おおよそ長時間自力で支えられるとは思えない、尻もち五秒前の老婆がいた。流石にあれが「実は時間は止まって無くて、自力で維持してました、ドッキリ大成功!」なんて言葉で説明出来るとは思えない。
本当なら時間停止に関しても、飲み込めないどころの騒ぎではないんだけど、なにせ、今日はそれ以上に不可解な出来事が起きてるからな。十年以上の時間遡行に比べたら、時間停止くらい。スタンド使いがいればすぐだ。止めた時に入門することだって出来るかもしれない。
白装束の少女はこほんとわざとらしく咳払いをし、
「暁
「……善処しよう」
正直、無理だと思う。
今だって驚き過ぎて、リアクションが出来ないでいるんだから。
それを超える内容に、驚かないは無理がある。
でも、受け止めることは出来る。
だから、静かに待った。
やがて、白装束の少女は静かに語る。
「貴方は人生のリセット……やり直しが命じられてここにいます」
分かっていた。
だって、ここは俺の高校時代そのままだから。
問題はこの先だ。
「リセットには様々な理由があります。その内容は……日本語……いえ、人類に分かる形で示すのは少し難しいものです。ですが、意訳することは出来ます。暁蒼汰さん。貴方は人生のやり直しが命じられた。その理由が」
なんのために。
それはきっと、
「…………「青春」の欠乏。それが暁蒼汰さんのやり直しの理由です」
決まってるじゃないか。
次こそはきっと、ハッピーエンドを迎えるために。
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