2.雨降りの放課後は出会いと共に。

「おわったぁ~い」


 さて。


 放課後だ。


 ここに至るまでに色んなことが分かった。


 まずは現在地。


 これに関してはすぐ分かった。俺が「ここに来る前」の意識から数えてジャスト十年前。俺の学年で言えば高校二年生の時期に当たる。タイムリープなのか。それともその時期を模した全く別のパラレルワールドなのか。そのあたりは分からないけど、時間軸に関してははっきりとした。


 次に記憶。


 これに関しても概ね問題はない。高校を卒業し、大学に進学し、その後……まあ紆余曲折あったことに関しても、ざっくりではあるけど思い出せる。


 もし俺が人生をやり直すような形でこの時間軸へとやってきたのであれば、当然あるはずの「タイムリープする直前の記憶」がかなりあいまいなのは気になるが、まあ、当面の生活に支障があるわけじゃないからいいだろう。


 高校生活で起きた出来事に関しては印象的なものに関しては思い出せるので、別段記憶が全部消えているということもなさそうだ。もっともこれに関しては、俺の認知からいじられているのであればどうしようもないんだけど、まあ一応の確認だ。


 最後に、人間関係。これに関しても概ね変わらない。部活動は一切入らずに帰宅部。同じクラスの連中と、最低限のコミュニケーションはするが、深入りはしない。

彼女はいないし、出来たことも無い。つるむ相手はいつだって千草ちぐさ富士川ふじかわの二人。それもまた、変わってはいないらしい。


 ここは変えてくれても良かったんだけどなぁ。例えばほら、モテにモテて困るとか。ハーレムを形成してるとか。そういうその辺の二流ラブコメにありがちなチート設定を織り込んでくれても、俺は一向にかまわなかったんだけど。


 まあ、そんな融通が利くのかは知らないけどね。そもそも長い夢物語の途中って可能性だってあるし。現実では昏睡状態とか。そんな感じで。


 とまあ、大体の状況を把握したところで、次は学校外のことも確認してみたいんだけど、


「雨だなぁ」


 雨だった。


 それもちょっとやそっとの雨じゃない。本降りの雨だ。梅雨はまだ先だってのに。

 あ、そうそう。ついでに時期も分かった。今は高校二年生の四月末らしい。だからなんだって話だけど。


 さて。


 これだけの雨雲あまぐも様で空が覆われているってんなら、学内で時間を潰しても状況は変わらないだろう。幸いにして、俺の鞄には折り畳み傘が一本、入っていた。なんと準備のいい。俺ってこんなに気が回る人間だったっけ?まあいいや。そんなことよりも今気にするべきなのは目の前の雨だ。帰ろう。


 ちなみに千草は彼氏様(笑)との下校。富士川は部活動があるということらしい。薄情なやつらめ。



               ◇



「わお」


 昇降口に来て驚く。


 両サイドの靴箱に囲われるように存在する傘立ては実に傘の山だった。


 この中から一つくらい持って行ってもバレなさそうな気がしないでもないが、そんなことをすると一体誰が不幸を被るか分かったものではない。


 その辺の爽やかイケメンなら、雨の中を下校してもきっとさぞかし絵になられるんだろうけど、俺みたいな非モテの極みみたいな野郎が雨の中歩いて帰れば、きったねえ濡れねずみの完成だ。


 女の子ならそれはそれは服がお透けになって、煽情的な光景を繰り広げなさるんでしょうけど、俺の網膜に映らないのであれば、ただただ不幸で可哀想な美少女(仮)が風邪を引くだけだ。やめておこう。


 ただ、


「もしかしてこの中に俺の傘が……ないか」


 ありえない話ではない。


 俺は今さっき、昼休みにこの時間軸にやってきたばっかりだ。一度体験したイベント、と言えば聞こえがいいが、高校時代の一日、それも雨の中下校した記憶の中から、今日の記憶を掘り起こし、「鞄に折り畳み傘を忍ばせていたにも関わらず、それとは別に傘を持っていく」というお馬鹿なイベントがあったかどうかを見つけるのは不可能に近い。


 まあいいや。


 取り合えず帰ろう。折り畳みは男子高校生一人が収まるにはちょっと小さいけど、無いよりは遥かにましだ。そう思って、上履きから外履きに履き替え、折り畳み傘を取り出して、それを差して、徒歩十分もかからないアパートに帰ろうと、


「あっ」


「えっ」


 聞こえた。


 聞こえたからには無視は出来ない。


 俺が振り返ると、そこには声の主、


「……能登のと、さん?」


 同級生にしてみんなのプリンセス・能登あおい嬢がそこにはいた。

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